「両手いっぱいの言葉」

「両手いっぱいの言葉 ―413のアフォリズム―」(寺山修司/新潮文庫) *再読

→寺山修司名言集。
10年以上まえ読んだときは、なにやら格好よかったけれど、いまでは響いてくるものがない。
なーに言ってんだよ、ぷっ! とか思ってしまうんだからダメなおっさんになったもんだ。
寺山修司の言葉は、お新香で薄いウイスキーの水割りをのんでいるような情けなさがある。
さて、もうとっくに死んでいるからわかるけれど、寺山は人生という賭けに勝ったのである。
そう考えたとき、以下の言葉はなにやら意味深である。

「賭博には、人生では決して味わえぬ敗北の味がある」(P216)

若いころからちやほやされまくった人生だったから、
賭博でくらいしか敗北を味わえなかったのか。そりゃあ、お気の毒だな。
たしかに人生は賭けで、しかも勝敗はすでに決まっている賭けなのである。

「はじめて賭博をしたときの私は「勝ちたい」とは思わなかった。
勝ちたいのではなく「知りたい」と思ったのである。
私自身の恒星の軌道を、運の祝福の有無を、
そして自分自身のもっとも早い未来を「知りたい」。
勝負を決めるのは、いわば見えない力の裁きのようなものであって、
それは、どう動かすこともできないだろう。
だからこそ「知りたい」のであり、賭けてみなければならないと思ったのである」(P221)


勝ったときは自分の眼力がよかったとか誇ったんじゃないかい、寺山さん?

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