「17歳という病」

「17歳という病 その鬱屈と精神病理 」(春日武彦/文春新書)

→いまから11年まえに書かれた精神科医による若者論である。
春日武彦さんもむかしは社会派論客になろうとしていた時期があったのかな。
キレる若者や援助交際をする女子高生が批判的に論じられている。
思えば、11年まえの若者はいまより元気があったのかしら。
いまの若者に対するこちらの間違った勝手なイメージは、
安定した公務員になるのに必死なマジメな子たちといったところだから。
学生時代に体育が大嫌いだったという春日武彦医師の、
言葉が通じなそうな体育会系若年男子への憎悪が本書からよく理解できた。
しかし、語彙が少ない若者は、そういう劣悪遺伝子を生まれつき持っているんだから、
それはもう努力ではどうしようもないわけで、
当時松沢病院医長だったお偉い春日先生がそこまで怒るのもどうかなと思った。
わたしも中高と体育会系男子だったから、批判されている対象に同情してしまうのだ。
春日先生が体育を嫌いなのも生まれつきで、努力してもどうにもならないのだから、
文学好きの精神科医が語彙の貧弱なものをそこまで差別するのはかわいそうではないか。
実際、あからさまな蔑視がここかしこに見られるのである(読んでいて楽しいが)。
いやいや、精神科医の春日武彦氏の主張は極めて正しいのである。
医師は言葉の重要性を語る。ここはたいへん勉強になった。
ちょっと難しいところもあるので、春日先生の文章を赤字で補足しながら抜粋する。

「言葉の問題は、結局のところ、世の中に対する違和感の問題に行き着くだろう。
あるいは精神の安定だとか自己抑制といった問題に帰着する。
些細な腹立ちも、ちょっとした不満も、
言語化という手続きによって自己の感情を客観視し、
それに応じてきめ細かく状況を整理することで初めて自分の気持ちをなだめたり、
あるいは「ありがちなエピソード」としてメモリーの隅に放り込んでおけるのである」(P159)


「私(立腹・不満→言葉)→世の中」

「ムカつくとかキレるといった言葉が世間に広く流通していれば、
そうした言葉の持つ吸引力によってたちまち頭の悪い連中は
ムカついたりキレる役割に嵌(は)まり込んでしまう。
流行語にはそれなりの心地よさと共に
世間からの「承認」といった性質が備わっているのである」(P160)


「私(……)←世の中(ムカつく・キレる)」

「このことを換言すれば、精神科の外来で出会うノイローゼ・レベルの患者のうち、
語彙の乏しい人はこちらの指導や助言で比較的治療効果が出やすい。
もちろん、胸襟を開いてくれたうえで、といった条件つきではあるが」(P160)


「精神科医(指摘・助言=言葉)→私(……)→世の中」

「逆に、言葉が豊かなのに精神症状に問題をきたしている人は厄介である。
元来、人格構造にかなり歪みがあるか、
語彙こそ豊富だがそれが身についていない人か、
そのどちらかということになってしまう。
そのような人々は、おしなべて「根が深い」のである。
精神科医を容易に信用しないくせに、ちっとも治らないじゃないかと
挑戦的になってくるのも、大概こういった人たちなのである」(P160)


「精神科医(指摘・助言)←私(うるせえバカ!)」

これはあくまでもノイローゼ(神経症)レベルの話だと医師も断っている。
精神病(統合失調症・双極性障害)になってしまうと言葉もへったくれもないのだろう。
わたしもいくつか神経症めいたものを抱えているけれど、
春日先生の言葉が本当ならば、精神科に行ってもあまりよくならないのだろう。
春日医師の嫌いな体育会系バカほど心を病んでも治りやすいというのは皮肉なものである。
体育会系バカは上の言うことには絶対服従だから、
精神科医の指摘や助言を疑いもせずに受け入れて、このため社会適応も早いのだろう。
ということは体育会系バカとは正反対の自らも病んだ精神科医の春日氏は「根が深い」――。

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