「こころと脳の対話」

「こころと脳の対話」(河合隼雄・茂木健一郎/新潮文庫)

→河合隼雄は無意識にまかせて生きろ、と言っているわけだが、
むろん、その危険性もよくよく承知している。
社会や世間は意識(善悪、正邪、損得、因果)を絶対のものとして動いているのである。
人気テレビドラマ「半沢直樹」の最初だけちょっと見たけれど、
あきれるくらい善悪、正邪、損得、因果がはっきりしているのである。
「半沢直樹」は人気があるからきっといいドラマなのでしょうが、それはともかく、
多数派というのはどうしようもなく善悪、正邪、損得、因果のみにとらわれている。
正義(善)が悪を打ち破る話が大好きだ。
損をするよりも得をする話が大好きだ。
なにかが原因になって結果が起こるという話しか信じられない(サバ缶で楽々ダイエット)。
本当はひとりの人間のなかに善も悪もあるという考え方は嫌われてしまう。
いま損をすることで将来に得をするという話を詐欺かなにかのように感じてしまう。
なにか事件が起きたらかならずその原因があると思い込み仮想原因を叩くことで満足する。

繰り返すが、社会や世間は意識(善悪、正邪、損得、因果)を絶対視する。
このため、無意識にまかせて生きているようなやつは
変人や勝手者と言われ毛嫌いされてしまう。
河合隼雄は言う。それでも無意識にまかせて生きよう。
危険であることを忘れないで、しかし無意識をもっと活用してみたらどうか。
無意識にまかせて生きるとは、具体的にはどういうことなのか。
以下は全部河合隼雄の発言である(茂木健一郎氏のものはありません)。

「そういう自分のふっとした心の動きに忠実に[行動する]」(P112)

「やっぱり出たとこ勝負の強さをもたないと」(P197)

「僕なんか、いつもそこ[無意識]に注意しているわけですね。
一般的な関係は平気で無視して。
だから、いろんな人がおるなかで、「あっ、あの人」と思った人がいたら、
わりと長くしゃべったりとか。
それから本屋に行っても、なんかパッと見える本があるでしょう。
その本はもう絶対に買うとか」(P105)


「僕なんかは、この非因果的連関のほうをけっこうおもしろがって見てるわけですね。
もちろん因果的にはつながらないんですよ。
ただし、ミーニング(意味)はあるわけだから、
そのミーニングを知ろうというわけですね」(P104)


「やっぱり僕らの知覚というのは、どうも言語に頼りすぎているんですよ。
言語表現に頼りすぎているけれど、本当は僕の経験なんかでいうと、
言語で表現されてるのは一部分でしょう」(P145)


「ちょっというならば、社会を構築している横糸ばかりみんな見てるけれど、
縦糸(たていと)があるのを忘れてるんちゃうかという感じですね。
縦糸と横糸があるから、すごいおもしろいのに。
横糸だけでも模様はできるけれど、やっぱり縦糸が入るとすごく違うでしょう」(P111)


無意識にまかせて生きる――。
下手をすると、その行動は周囲から狂人のように思われてしまうかもしれない。
もちろん、河合隼雄くらいの地位のある人ならば、
多少の奇行はなにか意味があるものとして一目置かれただろうが、
無名の我われはなかなかそう、うまくはいかないことをくれぐれも忘れてはなるまい。

そうそう、話は変わるが河合隼雄ファンは(わたしはなぜか違うけれど)、
カウンセラーさんを過剰に頼るようなところがあるのではないか。
なかには癒しなどを求めて臨床心理士の資格もないようなカウンセラーに
大金をつぎ込むものもいるかもしれない。
まずは心療内科や精神科に行こうと、
カウンセラーのボスたる河合隼雄先生がおっしゃっていることを忘れてはいけない。
カウンセラーの営業妨害になるかもしれないが、まずは心療内科や精神科に行こう。

「クスリで治る人は、早くお医者さんに行ってもらわないといけない。
ほかで治せることはどんどんやってもらって、残る人がおられるわけですね。
そういう人にきていただくといったらいいんじゃないかな」(P165)


これは人気者の河合隼雄だから言えることだろう。
零細個人事業者のカウンセラーは、
たとえクスリひとつで簡単に治ってしまう患者にもクライアントになってほしいのだ。
精神科で1日で治る病気を1年じっくりカウンセリングして料金を取らないと、
経済難でカウンセラー自身の心が病んでしまうことになりかねないからである。
このため、精神科は危険でカウンセリングは自然療法みたいな宣伝をするわけだ。
しかし、河合隼雄先生がおっしゃっている。
まずは心療内科や精神科に行き、おクスリをのんでみましょうってことだ。

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