「顔面考」

「顔面考」(春日武彦/河出文庫)

→精神科医の書いた古今東西、顔に関するよもやま話である。
むかしいつだったか父と逢う約束をしていて某所で待ち合わせたことがある。
そこで先に来ていた父が興奮して言うのである。
「あそこにおまえそっくりのやつがいるぞ」
興味がないので受け流そうとしたが、父はしつこく「ほら、見てみろ」
と悪趣味にある男を指さすのである。
そこにいたのは自分とは似つかぬ、いかにも野暮そうなずんぐりむっくりした男であった。
自分は人からはあのように見えているのかとひどいショックを受けたものである。
楽しそうに興奮している父に怒りをぶつけたが、
結局なぜわたしが憤っているのか理解してもらえなかった。「おまえはおかしいよ」
まあ、こんなものなのである。いまでは父の指摘のほうが当たっていたのだと思う。
むしろ、あの男のほうがわたしなどよりはいささかましではなかったかと思うくらいだ。

春日武彦医師もパーティー会場でおなじ体験をしたことがあるという。
「きみにそっくりなひとがいる」と言われ、見にいったことがあるそうだ。
ところが、友人の指さす方角を見たら――。
両手をポケットに突っこんだまま年長の人物と談笑する小生意気なやつがいた。
第一印象は、不満と不快感だったという。
「え、あんな不細工なやつとおれとがそっくりだって?」
腹が立つのと同時にさっそく内省的な精神科医は自分の顔を分析していて、
そこがおもしろい。
これを読んで春日武彦医師の顔写真を検索しないものは、
もっと他人に興味を持ったほうがいい、というのは間違えで、
ここが春日先生とわたしに共通する錯誤なのだが、人は他人の顔にそれほど関心を持たない。
春日氏は自分の顔をなるべく客観的に分析しようとする。

「けれども実際のところ、よく観察すると、彼の顔がわたしと似ているという
その根拠らしきものが薄々分かってくる。それはわたしにとって、
自分の顔だちに浮かび出た疎ましさであり、小心さと傲慢さと、
自信欠如と居直りとナルシズムと、まあそういった精神的要素が一定の比率で
ブレンドされた挙げ句に作りだされている一種の雰囲気ないし表情といったものである。
あえて無視したくなるようなまことに「うっとうしい」ものであり、
内面の安っぽさや俗物さをそのまま形象化した顔つきのことなのである。
そういった自己嫌悪を催す要素を友人は目敏く感知し、
まさにそれがわたしという人間の顔の特徴であると看破し、共通したものを持つ
別人を見つけ出して、「そっくり」であると宣言したのである」(P128)


春日医師の顔写真とこの文章を比較すると、よく自分の顔をわかっているなと感心する。
ちょっと笑いがとまらないところがある。
さて、本書のなかば過ぎで、春日武彦氏は自分が醜形恐怖症の傾向を持つことを告白する。
醜形恐怖症とは、自分の顔が異常ではないかと恐怖する神経症の一種だ。
具体的には、春日医師は自分の顔が他人に不快感を与えると信じているようだ。
なんでも、初対面でまだなにも話していないのに、敵意や反感を示されることが多いという。
ほかの本で読んだ記憶があるが、レストランで無視されることも多いそうだ。
顔を見た瞬間に、露骨に小馬鹿にされたこともあるという。嫌悪の表情を浮かべた人もいた。
自分の顔が嫌いで、スナップ写真や集合写真を渡されても見ないでシュレッダーへ放り込む。
鏡を見るときは、自己暗示をかけて感情を麻痺させた状態にする。
自分が精神科医になったのは、醜形恐怖症への対処策のひとつであるとまで白状する。
むろん、ならば本書を書いた理由もそういうところにあるのだろう。

失礼な話だが、たしかに春日医師の顔は、なんだかこちらをムカムカさせるのである。
みなさんも一度、ご覧になっていただきたいが、たしかに殴りたくなるような顔をしている。
このところが春日医師が醜形恐怖症ではなく、
本当の奇面、異面の類ではないかと思われるところで、
「中年以降の男は自分の顔に責任を持て」などという俗言があたまに浮かんでくると、
失礼にも程があるのだろうがクックックと奇妙な笑いが腹からこみあげてくるのである。
ちなみに、この笑いは自分もまた醜形恐怖症の傾向があることに関係していると思う。
わかるよ、春日先生のお気持はわかりますよ、なのである。
わたしも自分の顔が嫌いだから、写真を撮られるのを可能なかぎり避けている。
写真をもらってもさすがに捨てはしないが、見ないで片づけるところはおなじである。
メガネをかけていてよかったと思うのは、床屋で自分の顔がぼやけてよく見えないからである。
さいわいなことに、春日医師ほど醜形恐怖症をこじらせていない。
大して記憶に残らない「よくあるおっさん顔」くらいの自己認識を保つことができている。
春日先生のように、他人に不快感を催させる異常面相という心配はこちらにはない。

繰り返して申し訳ないが、春日氏の問題点は、本当は醜形恐怖症ではなく、
醜形とまではいかないまでも、事実そうなのではないかということである。
とはいえ、春日武彦氏もどうやら最近は醜形恐怖症を克服したようだ。
最新刊の帯にでかでかと自分の顔を宣伝として使っているのを見たことがある。
そこまでよく見ていないが(しつこいが、人はそれほど他人の顔に興味を持たない!)、
そういえば春日医師の顔は少しマイルドになったような気がしなくもない。
まさかとは思うが、整形でもしたのだろうか。
春日武彦氏はたぶん厚手の本書でなにかの賞を取ることを狙っていたのではないか。
それは失敗したけれど、おそらくこの本を書いたことが醜形恐怖症脱出への一歩に
なったのは間違いないので、よかったではありませんか、と届かぬメッセージを送ろう。

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