「絵で見る一遍上人伝」

「絵で見る一遍上人伝」(長島尚道・編著/常楽寺/ありな書房)

→「一遍聖絵」の主要場面をカラーで紹介してくれるたいへんありがたい薄手の書物。
岩波文庫にもコピーは少し載っているけれど、あれでは白黒でぜんぜんわからない。
本書がとても貴重に感じられたのはこのため。
禁酒時、毎晩のように時宗の念仏テープを聴きながら本書をゆっくりひもといたもの。

一遍のどこがすごいかと言ったら、まったく肩書で勝負していなかったところだと思う。
残念ながら本書には掲載されていなかったが、
たしかうちらの時代の歴史教科書にも載っていた「一遍聖絵」の有名な場面に、
時衆結成以前の一遍がひとりで武家屋敷を訪問する場面がある(岩波文庫版に掲載)。
あれはいまで言うところの「飛び込み営業」なのである。
いきなり知らない人の家にアポなしで訪問して商談をまとめることだ。
一遍は酒宴中の武家屋敷のなかへひとりで入っていき、
まんまと念仏札を主人に渡したわけである。
「一遍聖絵」に詳細こそ書いていないが、
そのとき一遍が相当額の謝礼を受け取ったと思って間違いあるまい。
一遍の身分は私度僧(自称僧侶)。当時は乞食となんら変わりない身分。
いまで言うニセ医者、占い師、スピリチュアルカウンセラーみたいな存在だ。
そのうえ「飛び込み営業」をするセールスマンでもあった。
だが、抜群に「飛び込み営業」がうまかったのだろう。
そうでなければ無一文の身にもかかわらずひとりで各地を旅できるわけがない。

個人的な体験だが、異国をひとりで旅していると、直感的にこの人は偉いと思うことがある。
むろん、言葉は通じないから相手の詳しい地位(身分)はわからないけれども。
世の中には肩書に関係なく、オーラのようなもので、この人はすごいと思わせる人がいる。
そういう人物の存在がわかるのは、こちらが無目的な長期旅行をしたからだと思う。
人には旅をすることで鍛えられる日常的な肩書(身分)とは領域を別にする、
非日常的な威光のようなものがある気がしてならない。
「飛び込み営業」がたぶんめっぽうにうまかった一遍も、そのような威厳があったのではないか。
おそらく運もよかったのだろう。
酒宴のただなかなら人は旅芸人のような連中にも気前よく金銭を振舞うものである。
一遍は自分のような存在を求めている場所を探すのがうまかった。
あるいは捨て身で生きているから、自然にそういうところへ流れていけたのかもしれない。
我執がなく自然にまかせていると、ある種の必然として食いぶちくらいは得られるのだろう。

肩書にこだわらない一遍のすごみはほかのシーンからもうかがえる。
これは本書にもきれいなカラーで掲載されているが、
一遍は亭主の留守に他人の家に上がり込み女房を出家(剃髪)させてしまったことがある。
初対面の女性をその場で出家させるくらいだから、
一遍は人を狂わせる力のようなものがあったのだろう。
さて、問題はここからである。激怒した亭主が刀を持って一遍を追ってきたのである。
憤怒のあまり抜刀した男と向き合う一遍の態度には寸分たりとも隙のようなものがない。
「殺せるなら殺してみろ」
男は反対に一遍の迫力にひるみ、妻とおなじようにその場で出家(剃髪)したという。

当時の中心地域、鎌倉へ時衆集団とともに入ろうとしたときもそうである。
一遍などまったく無名の人脈もなにもない乞食坊主に過ぎないのだ。
この道は本日通行禁止だと馬上の武士から恫喝(どうかつ)される。
「おまえはなにものだ? 売名行為が目的の田舎坊主は去れ!」
「念仏布教がしたいのみ。かなわぬならここで死ぬから切ってくだされ」
武士は身命を捨て切った一遍に恐れをなして、
郊外ならば布教してもいいと逆に逃げ腰になったという。
なんの後ろ盾(肩書)もない乞食坊主にみなが圧倒されたのは、
言葉にはできないけれども一遍から言い知れぬすごみのようなものを感じたからだろう。
現代の高僧がいったん豪華絢爛な法衣を脱いだら、だれもそうとはわからぬのとは正反対だ。
旅のさなかでは、だれしも肩書のないところでの一瞬の勝負をしなければならない。
一遍を鍛えたのは孤独な旅であったのだろう。
瞬間的な勝負では、肩書はまったく意味がない。
捨て身で一心不乱の一遍がやたら強かったのはこのためではないかと思う。
おそらく「飛び込み営業」の達人である一遍は、
天皇の血筋という噂があったがために空也を尊敬していたわけではないのではないか。

COMMENT

勘太郎 URL @
08/27 15:37
凄い. 踊り念仏


一遍上人は
確かに凄い


Yonda? URL @
08/27 21:48
勘太郎さんへ. 

そうです、一遍は凄いんです。
でも、ぼくはぜんぜん凄くないから、うまく踊れないんです。
絶対にわからない問いに、一遍は果たして踊ったのか、というものがあります。
踊っていなかった気もするし、ときには踊ったような気もします。
答えはありません。








 

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