「精神のけもの道」

「精神のけもの道」(文:春日武彦/漫画:吉野朔実/アスペクト)

→精神科医の春日武彦さんのエッセイはどうしてこうも笑えるのだろう。
いまもチェックしておいたところを読み返して、何度も何度も大笑いした。
腹を抱えて笑うというくらい現実に爆笑しているのである。
もう1時間くらい笑いつづけているのではないか。
笑いというのはどういう仕組みで発生するのだろう。
たとえば人気喜劇作家に三谷幸喜氏やクドカン氏がおられるけれど、
正直に白状すると、両作家のテレビドラマは一般的尺度でおもしろいのはわかるが、
実際に笑うかといったらば笑わない。
「身体は正直だな、グフフ」というようなセリフにうまく笑えないのである。
「あれは高卒の笑いだろう」なんて東大卒の「もてない男」氏のようなことを
当方は口が裂けてもいえないけれど、だれかがいってくれたらこっそりうなずくと思う。
ねじくれてねじくれてねじくれたやつの笑いが春日武彦氏の笑いのような気がする。
底辺は「上から目線」の笑いにひどく反発するが、
その気持に共感するけれど、しかしやはり精神科医の患者を見下す文章は笑える。
こんな文章で大笑いするわたしはよほど下劣な品性を持っているのだろう。
書いたのは春日武彦という精神科医ですので、抗議はそちらへお願いします。

「ところで精神科に通ってくる人たちの中には、≪日記系≫とでも称すべき人々がいる。
おしなべて彼らは話が長い。些細なことまで残らず、くどくど語りたがる。
実際に日記を携えてきたり、覚書のようなノートを持参し、わたしに読めと求める者もいる。
そして彼らの話や書かれたものは、おそろしく退屈である。
詳述される日常生活の中に、不平不満や恨み節や自己憐憫が混ざる。
あなたなりに問題点を絞ったりまとめたり、そういったプロセスこそ大事なのではないか
と指摘しても、彼らは聞き入れない。時間などお構いなしに自分語りをし、
わたしに賛同やコメントを求めることを以て
「ありのままのわたしを受け止めてもらう」と理解しているようなのである。
つまり自分自身を丸投げするということになる。
口調は丁寧で謙(へりくだ)っている。
あれこれ助言を求めたがり、ただし辛口のアドバイスは受け付けない。
結局のところは「人間だもの」的なコメントを喜ぶ。
当方もそういった類のことを心掛けて口にしてみると、
嬉しげにその言葉を雑記帳にボールペンで書き取ったりする。
書き取るけれども、自分自身を変える気はまったくない。
「なるほど!」とボールペン片手に深く頷(うなず)く瞬間が、最高の娯楽なのだろう。
ときおり電車の中で、自己啓発書や宗教関連の本を開きつつ、
アンダーラインを引いている人物を見かけることがある。
ああいった人に近い。彼らはあたかも謙虚で従順なようだが、
実は自分が気に入った言葉を聞くまで引き下がらない。
ただしその「言葉」は抽象的で励ましのトーンを含んでいる必要がある。
そういった意味で、彼らが求める言葉を語ることは至極簡単である。
が、簡単だからといってそれを平然と口にすることには、わたしには抵抗がある」(P110)


こういう箇所に泣くほど笑ってしまうわたしは、
世間知らずでインテリぶっている、庶民の悲哀を知らない最低の野郎なのでしょうね。
本当にごめんなさい。よくよく考えてみれば、
悪いのは笑ったわたしでこの文章を書いた春日武彦医師ではありませんでした。

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