世間というもの

小学生のころ、少年野球チームに入っていたことがあります。
かなり努力しましたが、あとひとりというところでレギュラーにはなれませんでした。
いわゆる補欠というやつであります。
少年野球でさえレギュラーと補欠の差はすごいものがありました。
補欠は雑用係のようなもので、
することはレギュラーの打撃練習で転がってきたボールを拾うだけなのです。
補欠は(楽しそうな)打撃練習をほとんどやらせてもらえません。
かくしてレギュラーはさらに技術が向上して補欠は補欠ゆえに下手なままになります。
このため補欠はしだいに練習に参加しなくなります。

ぼくは努力したらかならず報われると信じて同学年のレギュラーの球拾いを続けました。
後年成人してから父親と酒をのんだときに少年野球の話になりました。
あれは悪かったと父からなぜか謝罪されて驚きました。
父が言うには、自分が仕事一筋でまったく少年野球チームにかかわらなかったせいだと。
自分も少年野球にわずかでもボランティアで参加していたら違っていただろう。
そのとき父はよく世間を知っていると驚きましたね。
たしかに少年野球チームのレギュラーはみな父親が監督やコーチだったのです。
言われてみれば、監督やコーチの息子ばかりがいい思いをしていました。
一度も少年野球の観戦すらしてくれなかった父が見事に裏を見破っているのには驚きました。
世間というものは、よくも悪くもそういうものなのでありましょう。

中学時代は卓球部に所属していました。顧問は数学教師のMという男でした。
Mは同学年の美少年をひいきにしていました。
あるとき、どういう機会だったか、ひとりが選ばれるというシーンがありました。
同学年でひとりだけある試合に出場できる。
ぼくは美少年と試合をすることになりました。
当然その試合に勝ったらば自分のほうが選ばれるだろうと思っていました。
美少年はきれいな卓球しかできないのですね。
ぼくは勝つためにはなんでもしようと思いました。
一対一の勝負ですから心理的ゆさぶりやら汚いこともいろいろしました。
いえ、勝つために相手の弱点を集中的につくのが汚いのかどうかはわかりませんけれど。
結局、勝負には勝ったのです。
しかし、そうです。ご想像の通り顧問の数学教師Mから選ばれたのは美少年でした。

思い返してみたら、ぼくはMから嫌われていたんですね。
中2からは成績優秀になりましたから、先生から殴られるようなことはまったくなかったです。
こちらの思い違いもあるのでしょうけれど、ひとりにだけけっこう理不尽に殴られている。
数学教師のMから、理由もわからずにいきなりビンタされたことがあります。
ふつうの人間ならば、こういう体験を通して中学生あたりで世間というものを知るのでしょう。
そうだとしたらMの体罰は、世間を知れという愛のムチだったのかもしれません。
残念ながら中学生のぼくはMの屈折した愛に気づかなかった。
Mの真意が届かなかったのは、ぼくが未熟だったからでしょう。
世間というものは、上から気に入られるかどうかがほとんどがすべてなんだから、
覚えておけ、忘れるな、いいか、絶対に生意気をするな!
いま思えば数学教師のMは体罰なんてものとは正反対の知的な風貌でした。
M先生が本当はしたくなかったであろう暴力で教えてくれようとした、世間というもの――。

とはいえ、好き嫌いは感情ですから、どうにもならないとも言えます。
上から好かれる努力をしても意味がない。それどころか逆効果になることさえあります。
もしぼくが上司だったらあまりに媚びてくる部下は嫌ってしまうでしょう。
上から好かれるものは、たとえ反発していてもなぜか気に入られる。
嫌われるものは、いくら上に取り入ろうとしても生意気と見られ嫌われてしまう。
山本周五郎賞作家のY氏だって映画監督のK氏からひいきにされているのです。
紫綬褒章作家のM氏もまた上役のI氏や教団トップから目をかけられています。
この記事をお読みのお若い将来有望なみなさんに早く世間というものを知っていただきたい。
よけいな老婆心からくだらぬ過去の思い出を記したしだいであります。
いえいえ、上に媚びろというのがメッセージではありませんよ。
おそらく尊敬するY氏もM氏もご両人ともに、そんなことはなさっていないでしょう。
いくら上に媚びても嫌われるやつはどうしようもなく嫌われるような気がします。
早く世間というものを知って、生意気な若人よ、かなわぬ出世欲などは捨てましょう。
なにもかも捨て去ったものを拾ってくれる物好きが現われるかもしれません。
言うまでもなく、99.9%の確率でそんな恩人は現われませんけれども、
まあ人生はどうしようもなくそんなものなのでしょう。

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