「一遍上人語録」

「一遍上人語録 付・播州法語集」(大橋俊雄:校注/岩波文庫) *再読

→一遍は、はっちゃけた踊り念仏とやらをおっぱじめた鎌倉時代の坊さんで、
現在は歴史教科書に載っているため偉人らしくも思われているが、
実像はいまでいうところのカルト団体教祖みたいなものではなかったのかと思う。
法然の孫弟子だった坊さんに少年~青年期に教えを受けているから、
いちおうは法然浄土教の系譜ということになっている。なお、親鸞とはまったく関係がない。
一遍の特徴のひとつは、現代風に言うならば低学歴だったことである。
当時の仏教界において天台宗総本山の比叡山は、いまの東京大学のようなもの。
法然、親鸞、栄西、道元、日蓮みな比叡山で学んでいる。しかし、一遍のみそうではない。
この坊さんは四国の愛媛出身で、落ちぶれた武士一族の子息。
13歳から九州の大宰府でマイナー坊主の聖達から12年仏教の個人指導を受けている。
おなじ南無阿弥陀仏の法然や親鸞と一遍はどこが異なるか。
一遍に比べたら、なんというか法然や親鸞はとても偉そうなのである。
秀才エリートの法然はもとより田舎坊主の親鸞でさえ
屋敷に安穏と鎮座して弟子に教えを垂れていたわけだ。
ところが、一遍はもっとアクティブで日本全国を遊行(旅)してまわった。
救済の念仏札を貴賤貧富を問わずあらゆる人に配ってまわったのである。
象徴的なのは没年である。法然79歳、親鸞にいたっては89歳まで生きている。
比して、「身命を山野に捨て、居住を風雲にまかせ」(P132)
ときには絶食さえして日本全国を遊行した一遍は51歳で没している。
一方で救った人間の数はどうだろうか。
果たしてなにをもって救いというのかは意見がわかれるだろうが、
直接対面説法した人の数ならば間違いなく一遍がいちばん多かったはずである。
一遍が法然や親鸞と異なるところは、いわゆる現場を知っていることだ。
日本全国を遊行した一遍は、
おそらく当時のどの僧よりも世の中の理不尽や不条理、不公平を知っていた。
男は寺院にひきこもり悟りすました顔で経典を読んでいる仏僧ではなかった。
一遍は一度還俗(げんぞく)妻帯したものの33歳でふたたび出家する。
この再出家の理由は親族間の相続トラブルで(武士の一族ゆえ)、
この際に一遍は人を殺(あや)めてしまったのではないかという説もある。
遊行僧としてあらゆる身分のものに教えを説いたのが一遍だ。
もはや人間の形をとどめぬらい病(ハンセン病)の乞食にも一遍は向き合ったことだろう。
いったい業病に侵された絶望者に一遍はどんな教えを説いたのか。
これから捨聖(すてひじり)と呼ばれた一遍の教えをわかりやすく紹介したい。
実際に書いてみないと、自分がどこまで理解したかわからないからである。
どうかお時間がございましたらお付き合いくださいませ。

*「本の山」最長記事でしょう。万が一お読みになられる方は目薬のご用意を。

「一遍上人語録」を百遍近く読んだのだが、かの念仏僧の教えは断じて難解な知識ではない。
人はめったに知識で救われたりはしないからである。
貴族ならまだしも字も読めないような下層民はなおさらのこと。
一遍の教えは実践である。3つのわかりやすい実践を一遍は説いているように思える。
その実践行為とは「捨てる」「まかせる」「踊る」である。
一遍は「捨てよう」「まかせよう」「踊ろう」と主張している。
以下、順番に一遍の教えをなるべくわかりやすく説明していきたい。
ただし、こちらは研究者ではない。
ないだろうとは思いながらも救いのようなものを求めるひとりの読者だ。

(1)「捨てる」

捨てるとは、意図的になにかを失うことである。
俗世を生きる人間は、ほぼ得ることを人生の目標としていると言ってもよいのではないか。
一銭でも多くの収入を得たい。名誉や地位を得たい。
妻を得たら次は子宝に恵まれることを望む。老年には孫まで欲しいと願うかもしれない。
妻子の希望がかなったら今度は妾(めかけ)を欲するのが男なのだろう。
いや閉塞した現代日本社会においては、もうほかになにもいらないから
たったひとりの親友を求めている孤独な人間もいよう。
友さえいらないから、この激痛をともなう難病のみ治ってくれたらと願う患者もいるはずだ。
つまり、健康体を得たい。
しかし、得るから得たもの(財産、地位、家族、親友、健康)を失うとも言いうる。
さらに言えば、得た時点でおそらく目に見えないなにかを失っているのではないか。
かんたんな例を挙げれば、結婚したら自由な独身生活を失わざるをえない。
出世すればそのぶんだけ失うのが安心である。いつ足を引っぱられるか。
愛する家族がいればこそ、妻や子を失う不安に苦しまなくてはならないのである。
死別のときは愛(=執着)していたぶんだけ悲しみも深くなるはずだ。
このような事情は現代も一遍の生きた鎌倉時代もまったく変わっていない。
一遍の目に世界はどのように映っていたのか。
以下、本記事における引用文中の[カッコ]内の言葉は、
意味をわかりやすくするための説明としてわたしが書き入れた補足になります。
さて、これが一遍の言葉だ。

「又云(またいわく)、三界[世界]は有為無常の堺なるゆゑに、
一切不定なり、幻化なり。此界の中に常住ならむと思ひ、心安からむとおもふは、
たとへば漫々たる浪(なみ)の上に、船をゆるがさでおかんとおもへるがごとし。
何としてか常住ならむ、何としてか心のごとくならん」(P147)


たまたまの因縁で成り立つこの世界は無常ゆえ、一切は不定である。
そうだとしたら、安心するということがないではないか。
財産も地位も家族も、得たものはかならずいつかは失うことになろう。
だから、財産も地位も家族も求めるな、捨てよ、と一遍はたしかに言っている。
逆転の発想である。得ることで失うものがあるならば、
反対に失う(捨てる)ことで得られるものもあるのではないか。
しかしまあ、この程度の発言なら釈迦も言っていたし、そこらの聖人に言えるものだろう。
目に見えるものを捨てろ、
というのは数年まえに流行語にもなった断捨離(だんしゃり)とおなじだ。
捨聖(すてひじり)一遍のすごいところは、目に見えぬものまで捨てよと言う。
念仏(南無阿弥陀仏)は捨てることだと一遍は教えるのである。
根拠とするのは一遍が尊敬していた平安時代の仏僧・空也(くうや)の言葉だ。

「夫(それ)、念仏の行者用心のこと、
しめすべきよし承(うけたまわり)候(そうろう)。
南無阿弥陀仏とまうす外(ほか)、さらに用心もなく、
此外(このほか)に又示(しめす)べき安心もなし。
諸(もろもろ)の智者達の様々に立おかるゝ法要どもの侍(はべ)るも、
皆(みな)諸惑(しょわく)に対したる仮初(かりそめ)の要文なり。
されば、念仏の行者は、かやうの事をも打捨(うちすて)て念仏すべし。
むかし、空也上人へ、ある人、念仏はいかゞ申べきやと問ければ、
「捨てこそ」とばかりにて、なにとも仰(おおせ)られずと、
西行法師の撰集抄に載(のせ)られたり。是(これ)誠に金言なり。
念仏の行者は智慧をも愚痴をも捨(すて)、善悪の境界をもすて、
貴賤高下の道理をもすて、地獄をおそるゝ心をもすて、極楽を願ふ心をもすて、
又諸宗の悟(さとり)をもすて、一切のことをすてゝ申(もうす)念仏こそ、
弥陀超世の本願に尤(もっとも)かなひ候へ。
かやうに打あげ打あげとなふれば、仏もなく我もなく、
まして此内に兎角(とかく)の道理もなし。善悪の境界、皆浄土なり」(P34)


一遍は念仏しながらなにを捨てろと言っているのか。
一切を捨ててしまえ、である。
学校で教わった正しい知識も、実社会で学んだ愚かしい処世の智慧も捨てよう。
自己啓発本の内容もポイだ。パソコンのみならずネット情報も捨てる。
こうしたら金が儲かる、出世できる、女にもてる、男にもてる、健康情報、育児方法、老後対策
――あらゆるハウツー、ノウハウ、テクニックを捨てるべし。「諸宗の悟」を捨てよう。
肩書も捨てる。学歴や職歴がなんだ。○○新聞記者の名刺を捨てる。
一部上場企業がなんだ、銀行員がなんだ、芥川賞・直木賞がなんだ、紫綬褒章がなんだ。
派遣、非正規、パート、日雇い、無職、ニート、メンヘラ、身障者といった劣等感も捨てる。
東大卒も捨てる。目白大卒も捨てる。高卒も捨てる。受賞歴も前科も捨てる。
「貴賤高下」を捨てるとはそういうことである。
地獄も極楽も捨てよう。
将来の地獄のような不幸におびえる心配を捨てる。極楽のような幸福への期待も捨てる。
ここまではいいだろう。
ここまでなら到達できる世捨て人もけっこういるのではないかと思う。
身もふたもないことを言えば、定年退職後の老人ならなんとか到達可能ではないか。
老人ホームに入ってまで東大卒や元商社勤務の過去にこだわるものは格好悪い。
色ボケはあるだろうが、肝心のあっちが役立たないだろうからそこまで生臭くはなるまい。
いやいや、わからない。いまはバイアグラがある。
もしかしたら過去しかない老人こそ、かえって過去の栄誉にすがりつくのかもしれない。
余命少ない老人ならばかなりのものを捨てられる、というのは甘い考えなのかどうか。。
臨終の際、成功した老人は捨てられぬものの多さゆえに逆に苦しいということも考えられる。
ずっと下積みの仕事でしかも独身の老人は捨てるものがないから死ぬときに気楽だろう。

さて、である。
ボケかかった余命わずかの老人でさえなかなか捨て切れないものがある。
人間である限り捨てられないもの。
人間の業(ごう)そのものと言ってもそれほど間違いでないもの。
それは「善悪の境界」である。なにが善で、なにが悪か。だれが善で、だれが悪か。
いくら自他の肩書を捨てて分け隔てなく人に接することのできる人格者でも、
善悪の分別を捨てるのはかなり難しいのではないだろうか。ほとんど無理だと思う。
我われはどうしようもなく善悪にこだわってしまう。
しかし、一遍は善悪をも捨てよと言うのである。捨てられると言う。

念仏=善悪ふくむ一切を捨てる!

つくづく思うのは、人間のどうしようもなさの根源は善悪ではないかということ。
たとえば、「私は悪くないのに」という言葉が象徴的である。
人はどうしようもなく自分を善で、他のものを悪と思ってしまうところがある。
どちらも両者ともに善のことはあり、それはそれでまったく正しいのだが、
しかしどちらも双方ともに善ということでは世間での折り合いがつかない。
人間同士の喧嘩や国家間の戦争が起こるのはこのためである。
人はまるで呪われたかのように善を求め悪を嫌う。
したがって人間世界は――。

「人の形に成(なり)たれど 世間の希望たえずして
心身苦悩することは 地獄を出(いで)たるかひぞなき
物をほしがる心根は 餓鬼の果報にたがはざる
迭(たがい)に害心おこすこと たゞ畜生にことならず」(P13)


まさに善悪が人間の苦悩を作り出していると言ってもいいのかもしれない。
たとえば、こんな地獄があろう。
愛する家族が目のまえで飛び降り自殺をしてしまったとする。
それ以前にふたりは言い争いをしていた。このとき、どちらが善でどちらが悪なのか。
自分の善を言い張ったがために家族は自殺してしまったのではないか。
自分が悪だと認めてしまうと生きていけないようなところが人間にはある。
もしかしたら目のまえで自殺した家族のほうが善で自分こそ悪ではないか。
もし自分が悪であるならば、自分も自殺しなければならなくなる。
そもそも自殺は善なのか、それとも悪なのか。
世間的には自殺は悪となっているから、ならば自殺した愛する家族は悪なのか。
実のところ、この地獄はわたし自身が13年まえに体験したことである。
いまになってようやくあの苦悩が、まさしく善悪の考えによって生じていることがわかる。
たぶん善悪から多くの人間の苦しみが生じているのだ。
一遍に話を戻そう。一遍は善悪を捨てろと言う。捨てられる言う。
どのようにして一遍は善悪を捨てるのか見てみよう。
一遍は名号(みょうごう)=南無阿弥陀仏で善悪を捨離(しゃり)できると言う。

「又云、善悪の二道は機の品[凡夫の性質]なり。
顛倒虚仮(てんどうこけ)[デタラメ]の法なり。
名号は善悪の二機を摂する真実の法なり。
皆人善悪にとどまりて、真実南無阿弥陀仏を決定往生と信ずる人まれなり」(P171)


南無阿弥陀仏(名号)は善悪を超えているというのである。
善も悪もどちらも名号のなかに摂取されている。
善悪を超越する南無阿弥陀仏とはいったいなんなのか。
一般的には念仏を唱えたら死後に極楽浄土に往生できると言われている。

「又云、南無阿弥陀仏を心得て、往生すべきやうに皆人おもへり。
六識[眼耳鼻舌身意]の凡情を以て思量すべき法にはあらず。
但(ただし)領解(りょうげ)すといふは、
領解すべからざる法と心得るばかりなり。
故に善導[中国の高僧]は、[南無阿弥陀仏を]
「三賢・十聖も、測りて窺ふ所にあらず」と釈し給へり」(P159)


南無阿弥陀仏という真実は人間ごときには理解できない。
言うなれば、人間には知りえない名号を仮構することで善悪を超えているのだ。
我われにはわからないが、
しかし確実に我われを超える大きなものが存在するとする。
これは思考実験とも言うことができよう。
我われには理解できない南無阿弥陀仏があるのならば、
それはたしかに善悪をも超越しているだろう。
いささかわかりにくいかもしれないので、さらに一遍の言葉を借りよう。
一遍はまたもや私淑する空也の解釈を例として出している。

「又云、罪[悪]といひ功徳[善]といふこと、
凡夫浅智のものまたく分別すべからず。
空也の釈に云(いわく)、
「智者の逆罪は変じて成仏の直道(じきどう)となり、
愚者の勤行はあやまれば三途[餓鬼・畜生・地獄]の因業となる」と云々。
しかれば、愚者は功徳[善]とおもへども、智者の前には罪[悪]なり。
愚者は罪[悪]とおもへども、智者の前には功徳[善]なり。
微々細々なり。我等愚痴の身、いかでか分別すべきや。(中略)
所詮、罪[悪]と功徳[善]との沙汰(さた)をせず、
なまさかしき智慧を捨て、身命ををしまず、
偏(ひとえ)に称名[念仏]するより外は、余の沙汰有(ある)べからず」(P104)


なにが悪で、なにが善かは我われにはわからないのではないか。
阿弥陀聖(あみだひじり)と呼ばれた空也と捨聖と呼ばれた一遍に共通する主張である。
善悪は人間にはわからないのかもしれない。
ならば、ある現象が功徳か仏罰かもわからないはずである。
退転したものの不幸を仏罰だとあざわらい、
あさましくも現世利益を功徳であると喜ぶ某新興宗教団体のメンバーには、
一遍の言うことをご理解いただけないかもしれない。
だが、病気をしたことで人のやさしさがわかるということもあるのではないか。
そもそもだれかが病気にならなければ医療従事者は食い詰めてしまう。
金が儲かることが善かどうかもわからない。
多額の金銭はトラブルを誘い込むような要素を持っているはずである。
ひとたび競馬で大穴を当てたら、もう永久に競馬の誘惑からは逃れられないだろう。
よく見れば善のなかの悪が、悪のなかの善が見えてくることもないとは言えまい。
だとしたら、なにが善でなにが悪か我われには知りえないということにはならないか。
しかし、不安になることはない。なぜなら、阿弥陀仏は知っているからである。
ことの善悪は死後、浄土にて阿弥陀仏にうかがえばよろしい。

「只(ただ)不審あらむ法門[善悪]をば浄土へまゐりて、
阿弥陀仏にあひ奉りてうけ給はるべきなり」(P205)


まとめに入ろう。一遍の教える救いは、まず捨てることから始まる。
目に見えるものも目には見えぬものもなるべく捨てよう。
智慧・愚痴・善悪・貴賤高下(肩書)・諸宗の悟り(人生指南)を捨てる。
現代で言うなれば、あらゆるハウツー、ノウハウ、テクニックを捨離する。
自己啓発本、ビジネス書、婚活マニュアル、人生指南書をブックオフに売り飛ばそう。
(実際に捨聖一遍は死の直前わずかに所持していた書籍をすべて焼却している)
仏教解説書を古書店に売り払う。これは他人の考えを捨てるということだ。
それからできるだけ自分の考え(=善悪)も捨てたほうがいい。
そうすると、どうしていいのか。心が安らかになるからである。
いつも不安で仕方がないのは心がよけいなものに縛られているためなのだろう。
そうは言っても、我われはなかなか先入観や固定観念、世間体を捨てられない。
不自由である。息苦しい。苦悩から逃れられない。
このために南無阿弥陀仏を一遍はすすめるのだ。

「此世(このよ)の人はわれも人も凡夫の妄言なれば、
かならずしもならひきゝしりたりとも、生をへだてなばわするべき故に、
要事あるべからず。只、誠の仏語は南無阿弥陀仏、
此(この)念仏三昧は罪悪生死の凡夫の上に、
実相所詮の仏智の名号を持(たもた)せて、
速(すみやか)に善悪を忘(もう)じ、諸見を離れしむ」(P206)


あの世(阿弥陀仏)から見たらこの世の善悪、正否は違って見えるのかもしれない。
そうだとしたら、この世のことは我われには究極的にはわからない。
このわからないというほとんど絶対の真理を一遍は南無阿弥陀仏と言っているのである。
この世の不公平、矛盾、理不尽、不条理にはふつうの神経ならば目を覆いたくなるはずだ。
小さな子の障害や難病、早逝には参る。どうしてこの世がこうなのかはわからない。
しかし、阿弥陀仏にはきっとわかっているのだろうから、
死後にあの世でわけを聞けばいのである。これが一遍の南無阿弥陀仏だ。
一遍の南無阿弥陀仏は、まず「捨ててこそ」である。
とはいえ、むろん一遍も一切を捨離するのはたしかに理想だが、
しかし実現不可能と言っていいほどの困難であることを知らないわけではなかった。

「捨(すて)てこそ見るべかりけれ世の中を すつるも捨ぬならひ有(あり)とは」

どうしようもなくも捨てられないのである。
一遍自身も一度は捨てた妻を後年、遊行の旅に同行させている。
さて一遍のような聖人からは程遠い借金魔でアルコール依存症の俗人、
自由律俳句で有名な山頭火は果たしてかの捨聖の存在を知っていたのか。

「捨てきれない荷物のおもさまへうしろ」(山頭火)

「旅ごろも木の根かやの根いづくにか 身の捨られぬ処あるべき」(一遍)

(2)「まかせる」

捨てるとなにがいいのかと言うと身軽になるからである。
鎌倉時代はもちろんいまのような情報社会ではなかっただろうが、
情報というのは所詮は他人の考えである。
さらに肩書は世間に評価された身分でその人間の本質とはまったく関係がない。
このため情報や肩書、世間体といった他人の考えを捨てていくと、
どうやら自分の輪郭が見えてくるようである。
一遍の教えがいまでも有効なゆえんだ。捨てる。捨ててこそわかるもの。
たとえばの話だが、大人の個性なるものは、だれかから教えられるものではなく、
捨てることでおのずから姿をあらわすものなのかもしれない。
とはいえ、一遍は個性的になれとは言っていない。
他人の考えを捨てろ。それから自分をも捨てろと言う。
なぜなら、捨てて捨てて身軽にならないと流れ(他力)に身をまかせられないからだろう。
この本とは関係なく、たまたま知ったのだが、空也作とされる歌に次のようなものがある。
空也は一遍があがめていた平安時代の僧である。

「山川の末(さき)に流るる橡殻(とちがら)も 身を捨ててこそ浮かむ瀬もあれ」(空也)

おおよその意味は――。
川に落ちてしまったトチの実も、流れに身をまかせていればこそ浮かぶこともある。
溺れてしまったときはジタバタあがくよりも捨て身で流れに身をまかせていたほうがいい。
ものすごく凡俗なたとえになろうが、着衣での水泳はとても危険と聞く。
衣服が水を吸って重くなるからである。だから、服を捨てろ。裸になれ。
このような意味合いで一遍は善悪を捨てろ、自分を捨てろ、と言っているのではないかと思う。
自分を捨てるというのを現代風に言い換えたら、
いわゆる無意識の世界に入っていくということではないか。
インチキとも言われるユングは自我の底に個人的無意識、集合的無意識があると仮定した。
ここでは深く述べないが、無意識というのは説明原理である(実在は証明不可能)。
個人的無意識や集合的無意識があるとして話を進めると、ある種のことにうまく説明がつく。
ユングいわく、集合的無意識とは
国時代を問わず人類に普遍的に共有される意識の層とのこと。
この点、阿弥陀仏は集合的無意識のようなものと言うこともできるのではないか。
ユングは嫌われもの(非科学的! オカルト!)だからあまり踏み込まないでおこう。
ひとつだけ、自分(自我意識)を捨てるというのは、
生命の奥深くに分け入っていく行為でもあるということに留意しておきたい。
次の一遍の言葉は、たとえばユング学者の河合隼雄の言説を念頭に置くと、
かなりわかりやすくなるのではないかと思う。

「又云、少分の水を土器(かわらけ)に入(いれ)たらば、
則(すなわち)かわくべし[水分は自然に蒸発する]。
恒河(ごうが)[ガンジス河]に入(いり)くはへたらば、
一味和合して、ひる[干る]事有(ある)べからず。
左(さ)のごとく、命濁中夭の無常の命[はかない自我]を、
不生不滅[永遠]の無量寿[自然]に帰入しぬれば、生死ある事なし」(P129)


気持の悪いポエム風に言えば、ちっぽけな自分の命を大自然の大生命に投げ出せ!
そういうことになるのだろう。
自分を捨てて、万物が流転する大きな自然の流れ=変化=他力に身をまかせるべきである。
逆に言うならば、他力に気づくことで自分(自力)を捨てられる。
他力(阿弥陀仏)を深く信じることは、我執(自力)を捨てることである。
他力というのは、たとえば春が夏になるのは他力である。花が咲き、散るのも他力だ。
一遍は他力信仰を歌にしている。

「さけばさきちるはおのれと散(ちる)はな(花)の ことわりにこそ身は成(なり)にけれ」(P54)

一遍の言葉で歌意を説明するなら、こうなるのではないか。

「自他の位[レベル]を打捨て、唯一念、仏[自然]になるを他力とはいふなり」(P83)

雨が降り、雲が去って晴れるのもまた自然=他力である。
あるとき一遍の遊行集団が突然のどしゃ降りに遭遇したときのことだ。
尼(あま=女性修行者)たちが雨にぬれては大変と袈裟(けさ)を脱ぎだしたという。
これを見て一遍の詠んだ歌がある。

「ふればぬれぬるればかはく袖のうえを 雨とていとふ人ぞはかなき」(P47)

どうせ雨でぬれてもそのうち晴れてかわくのだからいいではないか。
念仏で苦楽を超越した一遍の堂々たる態度がうかがえよう。
この道歌の境地を説明すれば以下のようになるのではないか。

「又云、楽[晴]に体[実体]なし、苦[雨]の息(そく)するを楽[晴]といひ、
苦[雨]に体なし、楽[晴]のやむのを苦[雨]と云(いう)なり。
故に苦楽のやみたる所を無為と称す。無為といふは名号なり」(P187)


人生という道行きでたとえ雨が降っても晴れても動じず(無為)、
名号を唱えていたらいいという考えである。
一遍は名号で往生が決定しているがために、苦楽を捨て切っていられるわけだ。
雨や苦しみを厭(いと)い慌てふためくのは不定だからである。

「又云、決定[絶対的]といふは名号なり。
わが身わがこゝろは不定[相対的]なり。
身は無常遷流(せんる)の形なれば、念々に生滅す。
心は妄心なれば虚妄(こもう)なり。たのむべからず」(P88)


名号は最強ドラッグのようなもので、ばっちり決まっていると(決定!)
身に降りかかる禍福(苦楽)がまるで夢(虚妄)のように見えるのだろう。
決定していれば、不定のものなど夜見る夢程度にどうでもよくなる。
一遍の見たおかしな夢の記録が残っている。
夢を見ていて、その夢が覚めたと思ったら、それもまた夢だったというのである。
遊行していたと思ったら、それは夢で実は道場にいた。
しかし、その道場に座っていたというのもまた夢であると判明する。

「又云、夢と現(うつつ)とを夢に見たり。
<弘安十一年正月廿一日夜の御夢なり>
種々に変化して遊行するぞと思ひたるは、夢にて有けり。
覚(さめ)て見れば、少しもこの道場をばはたらかず、
不動なるは本分なりと思ひたれば、これも又夢也(なり)けり。
此事(このこと)、夢も現も共に夢なり。
当世の人の悟(さとり)ありと、ののしりわめくはこの分[程度]なり。
まさしく生死の夢覚ざれば、此(この)悟(さとり)は夢なるべし。
実(まこと)に生死の夢をさまさんずる事は、ただ南無阿弥陀仏なり」(P126)


「おもひとけば過(すぎ)にしかたも行末(ゆくすえ)も 一(ひと)むすびなるゆめの世の中」(P60)

名号(南無阿弥陀仏)という絶対真理を仮構(創造)することで、
かえって無常や変化、つまり自然の流れがよく見えるようになるのである。
絶対真理があるならば、無常の世の中などみなみな夢に過ぎぬという理屈だ。
そう考えてみたら、この世のことなどすべてが幻想と言えないこともない。
繰り返すが、これは名号が絶対真理であるという前提のうえでの話である。
名号という、いわばサングラスをかけたら世界の見え方が変わったという話だ。

「又云、名号の外に惣(そう)じて以(もって)我身に効能なし、
皆(みな)誑惑(おうわく)[インチキ]と信ずるなり。
念仏の他の余言をば、たは事[戯言]と思ふべし。常の仰(おおせ)なり」(P195)


細かいところだが、名号以外はインチキである、とは言っていないことに注意したい。
どこぞの教祖様のように、自分の教え以外はデタラメと断言していないのである。
しつこいが名号が絶対真理で、これ以外はウソだと宣言してはいない。
どういうことか。
自分は名号以外はインチキだと信じている。みなも念仏以外は戯言だと思ったほうがいい。
この時点で寸止めしているのである。
つまり、一遍のしているのは自己の信仰表明のみで強制的な命令をしていない。
なにせ名号は「領解すべからざる法」であると心得よと主張しているくらいだ。
繰り返しになるが、名号は「人の理解の及ばぬ法則」である。
名号は人間には「わからない」が、この「わからない」こそ絶対真理と一遍は言うのである。
このため、一遍は自分の教えも捨ててもらって結構と言い放っている。
どこかの教祖様のように自分は絶対正義ではないのである。

「またかくのごとく愚老[一遍自身]が申事(もうすこと)も
意得(こころえ)にくく候(そうら)はゞ、
意得(こころえ)にくきにまかせて愚老が申事も打捨(うちすて)、
何ともかとも[自力にて]あてがひはからずして、
本願に任(まかせ)て念仏したまふべし」(P35)


一遍はたぶん「まかせる」という言葉が好きだったのではないか。
引用した短文中に2回も「まかせて」が登場している。
さて、果たして六字名号、南無阿弥陀仏は絶対真理なのか、そうでないのか。
これは信じるか、信じないかの問題である。
ならば、信じるとはどういうことか。
一遍の場合は自分の慕う空也が念仏をしていたから、
というのが信心の理由のひとつである。
もうひとつあって、一遍は熊野本宮神社において、
夢のなかで権現(神)から「念仏を勧進せよ」というお告げを受けている。
これはほとんど絶対的な体験だったことだろう。
空也の記録と熊野権現の夢告が一遍の信仰のみなもとである。
一遍における信心の意味は「まかせる」のようである。

「又云、信といふは、まかすとよむなり。
他の意(こころ)にまかする故に、人の言(ことば)と書(かけ)り。[信=人+言]
我等は即(すなわち)法[仏法]にまかすべきなり。
しかれば衣食住の三を、われと求(もとむ)る事なかれ。
天運にまかすべきなり。
空也上人の云、「三業を天運に任せ、四儀を菩提に譲る」と云云。
是(これ)即(すなわち)他力に帰したる色なり。
古湛禅師の云、「煩(わずらわ)しく破[服の破れ]を転ずる[縫う]こと勿(なか)れ。
只(ただ)天然に任す」といへり」(P115)


信じるとは、自然のことわりにまかせること。天運にまかせること。
あれこれ策を弄して自然に逆らわないこと。なにより仏法にまかせること。

念仏=自然の流れにまかせる!

ここまでの流れを整理しておこう。
一遍は自分を捨てろと言う。身軽になってまかせる=信じるがいいと主張する。
さらに「我等はすなわち仏法にまかすべき」との仰せである。
ここで一遍の言及している仏法とは、大無量寿経の以下の箇所ではないか。
これはもう一遍と4ヶ月以上付き合った当方の直観を信じていただくほかない。
いちおうの証拠としては、
大無量寿経のその箇所が一遍の言葉として本書に掲載されていることが挙げられる。
さて、浄土宗は大無量寿経観無量寿経阿弥陀経の浄土三部経を根本経典とする。
一遍が大無量寿経のなかでもっとも愛したであろう部分を現代語訳から引用する。

「人は世間の情にとらわれて生活しているが、
結局独りで生れて独りで死に、独りで来て独りで去るのである。
すなわち、それぞれの行いによって苦しい世界や楽しい世界に生れていく」


なにが説かれているのか。原始仏教時代からあった業(ごう)の思想である。
業はカルマとも呼ばれ、身(身体)口(言葉)意(思考)における3つの行為のこと。
身口意(しんくい)の業にはかならず善悪がともなうものと考えられている。
仏教では、我われは一回限りの生を得ているわけではない、と説く。我われは――。
久遠の過去より業に従い六道(天、人間、修羅、畜生、餓鬼、地獄)を生死輪廻している。
無数の過去世を繰り返した結果、たまたまいま人間としての生を受けているに過ぎない。
この世で恵まれているものは、過去世のどこかにおける善業(善い行い)の報いだ。
反対に悲惨な人生を歩まねばならぬものは、同様に過去世における悪業の報いである。
いまの仏教者はなぜか業の理法を説かなくなっているように思われるが、
この残酷ながら明晰な宿業思想は釈迦の時代からすでに存在しており(「長老の詩」)、
インド、中国、日本と三国を経由してきた仏教の根底にある考え方である。
いまの葬式仏教を生業とする職業生臭坊主は人権(人間平等)とやらに配慮してか、
薄っぺらいきれいごとだけを口にしていたいのか、
人間それぞれがどうしようもなく生まれ持つ重い業を無視しようとするが、
宿業による生死輪廻は2500年の歴史を持つ仏法の基礎概念と言ってもよいのである。
仏教の世界観では、人間はそれぞれ不公平で、それは業によるものであると考える。
このために、だからこそ、生きとし生けるものを平等に救済する思想が生まれてくるのだ。
もちろん、法然、親鸞とおなじく一遍もまた業による生死輪廻を深々と認めている。

「罪をつくれば重苦を受け、功徳を作れば善所に生ずる」(P106)

業とは宿命のことである。
国籍、性別、貧富、美醜、賢愚、健康、寿命は宿命だからどうしようもない。
出世、成功、勝利、落伍、失敗、敗北は久遠の過去世における業の報いである。
仏典の「本生経」は、あの釈迦でさえ過去世で殺人の罪を犯していたと説く。
そうだとしたら、我われ凡夫は久遠の過去世のどこかで、
かならずや十悪・五逆といわれる大罪を犯しているのではないか。
ならば、この世でどのような悪業の報い、つまり不幸が生じても仕方がないことなのである。
一遍いわく、「我等はすなわち仏法にまかすべき」――。これはどういうことか。
業にまかせるしかない。宿命を受け入れるしかない。宿命を生き抜くしかあるまい。
一遍と空也、ふたりながらにして主張する「天運にまかす」とは、そういうことだ。

宿命は過去世における業(善悪)の報いである。
いま苦しいとしたら、それは過去世の悪業のためだ。悪業は煩悩(ぼんのう)から生じる。
かつて仏教の開祖、インドの釈迦は煩悩を消せと教えた。
ご存じでしょうが、煩悩とは欲望、執着のことで、
これを消した状態が涅槃(ねはん)と呼ばれ、通常はこの状態が悟りであるとされる。
ゆえに「煩悩即菩提」と言われることもある。
煩悩がそのまま菩提(ぼだい)、つまり悟りに直結するという考え方だ。
しかし、煩悩を消そう消そうと思うほど、逆に煩悩の炎(ほむら)は燃え上がる。
ある意味で、自力救済の限界である。
いまの東大と言ってもよい鎌倉時代の最高学府、比叡山は天台宗の総本山である。
比叡山の仏僧(研究者)たちは自力修行で迷いからの脱却を目指していた。
ちなみに比叡山における出世は、親の家柄が重視されたため、修行とは関係がない。
そもそも出世欲は煩悩の最たるものゆえ、本来なら仏教とは相容れぬものである。

さて、法然は比叡山(東京大学)を飛び出して専修念仏、他力救済の教えを広めた。
象牙の塔とも言いうる比叡山のなかにいてはダメだと判断したのであろう。
専修念仏、他力救済とはなにか。念仏を唱えるだけでだれでも救われる。
それは自力(修行)ではなく、阿弥陀仏による他力の救済である。
法然はかつていた比叡山を聖道門(しょうどうもん)、おのれの教えを浄土門と呼んだ。
どこの門から救いに入るか。聖道から入るのもいいが、浄土から入る門もある。
あさましい下層民は業から生じる煩悩を自力修行で消すことはできないだろう。
ならば救われないのか。それは違う。いな。ひとたび浄土に往ってから救われる。
この法然の教えは、浄土宗西山派の証空に引き継がれた。
余談だが、証空は親鸞などよりよほど法然の教えを聞く機会の多かった優秀な弟子である。

証空の弟子に聖達という坊さんがいて、
この聖達のもとで我らが一遍は13歳の少年期から12年間仏教を学んでいる。
しかし、一遍は聖達の教えを捨てているのである。
36歳で熊野権現からの夢告を受けて、いままでの仏法でさえ自力であったことに気づく。
阿弥陀仏が日本の神として現われたところの熊野権現は一遍にこう言ったという。

「心品(しんぼん)のさばくり[心による善悪の判断]あるべからず。
此心(このこころ)はよき時もあしき時も、まよひなるゆゑに、
出離の要とはならず。南無阿弥陀仏が往生する也(なり)」(P165)


結果、一遍は逢う人々に分け隔てなく
「南無阿弥陀仏 決定往生 六十万人」と書かれた念仏札を配ることにする。
どうして念仏札を手渡すだけで救いになるのか。一遍が自力で救うのではないのである。
というのも、決定往生は阿弥陀仏による救済。
阿弥陀仏が万民を救ってくださることを完全に信じることができたら、
自分は念仏札を配る以外の一切のことは他力にまかせておいていいことになる。
一遍は念仏札によって阿弥陀仏の他力救済を告げるだけで構わない。
親鸞の他力信仰は法然より強いが、その親鸞でさえ一遍の他力信仰にはかなわないと思う。
一切自力を用いるべからず。我執の善を捨てよ。一切を捨て切れ。
捨ててこそ他力にまかせることができよう。
信じるとは、まかせること。
一遍の教えは浄土門である。教えの要諦は天運・業・宿命にまかせきるということに尽きる。

「上人、或時(あるとき)しめして曰(のたまわ)く、
聖道・浄土の二門をよくよく分別すべきものなり。
聖道門は、「煩悩即菩提、生死即涅槃」と談ず。
我も此法門を人にをしへつべけれども、当世の機根においてはかなふべからず。
いかにも煩悩の本執に立かへりて[煩悩ばかり気になり]、人を損ずべき故なり。
浄土門は身心を放下(ほうげ)して[投げ出して]、
三界・六道に希望する所ひとつもなくして、往生を願ずるなり。
此界の中に、一物も要事あるべからず。
此身をこゝに置ながら、生死をはなるゝことにはあらず」(P71)


お詳しい方なら、身心放下は禅の言葉だとお気づきになったことと思う。
引用文の意味は、お釈迦さんのように聖人ぶって煩悩を消そうとするな。
欲望や執着はなくそうとするとかえって意識して苦しみが増すものだ。
重要なのは、この世にあまり希望を持たないこと、人生にあまり期待しないこと。
これは一遍さん、いいことを言うなと思うのである。
どうせ消えないんだから欲望は消そうとしないほうがかえっていい。
肝心なのは、どうせ思うようにはならないんだから期待しないこと、希望を抱かないこと。
これは絶望の思想ではないことが次の引用をお読みになったらわかるはずだ。
このように考えると、あの苦しい嫉妬も消え失せ、心がとても安らかになるのである。
以下は捨聖一遍の絶唱ではないか。

「善悪ともに皆ながら 輪廻生死の業なれば
すべて三界・六道に 羨(うらや)ましき事さらになし
阿弥陀仏に帰命して 南無阿弥陀仏と唱ふれば
摂取の光に照されて 真(まこと)の奉事(ぶじ)となるときは
観音・勢至の勝友あり、同朋もとめて何かせん」(P18)


この世における幸い(善)も不遇(悪)もどちらとも結局のところは
久遠のむかしより生まれ変わりを繰り返してきたそのときどきの業の報いであり、
これはもうどうしようもないのだから、この世で恵まれた人たちを羨むことはない。
いまやれることは南無阿弥陀仏と唱えることで、
そうしたらかならず阿弥陀如来は我われを見守ってくださるのでもう孤独ではなく、
のみならず観音菩薩、勢至菩薩まで友のごとくに付き添ってくださる。
こうなったら、ことさらへつらって仲間や友人を求めなくてもよくなる。

一遍のおもしろいところは、人間の本性とも言うべき嫉妬に言及していることだ。
「すべて三界・六道に 羨ましき事さらになし」がいい。
こういうことを書く一遍もまた嫉妬に苦しんだのは疑いえない。
嫉妬こそ人間の本性と言えなくもないのである。嫉妬心は劣等感から生じる。
一遍の劣等感はいったいなにか。これはかなりうがった見方なのだろうが、
現代でいうところの低学歴が一遍のコンプレックスだったのではないか。
一遍は天台宗総本山の比叡山出身ではないのである。名門で学んだことがない。
12年田舎坊主の聖達の教えを受けたけれども、あとはまったくの独学である。
語録を読む限り一遍の頭脳優秀は間違いないが、しかしそれだけに、
そのぶんだけ比叡山出身ではない劣等感を変にこじらせた時期があったのではないか。
貴賤貧富に分け隔てなく平等に与えられる劣情が嫉妬である。
貧農は貧農同士のどんぐりの背比べで、黒々とした怨恨の情を抱くのである。
貴族、武士、商人、農民すべての身分において兄弟関係は嫉妬の温床だろう。
日本全国を遊行してまわった一遍は、こういう世間知に長(た)けていたのではないか。
法然は比叡山のなかでも秀才と一目置かれていた。
親鸞は身分の低い僧で、オツムのほうも文章を読む限り大したことはないが、
それでもやはり比叡山出身で、有名な法然の弟子であるという後ろ盾があるのだ。
比して一遍はなにもないのである。
ひどい悪口を言えば、一遍は没落武家出身の無学な乞食坊主に過ぎない。
強調しておきたいが、このため、だから、後年公家からの帰依も得た一遍はすごいのだ。

一遍はあの忌まわしい嫉妬をも南無阿弥陀仏で受け流せると教える。
これを読むと元々は一遍も嫉妬深いやつだったのではないかと思えてくる。
人と自分を比べるから相対的に苦も楽も生じるのである。
俗に言うところの「あいつばかりいい思いをしやがって、くそお」という妬みは苦だ。
「まあ、あいつに比べたらましだよね、うしし」というのが楽の実相かもしれない。
一遍の説くのは人と比べることのない絶対の楽、無比楽(むひらく)である。

「又云「一念弥陀仏、即滅無量罪、現受無比楽、後生清浄土
《一たび弥陀仏を念ずれば、即ち無量の罪を滅し、
現(このよ)には無比の楽を受け、後(のちのよ)は清浄の土に生ず》」といふ事。
無比の楽を世の人の世間の楽なりとおもへるはしからず。これ無貪の楽なり。
其故(そのゆえ)は、決定往生の機と成ぬれば、
三界・六道の中にはうらやましき事もなく、貪(とん)すべき事もなし。
生々世々流転生死の間に、皆受(うけ)て、すぎ来(きた)れり。
然(しか)れば一切無着(むじゃく)なるを無比楽(むひらく)といふなり」(P108)


無比楽とはなにか。天眼(天からの視線)を得ることだと思う。
決定往生というのは、死んだら極楽浄土に往生することが決定することである。
いやいや、むろんのこと極楽浄土があるのかどうかはさすがにわからない。
死んだらどうなるかだけはだれにもわからないのである。
死後の世界はいくら現代科学が進歩しようが絶対に解明することができない。
絶対に絶対だ。以前にも名号は「領解すべからざる法」、
つまり南無阿弥陀仏の意味は「人間にはわからない」と書いたが、
死後のことは絶対に「わからない」というのも南無阿弥陀仏の現代的意味である。
この点だけは南無阿弥陀仏は、ほとんど絶対的に正しいところがある。
死後のことは絶対にわからない。南無阿弥陀仏に賭けるかどうかだ。
要するに、信じるか、信じないか、になってしまう。
はなから絶対的に正しい答えのようなものは存在しないためである。
言うまでもなく、なにを信じるのも個人の自由である。
死んだら無になると信じてもいいし、風になると信じてもOK。
死んだ瞬間に自意識は消滅してしまうのだから死は存在しないと思うのもいいだろう。
存在するのは他人の死だけで、自分は死なないと信じるのもなかなかおもしろい。
同様に浄土で先に逝ったかつて親しかったものと再会できると信じても構わない。
なにを信じても間違いということはないはずである。

さて、名号によって決定往生の機(身分)になるとなにがいいのか。
自分の人生をかなりのところまで客観的に見られるようになるのがいい。
念仏者の鴨長明は「方丈記」の冒頭で世の人のありかたを、
「ゆく河のながれは絶えずして……」と河川になぞらえているが、
あれはどこから見ているかというとたぶん天空の月からなのである。
仏教にとって夜光る月は悟りの象徴でもある。
決定往生の名号を唱えると、川の流れのような自分の人生を、
あたかも天の月から見下ろすように観察できる。天眼を得るとはそういうことである。
どうしても川の中にいると、自分が流されている川の実体がよくわからない。
もしかしたら流されていることさえ気づかないかもしれない。
しかし、名号によって往生(死)が決定したら、
少なくとも自分が死に向かって流されていることくらいはわかるだろう。
そうだとしたら、ひとむかしまえのジジババくさい念仏にも、
十分に普遍的かつ現代的な意味があることになる。
というのも、人はどうしようもなく主観を離れることができない。
人生でなにか問題が生じるとこの主観のせいで自縄自縛におちいりボロボロになってしまう。
悩みを他人に打ち明けるといいのは、客観的な視線を得られるからである。
とはいえ、深刻な問題になればなるほど墓場まで持っていく類の秘密になることが多い。
このとき一遍が念仏を、捨ててこそと言ったのは意味深い。
我執を捨てるとは、すなわち主観を捨てることである。
主観を捨てたら天眼が得られる。これは現代で言うところの客観的な視点である。
念仏をしたら天眼が得られ、おのれの苦悩を多少なりとも冷静に分析できるようになる。
浄土門の他力信仰とは、たとえるならば川の流れである。
聖道門は自力修行ゆえに河川で迷い(溺れ)かえって苦しみが増すこともないとは言えまい。

話を元に戻そう。念仏をしたら無比楽を得られ嫉妬しなくなるという話だった。
嫉妬をしない生き方とはどういうものか、もう一度、部分的に引用しよう。
この生き方がいいと思うのである。

「生々世々流転生死の間に、皆受(うけ)て、すぎ来(きた)れり」(P108)

生々世々(しょうじょうせぜ)とは、何度も何度も生まれそのたびに死ぬことである。
永遠と言っていい長い時間をかけて、生死輪廻を繰り返すことだ。
なにを「受けて、過ぎ来たれり」というのだろうか。業である。苦楽とも言えよう。
生存はこの一回きりではなく無限回の生死を我われは経験しているという考え方だ。
過去世において我われは三界・六道でいろんなさまざまな苦楽を受けて、
そこでまた未来世の苦楽の原因たる業(善悪)を作ってきたと考えてみたらどうか。

業(善悪)→死→誕生→苦楽→業(善悪)→死→誕生→苦楽→業(善悪)→死

だれもが思っていることだろうが、世の中は矛盾だらけの不公平だらけである。
いわゆる運の悪い人生に当たってしまった人は苦しみが多いだろう。
その場合、人生を一回きりと思わないのは、かなりの救いになるのではないか。
想像もできない苦痛は子どもを亡くすことである。
子どもに自殺などされたらよほどタフでない限りは一生後悔ばかりだろう。
悪いことをしているやつは大勢いるのに、
そいつらは幸福そうでどうして自分ばかりこうなのかと怨恨は深まるばかりだろう。
だが、こういう苦しみに遭遇するのは、
過去世と未来世を視野に入れたらなにか深い意味があるのかもしれないと思えたら、
いや信じることができたら、そこに救済のようなものがあるのではないだろうか。

「生々世々流転生死の間に、皆受(うけ)て、すぎ来(きた)れり」(P108)

これは宿命の思想である。命(業=善悪)は生々世々に流転する。
それは川を流れ海に入り、しかしそこで終わりではなく、
蒸発して雲になり山のうえで雨として落ち、また海をめがけて流れていく。
人生が宿命で決まっているならば、今生の苦楽はどうしようもないのか。
そうだとしたら、絶望しかないではないか。いな、それは違うのだと思う。
無限回の過去世があったのなら、
もしかしたら今回の人生における楽の因になる善業をどこかで積んでいるかもしれない。
いま業のせいで苦しかったとしても、いつ業のために楽になるかわからないのである。
がらりと運勢の変わることがたまさか見られるのはこのためではないか。
もちろん、このまま苦しいことばかりかもしれないし、それは人間にはわからない。
いま恵まれた人生を送っているように見えるものは、過去世の業のためと考えたらどうか。
いつも笑ってばかりいる人たちだって、
きっと過去世のどこかで地獄の苦しみを味わっているのだ。
そのうえ、いきなり運が落ちるということもなくはない。
いつ過去世における悪業の因が機熟し縁と和合して地獄に堕ちるかわからないのである。
こう考えたら(信じたら)、
「三界・六道の中にはうらやましき事もなく」の境地に少しは近づけないか。
言うまでもないが、嫉妬を完全になくすのは、煩悩を消し去るのとおなじで不可能だ。
苦楽もそれによる嫉妬や悪念も、静かに天眼をもって観じ、
「みな受けて、過ぎ来たれり」というわけにはいかないか。
苦楽を川の上流から運ばれてくるようなものとして自然に受けとめ、
ずっと所有するのではなく、時期が来たらおのずから流れにまかせて身心を通過させる。
こんな苦楽との向き合い方を一遍は理想と考え、
この安心の境地を無比楽と表現したのだろう。
一遍は煩悩も嫉妬も否定しない。ただ「みな受けてやり過ごす」しかないと言う。
そのための六字名号、南無阿弥陀仏だと言うのである。

名号=「業によって生じた苦楽を生々世々流転生死の間に、みな受けてやり過ごす」
→「だれかの楽(出世、幸福、勝利)はうらやましき事もなく嫉妬もしない」


さて、もうここまでお読みくださった方はほぼいないと思うので、
伏せ字にしないで実名を挙げて特定の新興宗教団体について書こうと思う。
おそらくいま日本でいちばん権力を持っている団体、創価学会についてである。
いいと思うのである。既存の葬式仏教よりもよほど生き生きとしている。
まずなにがいいのかと言ったら、宿命の存在をしっかりと認めているところだ。
葬式仏教サイドが世の風潮に迎合して、ないことにした人間の宿命にきちんと向き合っている。
人間は極めて不公平で、それは宿命(過去の業)のためであるという根本認識がある。
宿命や宿業を忘れてしまったら、それはもう仏教ではないのではないだろうか。
いまやほぼ世襲の利権と化した伝統仏教などより創価学会のほうがよほど仏教らしい。

一遍は業ゆえの宿命や苦悩を受け流せ、と教えている。
一方で日蓮を大聖人とあがめる創価学会では、宿命は転換できると教えているようだ。
しんどい宿命は過去世で法華経を誹謗した罪悪のためだから、
今生で法華経を護持する行為、勤行や広宣流布(布教)をしたら現世利益が得られる。
この教えが正しいか間違っているかを論じるつもりはない。
そもそも一遍は南無妙法蓮華経の日蓮に好感を持っていたという説は数あるし、
そのうえ一遍の南無阿弥陀仏は「領解すべからざる法」である。
真理は「人間にはわからない」というのが一遍の思想である。
真理がわからないならば、創価学会の教えが正しいかどうかもわからない。
もしかしたら正しいかもしれないし、そうでないかもしれない。

ひとつたしかなことは、創価学会は自力の聖道門である。
一遍は他力の浄土門を選択したが、日蓮の創価学会は自力の聖道門である。
一遍の言葉で説明するならば、
学会員さんは無比楽ではなく、自力でこの世の楽(勝利)を求めようとする。
創価学会の教える正しい仏法を信心すれば願いがかなうと思っているわけだ。
多く信心すればするだけ楽(現世利益)が得られ、
反対に苦(不幸)が舞い込むのは信心が足りないせいだと考える。
大切なので繰り返すが、この考えの正否を問題にしているわけではない。
小声で言いたいのは一遍の世界観と比べると、
創価学会の教えはかなり残酷で無慈悲な人生観を内包しているのではないか。
いま恵まれているものは信心したからで、ダメなやつは信心が足らないせいゆえ自業自得。
これは創価学会に入ってもなお不幸なものをさらに苦しめるのではないだろうか。

大概の不幸は人生の無常ゆえに時間経過とともに少しずつ好転していくものである。
正しいかどうかはわからないが、おそらく苦を楽に変えるのは時間だろう。
この世は無常だから、どんな苦しみも長い時間の経過を経て変化していく。
これを創価学会は自力の信心のおかげと教えている、という可能性もあるわけだ。
創価学会が拡大していた時期は、日本経済も右肩上がりであった。
自然によくなっていったものを学会員さんは自分たちの信心が正しかったからだ、
と錯覚していたという解釈もできないわけではないだろう。
真相はわからないが、もし苦楽の関係が自然の変化によるものならば、
いまは不況で経済的に苦しいものが多いと思われるが、しかし、
時代風潮がよくないがためにいくら信心をしてもむかしよりも利益が上がらないのではないか。
既得権益を持つ本部の創価学会幹部は、自力の信心が足らないからだと説教するだろう。
しかし、いまの世相だとどれだけ努力(信心)しても成果が上がらない可能性もある。
そうなると他力の信心ならば受け流せる苦しみを、自力の信心は増やしてしまうのではないか。
つまり、自力の信心は苦しみが増す教えなのではないか。
自力は煩悩(欲望、願い、夢)に執着するがゆえにさらに苦しみが増すのではないか。
残酷なことに一生うだつが上がらぬ下積みの人生を送る学会員さんもおられるでしょう。
彼(女)は死の直前、これは信心が足らないがための自業自得なのだと思うとしたら、
あまりにも救いというものがないのではないだろうか。
もし創価学会が言うように不幸なのは信心が足らないせいだとしたら、
すべてが自己責任となり、不遇なまま人生を終える学会員さんは自己卑下するしかなくなる。
この自己卑下は地獄の苦しみではないかと思う。
彼(女)は創価学会に入ったがために、この地獄を味わわなければならないのである。

もちろん、創価学会に入れば仲間ができ孤独感から解放されるという利点もあろう。
「信心(努力)すればかならず願いがかなう」という教えは、
ときに絶望者の希望ともなり生きる勇気につながることもあるだろう。
世俗社会における出世は実際のところコネのあるなしが重要になってくるので、
巨大な学会の人脈をフル活用してかなりの成功(勝利)をおさめるものもいるはずである。
とはいえ、自力で成功(勝利)したと思うと、ひとつ問題が生じるのである。
他力の一遍は晩年に公家の帰依も得たわけである。かなりの人気者にもなっている。
一遍の思想によるならば、なにが成功でなにが不幸か(つまり善悪)はわからないけれど、
客観的に現代的な解釈をすれば宗教者としてはいわゆる成功をしたほうだと思う。
とはいえ、一遍はこの成功(人気)は自力の結果ではなく自然であると思ったことだろう。
冬が春になりさらに最盛期ともいうべき夏が来たようなものである。
他力の一遍は、自力信仰の弊害を語録に遺している。
自力のここが問題ではないかと指摘しているのだ。

「又云、自力の時、我執(がしゅう)驕慢(きょうまん)の心はおこるなり。
其(その)ゆゑは、わがよく意得(こころえ)、
わがよく行じて生死を離るべしと思ふ故に、智恵もすゝみ行もすゝめば、
我ほどの智者、われ程の行者はあるまじとおもひて、身をあげ人をくだすなり。
他力称名に帰しぬれば、驕慢なし、卑下なし」(P85)


自力信心で成功や勝利をしてしまうと、どうしても傲慢な人間になってしまうのである。
自分は努力して自力で成功したのだからと失敗者を見下すようになってしまう。
あいつらは努力が足らないからダメなんだと思い上がった説教もしたくなるだろう。
自我肥大が無限に進行してしまい、そういう人間は嫌われるから足を引っぱられやすくなる。
たとえ嫌われなかったとしても偉そうで傲慢な人間は見苦しいではないか。
一方で他力信心ならばたとえ成功しても傲慢になることはない。
かりに成功できなくても過剰な自己卑下をしないで済むので気が楽である。
一遍思想によるならば、そもそも成功失敗(苦楽、善悪)の境はないのである。
なにが成功でなにが失敗かわからないというのが一遍の南無阿弥陀仏の意味だ。
一遍の南無阿弥陀仏は、なにが正しいのかさえもわからないとする。
創価学会は自分たちの南無妙法蓮華経を絶対正義と主張する。
もちろん、日蓮大聖人の正しい教えに依拠する創価学会の自力信心にも
いいところはたくさんあるあるのだろう。しかし、よくないところもあるのではないか。
だとしたら日蓮大聖人ほどではないかもしれないが、
一遍の教えにもそれなりに長所があることを学会員さんは同意してくれませんか。
それともやはり日蓮大聖人の教え以外は堕地獄の所業になってしまうのか。

マジメな人からは努力(自力)を捨てるなんてとんでもないと怒られてしまうかもしれない。
とはいえ、努力できるのも他力と言えないこともないのではないか。
努力できるのは努力できる素質や性分をたまたま生まれ持ったおかげなのだから。
いま努力家のあなたはかならずしも願って自力でいまのあなたとして誕生したわけではない。
ならば、他力によってあらしめられているのではないか。
誕生のみならず死もあまり自力に拘泥(こうでい)するとおかしなことになる。
自力にすがりついていると死にどきをあやまってしまう。
自力で死を避けようとするからよけいな延命治療で逆に苦しみが増すことになるのである。
なにより自力信仰のまずいところは、安心から程遠くなってしまうところだ。
自力を極限まで推し進めるとブラック企業として名高いワタミの社訓ではないが、
「365日24時間死ぬまで働け」「出来ないと言わない」の考え方になってしまう。
かりに成果が出てもさらなる高みを求められるから安心するいとまがない。
いつ成績が落ちるかわからないため日々不安に追いまくられることになる。

一遍は自力を捨てて他力にまかせよという教えを説く。
一遍の他力信心をわかりやすく説明した手紙が遺っているので紹介したい。
手紙の相手は「西園寺殿の御妹」、亀山上皇の后(きさき)である。
人を肩書で判断するなという一遍の教えには逆らうことになるが、
「西園寺殿の御妹」の身分は中宮従三位。とても偉い女性ということだ。
どうやら中宮従三位が一遍の教えに帰依したようである。
これは驚くべきことなのだ。というのも、一遍は比叡山出身ではない。
いまで言うところの低学歴である。低学歴でも偉い師匠の弟子ならば威光を借りられる。
しかし、一遍の師匠は九州在住のマイナーな坊さんでしかない。
学歴も人脈もない一遍は、だが異常なほどのカリスマ性(スター性)を持っていたのだろう。
人を惹きつける神がかったオーラがあったとしか思えない。
一遍は「西園寺殿の御妹」に「一阿弥陀仏」という法名を献上する。
「どうして一阿弥陀仏なのか」という質問が来たという。
その返事が以下に引用する手紙である。

「此事[法名献上の件]は申入候ひしに違(たがわ)ず、
此(この)体に生死無常の理(ことわり)を思ひ知(しり)て、
南無阿弥陀仏と一度(ひとたび)正直に帰命しつる一念の後は、
我(われ)われにあらず[自分が自分ではなくなり]、
心も南無阿弥陀仏の御心、身の振る舞も南無阿弥陀仏の御振舞、
言(ことば)も阿弥陀仏の御言葉なれば、
生(いき)たる命も阿弥陀仏の御命、死ぬるいのちも阿弥陀仏の御命なり。
然(しかれ)ば昔の十悪・五逆ながら請取て[過去の悪業を今生で受け入れ]、
今の一念・十念[念仏]に滅し給ふありがたき慈悲の本願に帰しぬれば、
弥(いよいよ)三界・六道の果報もよしなく覚え[苦楽をさらりと受け流し]、
善悪二つながら業因(ごういん)物うくして[この世でさらなる業を作らず]、
只仏智よりはからひあてられたる南無阿弥陀仏に帰命するなり。
 仏こそ命と身とのぬしなれや わがわれならぬこゝろふるまひ」(P203)


他力信心とはなにか? 結局、この言葉に尽きると思うのである。
「生きたるいのちも南無阿弥陀仏の御命、死ぬるいのちも南無阿弥陀仏の御命」である。
原文は「阿弥陀仏の御命」だが、文脈から判断すると「南無」を省略したのだろう。
実際、途中までは南無阿弥陀仏と謳いあげられている。
南無阿弥陀仏の意味は、「領解すべからざる法」である。
人間にはわからない真理が南無阿弥陀仏だ。
「生きたるいのちも南無阿弥陀仏(わからない)、
死ぬるいのちも南無阿弥陀仏(わからない)」――。
一遍は名号(南無阿弥陀仏)を「不可思議功徳」の「真実」だと説く。
不可思議とは思議できない、すなわち「わからない」ということである。
南無阿弥陀仏を英訳したら「I can't know=God knows」になるのではないか。

「凡情[凡夫のはからい]を以て識量[思考]する法は、惣(そう)じて皆まことなし。
所以(このゆえ)に能縁[凡夫]の心はさながら、虚妄不真実のゆゑなり。
かるがゆへに名号ばかりを真実といふ。
ゆゑに名号を「不可思議功徳」とも説(とき)、「真実」とも説(とく)なり」(P157)


生きたるいのちも南無阿弥陀仏、死ぬるいのちも南無阿弥陀仏であるならば――。
どうして人は生まれながらの差がついているのかも南無阿弥陀仏。
生まれ落ちた国籍、時代の違い、
本人の性別、貴賤、貧富、美醜、賢愚、健康、寿命の相違も南無阿弥陀仏。
なにゆえある赤子は健康に生まれ、
別の赤ん坊は障害や難病を持って生まれるのかも南無阿弥陀仏。
育児がうまくいくかどうかも南無阿弥陀仏。
苦労して成人まで育てあげた子どもがブラック企業で過労自殺してしまうのも南無阿弥陀仏。
なにをやっても失敗ばかりの人生も南無阿弥陀仏。交通事故も南無阿弥陀仏。
高学歴で大企業に入り家族に恵まれ、なおかつ健康な人の理由も南無阿弥陀仏。
宝くじも南無阿弥陀仏。競馬競輪も南無阿弥陀仏。貧乏くじを引くのも南無阿弥陀仏。
どうして悪人が出世して、善人が自殺に追い込まれるのかも南無阿弥陀仏。
日ごろ健康に留意して運動も欠かさなかった人が若くして死んでしまうのも南無阿弥陀仏。
どうしたら病気にかからず健康でいられるかも南無阿弥陀仏。
自分が結婚するかどうかも南無阿弥陀仏。結婚したらいいかどうかも南無阿弥陀仏。
友人ができるかどうかも南無阿弥陀仏。友人がいたらいいのかどうかも南無阿弥陀仏。
人生で成功するか失敗するかも南無阿弥陀仏。
成功と失敗のどちらがいいのかも南無阿弥陀仏。勝利も大勝利も南無阿弥陀仏。
自殺するかどうかも南無阿弥陀仏。自殺はいいのか悪いのかも南無阿弥陀仏。
人を殺害してしまうのも南無阿弥陀仏。殺人はいいのか悪いのかも南無阿弥陀仏。
人に殺されるのも南無阿弥陀仏。いじめられるのも南無阿弥陀仏。
将来の不安も南無阿弥陀仏。過去の悔恨も南無阿弥陀仏。
いまなにをすべきかも南無阿弥陀仏。いまがいまもいまこそ南無阿弥陀仏。
いつ死ぬかも南無阿弥陀仏。死んだらどうなるかも南無阿弥陀仏。
四季おりおり春夏秋冬も南無阿弥陀仏。
川が流れるのも南無阿弥陀仏。花が咲き枯れるのも南無阿弥陀仏。
風も雲も晴れも雨も雪もみぞれも南無阿弥陀仏。火も水も南無阿弥陀仏。
夕陽こそ西日こそ南無阿弥陀仏。
浄土まします西方からの夕陽に照らされたものはみな分け隔てなく美しくも南無阿弥陀仏。
ならばきっと人間の「さみしいかなしい」も美しくも南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。

室町時代の臨済宗の坊さん、一休禅師いわく、
「自心すなわち仏たることをさとれば、阿弥陀をねがふに及ばす」――。
禅(自力修行)の一休さんは阿弥陀仏信仰がお気に召さなかったようだ。
しかし、以下の道歌を見ると一休は一遍と極めて似た境地にいたのではないか。
一遍から言わせたら「自力も他力も南無阿弥陀仏」になるのだろう。

「我ありと思う心を捨てよただ 身のうき雲の風にまかせて」(一休)

「とにかくに心はまよふものなれば 南無阿弥陀仏ぞ西へゆくみち」(一遍)

(3)「踊る」

ここまでの流れを整理する。一遍はまず一切を捨てて身軽になれと言う。
善悪さえも捨ててしまえば、大きな自然に身心をまかせることができるようになる。
「まかせる」ために「捨てる」のではない。
「捨てる」ことがそのまま「まかせる」ことになるのである。
大きなものにまかせきったときに聞こえてくる自然のリズムがあるのだろう。
このときくだらぬ自我などは消滅してしまいおのれも自然のリズムと一体化する。
ふと気づくと大生命の歓喜にたまらなくなり飛び跳ねている。
リズムに合わせて一心不乱に踊りはじめている。
このリズムが南無阿弥陀仏なのだと思う。

「よろづ生(いき)としいけるもの、山河草木、ふく風たつ浪の音までも、
念仏ならずといふことなし。
人ばかり超世の願[極楽往生救済]に預(あずかる)にあらず」(P35)


夏のセミは念仏を奏でている。雷鳴も集中豪雨も念仏の歌のようなもの。
自我(善悪)を捨てて自然(他力)に身心をまかせきったものの耳にしか聞こえぬ歌唱だ。
よろず生きとし生けるものの立てる音がみな念仏で、
のみならずおのれの底のほうからおなじ歌が込みあげてきたら、
どうしてみなで踊らずにいられようか。どこに自他の境などありえよう。
山河草木よ踊れ。風よ浪よ踊れ。畜生よ修羅よ餓鬼よ踊れ。君も踊れ、我も踊る。
一遍いわく、一切衆生よ南無阿弥陀仏を踊躍(ゆやく)せよ。

「唯(ただ)南無阿弥陀仏の六字の外(ほか)に、わが身心なく、
一切衆生にあまねくして、名号これ一遍なり」(P38)


一遍時宗(じしゅう)集団はなぜ踊り念仏をはじめたのか。
かなしかったからである。生きていることのかなしみをよく知っていたからである。

「過去遠々(おんおん)のむかしより 今日今時(こんにちこんじ)にいたるまで
おもひと思ふ事はみな 叶(かな)はねばこそかなしけれ」(P9)


「六道輪廻の間には ともなふ人もなかりけり
独(ひとり)む[生]まれて独(ひとり)死す 生死の道こそかなしけれ」(P12)


しかし、生きているのはかなしいだけではなかった。
一遍が死の直前に弟子に教えを乞われたときの記録が遺っている。
みなみなもうすぐ一遍の死ぬのがわかっているからかなしいのである。

「又御往生[死]のまへ、人々最後の法門承(うけたまわ)らんと申しければ、
上人云(いわく)、「三業の外の念仏に同ず[念仏するだけだ]といへども、
たゞ詞(ことば)ばかりにて義理[真意]をも意得(こころえ)ず、
一念発心もせぬ人[弟子]どもの為」とて、
「他阿弥陀仏[高弟の名前]、南無阿弥陀仏はうれしきか」とのたまひければ、
他阿弥陀仏落涙し給ふと云云(うんぬん)」(P138)


一遍が長年遊行の旅に付き添ってくれた年齢の近い弟子に問うのである。
「南無阿弥陀仏はうれしきか?」
一番弟子は答えるよりもなによりも涙があふれ出てきてとまらなかったという。
人はかなしいときも泣くけれど、うれしいときにも泣くのである。
この涙(なみだ)こそ南無阿弥陀仏(なむあみだぶ)なのだと思う。
こじつけ以外のなにものでもないのはわかっているが、
ナミダとナムアミダブの音が似通っているのは偶然ではないような気がしてならない。
ビクトリーしてハッピーだと愉快に笑うのはたぶん南無阿弥陀仏ではない。
かなしいときもうれしいときも落涙するのが南無阿弥陀仏でははないかと思う。
雨の日も晴れの日も、かなしいときもうれしいときも、
阿弥陀仏がそばで見守ってくださるというのが念仏の功徳のひとつである。
目からあふれるのは、阿弥陀仏の慈悲に対する報恩感謝の涙になろう。
一遍の生涯を描いた「一遍聖絵」でも落涙する描写が少なくないことを注記しておく。

さてさて、いまから一遍の「踊る」の核心に入っていくのだが、
そのまえにこれまで記してきた念仏の功徳を整理してみたい。
一遍の念仏は創価学会の題目(南無妙法蓮華経)とは異なり、
「願いがかならずかなう」(ほんまでっか?)というような劇的な功徳はない。
念仏の立場では、苦楽は過去世の業によって引き起こされると考えるため、
この世で願いがかなうかどうかはわからないとしか言えない。
念仏をして願いがかなうこともあるだろうし、かなわないこともまたあるだろう。
さらに願いの実現がいいことなのか悪いことなのかもわからないと念仏者は考える。
とにかく、名号は唱えれば「願いがかならずかなう」というわけではない。
ならば、念仏に意味はないのかというと、そうとも限らない。
一遍念仏の現代的効能をまとめると以下のようになる。

1.絶対の念仏で俗世間の相対的な価値観を「捨てる」ので、自由を味わうことができる。
2.念仏によって情報や肩書を「捨てる」ため、自分の輪郭がはっきりとわかる。
3.大きなものに心身(人生)を「まかせる」結果、深い安心感を得られる。
4.絶対的真理を名号に「まかせる」ため、どのみちわからないことをくよくよ悩まない。
5.人の幸福を業ゆえと考え嫉妬せず、自分の不幸を業ゆえと考えあきらめることができる。
6.絶対的真理の名号から自身を見下ろすことでおのれの不幸を客観視できるようになる。
7.さみしいときもかなしいときも阿弥陀仏が同行してくれるため、孤独に悩まされない。
8.死後の極楽浄土への往生が決定しているので、この世の苦楽をさらりと受け流せる。

いよいよ一遍の踊り念仏の核心に迫ろう。一遍の念仏は芸術であり感動である。
一遍が念仏を唱えるとき、それは芸術体験であり感動体験でもあった。
いま流行の言葉で説明するなら、
一遍の念仏はフロー状態とほぼおなじと考えてよいのではないか。
わかりやすい言葉を使えば、忘我、無我夢中、陶酔、恍惚(こうこつ)、夢心地である。
自分を超えて全体とひとつになってしまうのだからトランス状態と言ってもいいだろう。
一遍は念仏によって無意識の奥深くに分け入り変性意識状態になることができた。
現代的かつ俗な言い方をすれば、一遍にとって名号は麻薬やドラッグとして機能したのである。
一遍が南無阿弥陀仏から味わった法悦にいちばん近いのは、
芸術家が作品を創作しているまさにその最中の意識状態ではないだろうか。
時間意識も自我意識も消え失せた、まるで世界とひとつになっているような感覚である。
芸術家が創作しているときほど満たされた状態はそうないのではないか。
ただこのためだけに生きているという、自我や時間さえも滅した充足感があろう。
それは名誉や地位、金、女など、どうでもよくなるほどの至福の体験に違いない。
一遍は南無阿弥陀仏によって、その世界に入っていくことができたのだと思う。

一遍の踊躍歓喜する深層意識はそばにいる弟子たちに伝播する。
一遍につきしたがうものたちが突如として踊り念仏をはじめたのはこのためではないか。
だとしたら、原初の踊り念仏は一遍の法悦を中心にすえた集団芸術だったことになる。
芸術は創作する当人がいちばん満足しているのである。
鑑賞者は、芸術家が自身を燃焼させた作品から燃えかすをおこぼれとしてもらう。
力強い芸術作品は、たとえ燃えかすでも鑑賞者を熱くさせる。
鑑賞者が燃えかすから得る感動は、芸術家自身が味わった熱狂と質的には同一である。
つまり、我われは芸術に触れ、つかの間の忘我の味わうのだ。
芸術作品に無我夢中になり陶酔の極地にいたることもあるだろう。
一遍遊行集団の踊り念仏に人々が熱狂したのは、
歌曲舞踊が忘我を誘う芸術だったからではないか。
集団芸術の中心には一遍その人がいた。
さらに人間一遍の中心を探れば南無阿弥陀仏に到達する。
ギリシア悲劇を見ればわかるように、おそらく芸術と宗教は同源である。
一遍の踊り念仏も宗教であると同時に芸術でもあったのだろう。
一遍の生き方が芸術的だったことは、
その生涯を描いたとされる国宝の絵巻物「一遍聖絵」が証明している。

一遍はどこから芸術の念仏、感動の念仏、忘我の念仏をあみだしたのか。
浄土三部経のひとつ阿弥陀経からではないかと思う。
一遍が死の直前に読誦しているのは阿弥陀経である。
確認として書くが、浄土三部経とは大無量寿経、観無量寿経、阿弥陀経だ。
念仏の正しさを求めた法然は観無量寿経を好んだという。
本願のありがたさに打ち震えた親鸞は大無量寿経を好んだという。
ならば、一遍は阿弥陀経のどこに惚れ込んだのか。
美だ。一遍は阿弥陀経に描かれた浄土の美しさに圧倒されたのである。
浄土の美と一体となりたい。いかにしたら美に溶け込めるのか。
では、具体的には阿弥陀経のどの箇所に一遍は揺さぶられたのか。
現代語訳で紹介する。キーワードは一心不乱である。仏典で釈迦は語る。

「舎利弗(しゃりほつ)[仏弟子]よ、もし善良なるものが、
阿弥陀仏の名号を聞き、その名号を心にとどめ、あるいは一日、あるいは二日、
あるいは三日、あるいは四日、あるいは五日、あるいは六日、あるいは七日の間、
一心に思いを乱さないなら、その人が命を終えようとするときに、
阿弥陀仏が多くの聖者たちとともにその前に現われてくださるのである。
そこでその人がいよいよ命を終えるとき、心が乱れ惑うことなく、
ただちに阿弥陀仏の極楽世界に生れることができる」


「一心に思いを乱さない」は一心不乱の訳であろう。
一心不乱であれば、死後に極楽往生できると阿弥陀経で釈迦が弟子に言っているのである。
この一節において死はまったく否定されていない。死は恵みと考えられている。
しかし、死とはいったいなにかと一遍は思考を進める。
人は自身の死を知りようがない。他人の死はわかるが、自分の死とはいかなるものなのか。
一心不乱になればいいことはわかった。だが、我の死のなんたるかは不明である。
極楽往生するためには一心不乱に我の死を待たねばならない。このとき我の死とはなにか。
我の死がわかれば、あとは一心不乱に名号をたのめばいい。
我の死がわかれば、いまこの瞬間に極楽往生できるのではないか。
我とはなにか。仏教において、我とは五蘊(ごうん)である。
五蘊とは色受想行識のこと。色心だ。つまり、肉体と精神である。身体と心である。
我の死とはなにか、さらに一遍の言葉にまかせよう。

「又云、「生(いき)ながら死して、静かに来迎を待つべし」と云々。
万事にいろはず[無関心]、一切を捨離して、孤独独一なるを、死するとはいふなり。
生(しょう)ぜしもひとりなり、死するも独(ひとり)なり。
されば人と共に住するも独(ひとり)なり、そひはつべき人なき故なり
又わがなくして念仏申(もうす)が死するにてあるなり」(P110)


「生きながら死して、静かに来迎を待つべし」――。
とても深そうな言葉なのだけれども、ではどういう意味かといくら考えてもわからなかった。
一遍の解説書やモデル小説を読んでも、どういうことなのかさっぱり理解できないのだから。
この記事を書きはじめた段階でもわからなかったことが、いまようやく腑に落ちたのである。
「生きながら死ぬ」という一遍の矛盾した言葉の意味はこういうことではないか。
「生きながら[心を]死して、静かに来迎[身体の死]を待つべし」――。
心をなくせ。無我無心になれ。無我夢中になれ。忘我にいたれ。そこが美しき浄土だ。
「我をなくして念仏申すが[心の]死するにてあるなり」――。
いかなるときも極楽浄土の美に陶酔するためにはどうしたらいいのか。

「南無阿弥陀仏ととなへて、わが心のなくなるを、臨終正念といふ。
此時、仏の来迎に預(あずかり)て極楽に往生するを、念仏往生といふなり」(P30)


少なくとも念仏を唱えているあいだはなにも考えられないから心がなくなる。
この状態が極楽であると一遍は言っているわけである。

「又云、他力称名の行者は、此身はしばらく穢土(えど)に有(あり)といへども、
心はすでに往生を遂(とげ)て浄土にあり。
此旨(このむね)を面々に深く信ぜらるべしと云云」(P93)


心の死、つまり無心(忘我)が極楽(浄土)ならば一瞬、一瞬に死ねばいい。

「南無阿弥陀仏には、臨終[死]もなく、平生[日常]もなし。
三世[過去世・現世・未来世]常恒(じょうごう)[不変]の法なり。
[死は]出る息いる息をまたざる故に、
当体の一念[いまこの一瞬]を臨終とさだむるなり。
しかれば念々臨終[この一瞬が死]なり。念々往生[この一瞬が極楽]なり」(P101)


わかりやすく言葉を整理してみよう。
まずは一心不乱に念仏することである。

一心不乱→無我無心→無我夢中→忘我→陶酔→恍惚→夢心地→エクスタシー→極楽

一心不乱の念仏からどこに行き着くかと言ったらば、いまでいうエクスタシーである。
ときにカタカナにすると意味がわかりやすくなるが、
一遍の言う極楽とはエクスタシーのことではないか。念仏でエクスタシーにいたれ。
いまにも踊りだしたくなるような、宇宙全体と一体化したような興奮を味わえ。
踊るのではなく踊ってしまう。わけのわからぬ力に手足をあやつられ踊らされてしまう。
おそらく、それが一遍の踊り念仏だ。念仏で恍惚とする。エクスタシーを味わう。
一遍の念仏は自分を超えたものと対面する感動体験、芸術体験ではなかったか。
作家は筆が乗ってくるとなにかが憑依(ひょうい)すると聞くが、それがエクスタシーだ。
彫刻家は彫るのではなく、元からあるものを発見するそうだが、その制作過程が恍惚だ。
作曲家が宇宙の音楽を聴いてそれを譜面に書き写している最中は至福のひとときであろう。
一心不乱に創作するとは、一心不乱に生きているということだ。
一遍の目指したのは、一心不乱に生きることである。
一遍念仏の一心不乱は、地位や名声、報酬とはまったく関係ない。
一心不乱の結果としてもたらされてもいいが、たとえ無縁でも構わない。
たとえばゴッホや宮沢賢治のように無我夢中に燃焼する生き方が一遍の一心不乱である。
もし現代の精神科医が一遍を診断したら、かなりの確率で男は狂人になるはずである。
話を戻すと、一遍は阿弥陀経から一心不乱を発見した。

「又云、阿弥陀経の、「一心不乱≪心を一にして乱れず≫」といふは、
名号の一心なり。もし名号の外にこゝろを求めなば、二心不乱といふべし。
一心とはいふべからず」(P87)


「又云、我体を捨て南無阿弥陀仏と独一なるを一心不乱といふなり。
されば念々の称名は念仏が念仏を申(もうす)なり」(P82)


「我執をすて南無阿弥陀仏と独一なるを一心不乱といふなり。
されば念々の称名は、念仏が念仏を申(もうす)なり」(P178)


「南無阿弥陀仏と独一なる」とはどういうことか。
南無阿弥陀仏とは、「他力不思議の名号」(P80)である。
この「他力不思議」を自分の言葉でわかりやすくほぐすならば、
「なーんかよくわからんけど自分の力以外の他の力があるんでないかい」――。
さて、一遍は「他力不思議の名号」は「自受用(じじゅゆう)の智」であると言う。
いくら調べてもこの「自受用」がなんなのかわからなかったが構わない。
なぜなら一遍がさらに「自受用」を以下のように説明しているからである。

「……水が水をのみ、火が火を焼(やく)がごとく、
松が松、竹は竹、其体(そのてい)おのれなりに生死なきをいふなり」(P81)


南無阿弥陀仏=他力不思議の名号は、
水が水に流れ込み、火が火に燃え移るように、
松は「おのれなりに」松で竹は「おのれなりに」竹であるという真実である。
文脈を整理しよう。
一心不乱になるとは、南無阿弥陀仏と独一になること。
一心不乱になるとは、水が「おのれなりに」水に流れ込むように生きること。
一心不乱になるとは、火が「おのれなりに」火に燃え移るように生きること。
一心不乱に生きるとは、松が「おのれなりに」松であること。
一心不乱に生きるとは、竹が「おのれなりに」竹であること。
禅問答みたいになってきたが、実はものすごく簡単なことなのかもしれない。
火も水も松も竹も我(自意識)なぞなく「おのれなりに」存在している。
「おのれなり」とは、火をつけたら自然にものは焼け、
水につけたら自然にものはぬれることである。
一遍は火と水のたとえを好む。火のように生きろ。水のように生きろ。
火、水、松、竹のように我(自意識)を捨てて生きろ。
阿弥陀仏(無意識)にまかせて生きろ。
おそらく、それが一心不乱に生きるということなのだろう。

「たとへば火を物につけんに、
心にはなやきそ[な+そ=禁止:焼くな]とおもひ、
口になやきそ[焼くな]といふとも、
此詞(このことば)にもよらず、念力[意志]にもよらず、
たゞ火のおのれなりの徳として物をやくなり。
水の物をぬらすもおなじ事なり。
さのごとく名号も、おのれなりと往生の功徳をもちたれば、
義[法則]にもよらず、心にもよらず、詞(ことば)にもよらず、
となふれば往生するを、他力不思議の行(ぎょう)と信ずるなり」(P121)


心や言葉に惑わされずに火のように生きろと一遍は言っている。
一遍はときに「燃えろ! 燃えろ!」と叫ぶ暑苦しいやつだったのかもしれない。
「もっと熱く生きてみろ! 燃えろ、燃えろ!」
芸術家のように一心不乱におのれを燃焼させて生きてみたらどうか。
よろず生きとし生けるもので燃えないものはなかろう。
たとえば、木が燃えるのは木のなかに「火の性」があるからだと一遍は言う。
おなじように人間が燃焼できるのは我われに「火の性(仏性)」があるからとのこと。

「又(また)木に火の性ありといへども、其火(そのひ)其木(そのき)をやかず。
(中略) 又別の火を以(もって)木をやけば、即(すなわち)やけぬ。
今の火と木の中の火は別体[別々]の火にはあらず。
然(しかれ)ば万法は必(かならず)因縁和合し成ずるなり。
其身(そのみ)に仏性の火ありといへども、我と煩悩のたきゞを焼滅することなし。
名号の智火(ちか)の力を以(もって)、焼滅すべきなり」(P201)


一遍は繰り返しおなじことを言っているのだろう。
他力不思議の名号を唱えることで我(自意識、迷い、悩み)など捨ててしまえ。
なぜ名号なのかいまだにわからない人もおられるかもしれない。
逆に考えてみたらいいのだろう。
我(自意識)を捨てようと思っても、どうしたら捨てられるかわからないではないか。
思考の暴走をとめるのにいちばん手っ取り早いのが呪文なのである。
極論を言えば名号ではなくアーメンやインシャラー、題目でもいいのだろう。
般若心経でもいいのだろうが、呪文というにはいささか長すぎる。
思考(苦悩)を停止するにはすべてを大きなものにゆだねるしかない。
しかし、どうしたら我(自力)を放棄できるか明確な方法がないので困ってしまう。
ヨガでもいいのだろうけれど、あれは金も時間もかかるし努力が面倒くさい。
このためのかりそめの呪文が六字名号、南無阿弥陀仏なのだと解釈したらどうか。
名号でなくてもいいのだが、そのなにかを自分で決めてしまうと自力になってしまうので、
正しいのかどうかはわからないが、古くからの伝統と一遍が好きだという理由で、
とりあえず南無阿弥陀仏という呪文にまかせてみようと思うのはそこまで誤りなのか。

南無阿弥陀仏の意味のひとつは、とにかく考えるな。思念をとどめよ。まかせよ。
自力を捨てて他力に流されたらよろしい。他力とは自然の力のこと。
山河草木、吹く風、立つ浪、よろず生きとし生けるものみな南無阿弥陀仏である。
我体および我執を捨て南無阿弥陀仏と一体化するのが一心不乱だと一遍は言う。
そのときもはや我なるものはなく念仏が念仏を申している状態になる。
これが極楽、無比楽、いまでいうエクスタシーであろう。

「極楽は無我真実の土」(P151)

「極楽は空無我の土」(P180)

「すべて思量をとゞめつゝ 仰(あおい)で仏に身をまかせ
出入(いでいる)息をかぎりにて、南無阿弥陀仏と申べし」(P21)


念仏=一心不乱に燃える!

一遍の主張を少し現代的に言い換えるならば、要するに無我夢中になろうということだ。
一遍を開祖とする時宗の念仏をテープで聞いたが、あれは合唱なのである。
念仏にメロディーをつけて歌っている。
たぶん鎌倉時代当時の踊り念仏は合唱に舞踊を付け加えたものだったのだろう。
踊り念仏は集団芸術で、観客は芸術を鑑賞していたのだと思う。
そんな大げさなものではなく、踊り念仏メンバーは
非日常的な雰囲気を持つ変なやつらくらいが正しいのかもしれない。
いまで言えば駅前で歌っている騒がしいバンドが近いと言ったらさすがに怒られるか。
鎌倉時代はカラオケも映画もなかったのである。
日常を突き抜けるようなものがまるでなかった。
このため、一遍は南無阿弥陀仏を用いたに過ぎない。
大勢が忘我や恍惚にいたる道筋が当時は南無阿弥陀仏しかなかったのではないかと思う。

比較してみて現代は小説、演劇、映画と多様な芸術が存在する。
このへんは断言できないところがあるけれど、
まあ夢中になれるのであれば、漫画やアニメ、ギャンブルでもいいのではないか。
パチンコは論外だが、血統(宿命)や偶然性を重んじる競馬はどこか宗教的だ。
わたしはいい小説や戯曲を読んだとき、そこに南無阿弥陀仏の存在を感じる。
芸術的名作は、とても我われとおなじ人間が創作したとは思えない。
芸術作品の感動は、神仏と向き合っているかのような忘我の陶酔にあるのではないか。
たとえばユージン・オニールの劇作品からは強く南無阿弥陀仏を感じる。
宮本輝は日蓮のほうの人だが、氏の初期小説からも南無阿弥陀仏が聞こえてくる。
めちゃくちゃを言っているように思われるかもしれないが、
讃美歌もモーツァルトも「マクベス」も「オイディプス王」も南無阿弥陀仏だと思う。
この場合の南無阿弥陀仏とは、人間を超えた感動があるくらいの意味である。
高尚な芸術の世界だけではなく、好きな歌謡曲からも南無阿弥陀仏を感受してしまう。
ぱっと思いついたものを書くと、たとえば「四季の歌」は南無阿弥陀仏だ。
中島みゆきは天理教だけれど、あの人の歌も南無阿弥陀仏としか思えない。
おそらく近松門左衛門を源流とする大衆娯楽、テレビドラマの名作も南無阿弥陀仏だ。
テレビ脚本家の山田太一は最晩年の小説「空也上人がいた」で、
はからずも念仏との親近性を白状した、と見ることもできよう。

自分で創作するのがいちばん一心不乱(念仏)に近づけるのは間違いない。
しかし、みながみな、神がかりになれるほどの才能があるとは限らない。
だから、天才の創作したものを深く味わうのも一心不乱になるいい方法だと思う。
話を鎌倉時代に戻すと踊り念仏(創作ダンス)はまず行なうものが忘我にいたるのだが、
見物している観客も少なからず陶酔を味わったことだろう。
だれもが一切を捨離して一遍のように生きられるわけではないから、
これはこれで仕方がないのだろう。しかし、一遍の念仏のなんと華やかなことか。
念仏や芸術作品で極楽(エクスタシー)にいたるとなにがいいのか。
一瞬だけかもしれないが、世界の見方が変わるのである。
いい芸術に触れたあと世界がまるで違ったように見えるという経験をしたことはないか。
すぐに元に戻るのだろうけれども、
世界がこんなに美しかったのかとはたと気づかされる。
一遍遊行集団の踊り念仏には、そのような熱狂的な恍惚とした迫力があったのだろう。

さて、いまもむかしもひとりの人がどうがむしゃらにがんばっても、
たぶん世界は変わらないのである。
どんなに世界は間違っていると駅前で拡声器を用いて叫ぼうがなにも変わりはしない。
たまたま運悪く難病にかかってしまったらその宿命を生き抜くしかない。
病気が治るという新興宗教に山ほど金を積んでつかの間の現実逃避をするのも一手だが、
健康だったころの世界をどれほど懐かしんでもたぶん元には戻せないだろう。
子どもが病気で死んでしまったら、いくら泣きわめこうがもうどうにもならない。
医者を訴えたところで苦しみが増すばかりではないか。
これは絶対だが創価学会に入っていくら勤行しようが亡児は生き返らない。
かなしいことに人間はどうしようもなく無力で世界に対して屈服するしかないような面がある。
しかし、世界は変わらなかったとしても、自分のものの見方ならば変わるのではないか。
宗教や芸術に意味があるとしたら、ものの見方を変えられるというところにあると思う。
宗教と芸術を一体化したような踊り念仏をはじめた一遍は革命家でもあった。
むろん、一遍は世界を変革したりしようとはしない。
親鸞の腹黒い子孫のように一揆や戦争を指導したりはしないのである。
一遍がなにを変革に導くのか。人間の精神である。ものの見方を変える術を一遍は教える。

浄土教一般に共通しているものの見方は死から生を見るという点である。
浄土の教えの根本にあるのは、念仏したら死後極楽に往生できるという考え方だ。
法然、親鸞、一遍の三者に共通する信仰である。
では、いったい三者のうちでだれがいちばん浄土信仰が強かったのか。
だれがもっとも死に近かったのか。わたしは一遍ではないかと思う。
法然は理論家で、まあ大学の先生みたいなところがないとは言えない。
やたら親鸞の人気は高いけれど、弟子の唯円によるとヘタレではないかという疑惑が生じる。
親鸞の信心は肝がすわっていないところが見受けられるのである。
証拠として「歎異抄」の一部を紹介する。ある日、弟子の唯円が親鸞に質問したという。
「先生の教えでは念仏したら極楽浄土に往生できるとのことですが、
白状するとボクは念仏してもぜんぜん踊るような喜びなんて起きないし、
そもそも早く浄土へ往きたいかと聞かれたら、別に! とか思っちゃうんです」
この弟子からの質問に親鸞はどう答えたか。

「念仏申し候へども、踊躍歓喜のこころおろそかに候ふこと、
またいそぎ浄土へまゐりたきこころの候はぬは、
いかにと候ふべきことにて候ふやらんと、申しいれて候ひしかば、
親鸞もこの不審ありつるに、唯円房おなじこころにてありけり。
よくよく案じみれば、天にをどり地にをどるほどによろこぶべきことを、
よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもひたまふなり。
よろこぶべきこころをおさへて、よろこばざるは、煩悩の所為なり」(第九条)


親鸞の答えは――「いや~ほっほっほ、安心しなされ、わしもそうじゃよ。
わしも唯円くんとおなじで念仏しても踊りだしたくはならないし、
ぶっちゃけまだ死ぬのはゴメンだからね。死にたくないのう、死にたくないのう。
しかしだ、わしらが大喜びして念仏ダンスをはじめない、それゆえに極楽往生できるのじゃ。
というのも考えてごらん、喜んで踊らないのはわしらに煩悩があるせいなのじゃ。
ここで仏さまは我われをどう見ていたか考えてみると、
煩悩があって当たり前とおっしゃっているではないか。だから、このままでいいんじゃよ」

人気者の親鸞は図太く開き直っているとも読めなくはない。
比較して、この問題についてマイナーな一遍はどう言っているか。
ちなみに存命時は一遍のほうがはるかに有名だった。

「又云、およそ一念無上の名号にあひぬる上は、
明日までも生(いき)て要事なし。
すなはちとく死なんこそ本意(ほい)なれ。
然るに、娑婆(しゃば)世界に生て居て、念仏をばおほく申さん、
死の事には死なじと思ふ故に、多念の念仏者も臨終し損ずるなり。
仏法には、身命を捨(すて)ずして証利を得る事なし。
仏法にあたひなし。身命を捨(すつ)るが是あたひなり。
是を帰命と云(いう)なり」(P114)


一遍の答えは――「サイコーな念仏に出逢ったんじゃから、明日まで生きるこたーない。
つまりだ、早く死ぬことが理想じゃな。
わかっちょらん連中は少しでも長生きして、たくさん念仏をしたほうが得だと考え、
死にたくない死にたくないとこの世にしがみつくから、うまく死ねない。
仏法というのはだな、命を捨ててから救われるのじゃ。
仏法になんら価値はない。死が救いなのである。これがまことの信心じゃよ」

こう並べてみると、現代日本人にはやはり親鸞のほうが受け入れやすいのだろうか。
しかし、本当に死後の極楽浄土への往生を信じていたら、
早死にはむしろ望むところになるのではないか。阿弥陀経にそう書いてあるんだから。
阿弥陀経によれば、死後の世界はこの世など比較にならぬほど美しいわけだ。
ならば、これを本心から信じていたら、
念仏者は「とく死なんこそ本意なれ」にならなければおかしい。
親鸞のように「死にたくない」と現世に執着しながら(そこまでは言いすぎかな)
89歳まで生きるのはみっともない、と言えなくもないのである。
もしかしたら我われは大きな勘違いをしているのかもしれない。
死こそ究極のエクスタシー(絶頂)だとは考えられないか。
そして、死後にはなだらかな平安が待っているとしたらどうだろう。
どうして親鸞のような聖人までが、そこまで死を忌み嫌うのだろうか。
もし死後の世界が一遍の信じるように本当に極楽ならば、
いろいろこの世におけるものの見方が変わるのである。
まず自死遺族が救われよう。
死後の世界から見たら、自殺はむしろ正しい行為だったということになるのだから。
早く極楽世界に行こうとした自殺者は我われよりも数段に賢かったことになるではないか。
余談になるが、仏教は自殺を禁じているというのはデマに近い。
なぜなら、釈迦は過去世で自殺をしたからブッダになれたのだと仏典に書いてある。
ウソだと言うのなら「本生経」を読んでください。
釈迦が過去世で王子のとき、飢えた虎のために捨身(自殺)したことが記載されている。
捨身(自殺)はある面から見たらもっとも英雄的な行為なのだろう。

話を元に戻して、もし一遍がそう信じて行動したように、
死後の世界がこの世の人には想像も及ばぬ極楽だとしたら、
いろいろものの見方が変化するはずだ。
死別に対する見方が大きく変わるはずである。
子どもを難病や交通事故で亡くした親はそこまで悲嘆に暮れなくてもいいことになる。
愛する子どもはひと足先に、
この世よりもはるかにいい極楽に行ったということなのだから。
殺人も本当に罪悪なのかわからなくなる。
なぜなら、被害者は殺人者のおかげで極楽に行かせてもらえたということになるからだ。
殺人者を刑法で裁くのが本当に正しいのか、という話になろう。
そもそも一遍の仏法に正確にしたがうのならば、
だれかが人を殺すのは過去世の業のためである。
犯人に法的責任を問うのは間違えている、とも言いうる。
被害者は過去世の業ゆえ、まさにその相手から殺されなければならなかったのである。
とはいえ、刑務所での服役も
過去世の業のための苦しみと考えたらなんとか整合性が保てよう。
もし犯人が死刑になったらば、皮肉なものである。
死刑囚は刑の執行によって極楽世界に旅立つわけだから、
遺族感情もなにもあったものではない。
大声では言えないが、無差別大量殺人をしたほうが早く極楽浄土に往生できることになる。
こうなるとなにが善でなにが悪かわからなくなるが、
まさしくそれこそ一遍の革命的な南無阿弥陀仏なのである。
一遍の仏法を信じたら、本当の人間革命が起こって、みな踊りだしてしまうかもしれない。
「ええじゃないか」である。なんでも「ええじゃないか」と踊る生き方もある。

「ともはねよかくてもをどれ心ごま 弥陀の御法(みのり)と聞(きく)ぞうれしき」

ここまでお読みくださった方がおひとりでもいるかどうか疑問だが、
死を絶対救済と見る一遍の仏法をご理解いただけただろうか。
感情的には受容できなくても、そういう見方もできなくはない、と思えたでしょうか。
一遍が「捨てろ、捨てろ」と言うのは、このためなのである。
立派な地位や身分があるとこの世に執着して救済である死から遠ざかってしまう。
財産があるとそのぶんだけ死にたくないとあさましい振る舞いをすることになる。
愛する妻や子どもがいると愛しているぶんだけ死別が身にこたえるだろう。
一遍の仏法を抜きにしてもおなじことが言える。
仕組みとしてはいま恵まれているものほど死に恐怖を感じるはずである。
財産がなく妻子も友人もいない孤独な人にとっては死がまたとない救済になろう。
あの世が極楽だと信じられたら、死がまったく怖くなくなる。
これは捨て身で生きられるということだ。
失うものがない人ほど強いものはいまい。
変な話をすると、ヤクザがいちばん恐れるのは捨て身で向かってくる一般人と聞く。
逆に言えば、こちらが捨て身で向かえばヤクザでさえビビるのである。

長生きをしたいと思うから保身が気になり、つまらない人生を送る羽目におちいる。
どのみち最後は極楽だと考えたら、どれだけ失敗しても平気の平左で、
人とは違った芸術的とも言いうる過激で劇的な生き方ができるのではないか。
鬱蒼とした獣道(けものみち)にも捨て身でなら分け入っていけるのではないか。
実際に一遍遊行集団は尼さんもいるのに無謀とも言ってよい旅をしている。
あまりにも厳しい旅のため道中で亡くなるメンバーもたくさんいたとのことである。
こう考えるとやはり信心があるがゆえに一遍集団は捨て身で生きられたのだろう。
他力不思議の六字名号、南無阿弥陀仏を深く信じていなければ彼らとて人の子、
そうそう捨て身ではいられなかったはずである。
たしかに一遍や弟子たちは人よりもしんどい短命の人生を送ったのかもしれない。
しかし同時に、一遍集団は世界の美しさをより深く味わっていたのではないか。
一遍の念仏は「念々臨終」「念々往生」である。
この一瞬、この一瞬に死んでそのたびに再生する念仏だ。
余命半年を宣告された重病患者に、この世のなにげないものがどれほど美しく見えるか。
死が近づかないと人には見えてこない世界の美しさがあるのだろう。
今年が見納めだと思って目にする春の桜の輝きはいかほどか。
余命半年でもそうなのである。
「念々臨終」「念々往生」の念仏を唱える一遍の五感は、山河草木、吹く風、立つ浪、
よろず生きとし生けるものを南無阿弥陀仏と認識したのではないか。
一切を捨ててこそ、一切をまかせてこそ、その美しき南無阿弥陀仏と独一になれる。
身命を捨つるが仏法の値なり。

「身命をすつるといふは、南無阿弥陀仏が自性自然に身命を捨(すて)、
三界をはなるすがたなり」(P174)


死ぬことではじめて大自然、大生命の一部となることができる。
死は敗北や終焉(しゅうえん)ではなく、むしろ自然の美であり恵みである。
通常の人が忌み嫌い遠ざかろうとする死こそ完成であり絶対の救済である。
この一遍の過激な信心は、法然よりもむしろ日蓮に近いのだろう。

「とにかくに、死は一定なり[死は決定している]。
其時[絶命時]のなげきは、たうじ(当時)[元寇や飢饉]のごとし。
をなじくは[どうせ死ぬのだから]、かりにも法華経のゆへに命をすてよ。
つゆを大海にあつらへ、ちりを大地にうづむとをもへ」(日蓮)


長々と書いてきたことを簡潔にまとめよう。一遍の念仏は――。
(1)善悪ふくむ一切を捨てる!
(2)自然の流れにまかせる!
(3)一心不乱に燃える!
要約したらこの3つの教えになるだろう。
3つを統合させた一遍の生き方は「安心して捨て身で生きる」ということになるのではないか。
この世は念仏しながら「安心して捨て身で生きる」のが理想である。
なぜなら世界はどうしようもなく――。

「生老病死のくるしみは 人をきらはぬ事なれば
貴賤高下の隔(へだて)なく 貧富共にのがれなし」(P14)


人生はこんなもんだ。ならば――。

「はやく万事をなげ捨(すて)て[捨て身で] 
一心に[一心不乱で]弥陀を憑(たのみ)つゝ[安心して]
南無阿弥陀仏と息たゆる[死なんこそ本意なれ]
是(これ)ぞおもひの限(かぎり)なる[かくありたい]」(P11)


(補)一遍の法華経対策

おまけとして他力浄土門の一遍が法華経についてどう考えていたか整理しておきたい。
これは創価学会対策と言ってもよいのかもしれない。
わたし個人としては、出逢いがあれば学会員さんともうまくやっていきたいのである。
さすがに入信はしないけれども、学会は学会でいいのではないかと思う。
学会員さんだけではなく、法華経を最上の教えと信じるものが多い。
これにはわけがあって、まず聖徳太子が護持したのが法華経だったという歴史がある。
それから平安~鎌倉時代、仏教の東京大学とも言うべき天台宗総本山比叡山は、
法華経を根本経典にしている。
法華経というのは、まあ多数派から支持されたお経と言ってもよいだろう。
中国高僧のチギが教相判釈で法華経がいちばんとしたのも権威の理由である。
ところが、法然が法華経をほとんど無視して、
本来なら格下の浄土三部経を根本経典として他力易行の念仏を広めてしまった。
南無阿弥陀仏と口で唱えるだけで救われるという教えである。
親鸞や一遍はこの法然の教えの系譜に位置する(それぞれ違うところもあるのだが)。
これにカンカンに怒ったのが(創価学会の)日蓮大聖人様である。
法華経を軽んずると国難が舞い込むとまで獅子吼(シャウト)したわけだ。
で、日蓮大聖人様は南無妙法蓮華経という題目を唱えれば救われるとした。

一遍と日蓮大聖人はどうやら史実上は逢っていないようだ。
とはいえ、一遍の踊り念仏というのは、ただでさえ異端なのである。
聖道門(法華経)ではなく浄土門(他力)というだけでまず変わり者扱いされる。
そのうえ、おかしなダンスまで加えてしまったのだから、
反発する比叡山の正統的な仏僧(研究者)は多かったのではないか。
そもそも一遍は比叡山出身でさえないのである。
人気者ではあるが低学歴の一遍が比叡山の高僧に出した手紙が遺っている。
いまでいえば高卒の地方郷土史家が東京大学教授に書いた手紙のようなものである。
いや、当時の一遍の踊り念仏はすごい人気だったらしいから、
高卒の人気作家が世間的には無名の東京大学教授に出した手紙くらいに
たとえるのが適切かもしれない。
おそらく布教の許可を願い出る手紙ではなかったかとされている。
高僧は「真縁上人」という名前で、もちろん自力の聖道門ゆえ、
伝統にしたがい法華経を最上の経典であると信じていたことだろう。
いまや学歴コンプレックスのみならず一切を捨てた一遍の言葉は堂々としたものである。
へりくだったところも思い上がったところもない文章だ。

「此世(このよ)の対面は多生の芳契(ほうけい)[過去世からの良縁]、
相互(あいたがい)に一仏に帰する事、これよろこびなり。
生死本無なれば、学すともかなうべからず。菩提本無なれば、行ずとも得べからず。
しかりといへども、まなびざる者はいよいよ迷ひ、行ぜざるものはいよいよめぐる。
此故(このゆえ)に身をすてゝ行じ、心をつくして修すべし。
このことわりは、聖道浄土ことば異なりといへども、詮ずるところこれ一(いつ)なり。
故(かるがゆえ)に法華経には「我不愛身命、但惜無常道」とすゝめ、
観(無量寿)経には「捨身他世、必生彼国」ととけり」(P36)


一遍はうまいよな~。「此世の対面は多生の芳契」とはじめる。
「相互に一仏に帰する事、これよろこびなり」と冒頭で仲良く握手する。
いまの日本仏教にもいろいろ派閥があるらしく喧嘩が絶えないという。
しかし、この一遍の流儀で行けばいいのではないかと思うわけである。
「相互に一仏に帰する事、これよろこびなり」と、ひと言挨拶すればよろしい。
どこの派閥だろうが仏教であるならば一仏に帰すると考えてよいのではないか。
どうしてどちらが正しいだの間違いだの、いい大人が見苦しくも争うのか。
さらに一遍は他力の観点から自力修行の空しさを語るが、
しかし続いて自力の価値を持ち上げ自力にもいいところがあるとして、
最後は「聖道(自力)浄土(他力)ことば異なりといへども、
詮ずるところこれ同一なり」と上手に対立点を無効化して話を丸く収めてしまう。
証拠は法華経の「我は身命を愛さず」と観経の「身を捨て」がおなじ内容だからとする。
自分が絶対正義などと驕(おご)ったものには決して書けぬ手紙だろう。
落としどころは「どっちも正しいよね」「言葉は違うけれど突き詰めれば一緒」――。
開祖がこんなだったから後年時宗は腹黒い蓮如につぶされてしまったのかもしれない。

創価学会員にからまれたらどうしたらいいかも一遍は教えてくれている。
学会員さんの根拠としているのは、いわゆる法華経最強説である。
だから、創価学会の南無妙法蓮華経は正しい。
しかし、実際は法華経が最強最上などという客観的な証拠はない。
法華経のなかにこの教えはもっとも勝(すぐ)れたものであると書いてあるくらいだ。
自称最強説ならば般若心経にも書いてあるので、まったく当てにはなるまい。
そうは言っても、歴史はあるし多数派が支持してきた仏典であることはたしかである。
本当のことを言えば、法華経も浄土三部経も釈迦の真説ではなく、
後代の人がねつ造したフィクションなのだが、それを言ったらおしまいの世界だ。
さて、鎌倉時代の一遍は法華経も浄土三部経も釈迦の真説だと信じていた。
「法華経と名号はどちらが正しいのか?」という質問を一遍にしたものがいたようだ。
あるいは、南無妙法蓮華経と南無阿弥陀仏のどちらが正しいか、だったのかもしれない。
この疑問に一遍はこう答えている。

「法華と名号とは一体[同一]なり。
法華は色法[目に見える仏法]、名号は心法[心の仏法]なり。
色心不二なれば法華即(すなわち)名号なり。故に観経には、
「もし念仏せむ者は、これ人中の分陀利華(ふんだりけ)なり」と説り。
分陀利華とは蓮華なり。
されば法華をば薩達磨分陀利華経と名付たりといへり、
名号と分陀利華は一なり」(P176)


法華経=名号(南無阿弥陀仏)と一遍は説明している。
というのも、観無量寿経いわく「念仏者=分陀利華」である。
分陀利華はきれいな白い花で蓮華とも呼ばれている。
妙法蓮華経(法華経)はサンスクリット語(古代インド語)では、
薩達磨分陀利華経(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)と読む。
ここで「蓮華=分陀利華=念仏者」であることに思い及ぶと、
妙法蓮華経は「妙法分陀利華経」、さらには「妙法念仏者経」とも言えるであろう。
ということは、法華経も念仏(名号)も同一ということになるのではないか。
いま1時間近くこの問題を考えていたけれど、これは一遍の言いがかりに近いと思う。
法華経サイドが観無量寿経を一切認めてくれないと話にならないところがある。
しかし、日蓮は法華経オンリーの人だけれども、
天台宗の人は浄土三部経にもそれなりの価値があるという立場ではないか。
ならば、日蓮宗以外には一遍の「法華=名号」は通じるような気がする。

一遍はおもしろいことを言っているのである。

「又云、阿弥陀仏の四字は本願にあらず。南無が本願なり[南無のほうが大事だ]。
南無は始覚の機[きっかけ]、阿弥陀は本覚の法[既存の仏法]なり。
然(しかれ)ば始本不二の南無阿弥陀仏也。
称すれば頓(とみ)に迷悟をはなるゝなり」(P194)


「又云、安心といふは南無なり」(P147)

一遍は六字名号、南無阿弥陀仏の南無のほうが重要だと言うのである。
また南無こそが安心なのだと主張する。
ご存じでしょうが、南無は帰依する、おまかせするという意味だ。
繰り返しになるが、もし南無のほうが阿弥陀仏よりも大事であるならば――。
南無阿弥陀仏も南無妙法蓮華経もそう変わらないということにならないか。
重いのは南無のほうであるとしたら、阿弥陀仏と妙法蓮華経の差は大したものではない。
浄土三部経も法華経も(相対ならぬ)絶対を説いた大乗仏典である。
そう考えると、名号も題目も「南無絶対」とおなじことを言っていることにならないか。
おそらく、一遍が日蓮の弟子と対面したらこう言っていたような気がする。

☆南無阿弥陀仏=南無妙法蓮華経

なかには一遍にストレートな質問をしたやつがいたそうである。
念仏以外の教えは往生するのか? 法華経と名号はどちらが勝れているのか?

「又云、或人(あるひと)問(とう)ていはく、
「所行は往生すべきや、いなや。又、法華と名号といづれか勝れて候」と云云。
[一遍]上人答て云、「所行も往生せばせよ、せずはせず。
また名号は法華におとらばおとれ、まさらばまされ。
なまさかしからで、物いろひ[議論]を停止して、一向に念仏申(もうす)ものを、
善導[中国の高僧]は、「人中の上々人」と誉(ほめ)たまへり。
法華を出世の本懐といふも経文なり[法華経方便品の一文]。
又釈迦の五濁悪世に出世成道するは、
この難信の法を説(とか)むが為なりといふも経文なり[阿弥陀経の一文]。
機に随(したがっ)て益あらば、いづれも皆勝法なり、本懐なり[どの教えでもいい]。
益なければ、いづれも劣法なり、仏の本意にはあらず[益なければどの教えもダメだ]。
余教余宗があればこそ、此尋(このたずね)は出来(いでき)たれ。
三宝滅尽[仏教消滅]のときはいづれの教とか対論すべき。
念仏の外には物もしらぬ法滅百歳の機になりて、一向に念仏申(もうす)べし。
これ無道心の尋(たずね)なり」(P119)


人それぞれ自分と相性のいい教えを信じればいいのではないか。
これが破邪顕正とは縁のなかった一遍の答えである。
法華経が正しいというのも法華経に書いてあるだけである。
阿弥陀経が正しいというのも突き詰めたら阿弥陀経に書いてあるだけである。
そう考えたら法華経と阿弥陀経のどちらが勝れているかはわからない。
よけいな議論などするものではない。
法華経が好きならば法華経でいいと思う。
阿弥陀経が好きな自分は阿弥陀経で行くが、法華経でもいいのではないか。
善導の言葉にしたがって自分は念仏で行くつもりだ。

「何(いず)れを正義とし、何れを邪義と判ずべからず」(P205)

なにが正義か、なにが邪義かなんてどうせわからないのだから考えるな。
むしろ、バカになれ!

「又云、伊予国に仏阿弥陀仏といふ尼ありき。習ひもせぬ法門を自然にいひしなり。
常の持言[口癖]にいはく、「知(しり)てしらざれ、還(かえっ)て愚痴なれ」と。
此意(このい)浄土の法門にかなへり」(P125)


知らないほうがかえっていいという他力不思議を好む姿勢である。
たとえは悪いが、なんにも知らないで学会活動をやっているおばさんが幸福なのだ。
上からの命令に兵隊のように盲従して労力を惜しまずに学会活動するおばさんが最強だ。
ここまでは捨聖一遍も日蓮大聖人様に同意しよう。
しかし、おい、創価学会婦人部、自分たちは絶対正義とは思わんでおくれよ。

(あとがき)
「本の山」最長記事を最後までお読みくださり本当にありがとうございます。
あなたはわたしの心の友です。
宗教問答は嫌いですが、ここまでお読みくださった方はもちろん別です。
破邪顕正でも折伏でもお好きなだけ書き込んでいってください。
「おまえ地獄に堕ちるぞ」でも構いません。ニコニコ対応しちゃいます。

(読者全員プレゼントのお知らせ)
この記事を最後まで読んだとおっしゃってくださった方にもれなく缶ビール1本奢ります。
下戸の方には野菜ジュース2本で換えさせていただきます。
なお、まことに勝手ながら対面でのやりとりに限らせていただきます。ごめんちょ。あんがと。

(参考)2年まえの感想文↓
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-2647.html

COMMENT

URL @
08/04 22:11
. どんとが、一遍を学んでいたという話を、
寺関係の人から聞いてから気になっていました。

偶然ですが今回の本の山を読めて(といってもじっくり読み直しにこないとだめですが…)よかったです!
Yonda? URL @
08/05 00:27
某さんへ. 

あああありがとうございます。
こんな超長文を最後までお読みいただき、なんと感謝を申し上げていいのか。
どんとという人は知らなかったので調べてみたら37歳でお亡くなりになったロックスターとのこと。
一遍の「とく死なんこそ本意なれ」に深々と共感している37歳のわたしは、いささか不謹慎ですが、そろそろ来ることも可能性としてはなくはないのだと、どきどきしてしまいました。
死んだらいったいどうなるんでしょうかね。一大ミステリーであります。

本当にわざわざコメントありがとうございました。おひとりにでも読んでいただけたことがわかって、とても嬉しかったです。
URL @
08/05 23:06
. この記事に、惹かれる理由も南無阿弥陀仏。

読了しました。ちなみに自分は真宗大谷派の寺をやっている伯父と従兄を持つ、あと数日で同い年のチョンガーです。
同世代として応援しています。
URL @
08/06 22:31
. こちらこそありがとうございます。
ボガンボズは、踊らされながらどっかに連れていかれそうな、不思議な音楽でした。
くるりのカバーしている「夢の中」は、ちょっとお経っぽいんですよ。
Yonda? URL @
08/06 22:45
夜さんへ. 

同世代応援コメントありがとうございます。
この記事を最後までお読みくださる方がいらっしゃることを信じられなかったわたしはどれほど人間不信なのでしょうか、と我ながらテヘヘであります。
とはいえ、こっそりと「人を殺してもいいんじゃね?」と申し上げているわけで、こんな記事を全部お読みくださった貴方様も、言論の自由がある我が国も素晴らしいと思いました。
もっともっと過激なことをする人が現われてほしいと心から思います。どうせ遅かれ早かれ死ぬのですから。
Yonda? URL @
08/06 23:31
某さんへ. 

たまに考え方が「禅=ロック」的だろうとのご指摘をいただくことがありますけれど、当人はまったくロックの音楽を理解できず(きっといいのでしょうが)、どうしようもなく通俗的な歌謡曲が好きだというかなしさがございます。思いのほか律儀な性格で、しかもしかも、こんな超長文をお読みくださったのですからとYouTubeでいろいろ聴いてみました。ああ、一遍はあるいはこういう人だったのかもしれないと思いました。

「BO GUMBOS 目が覚めた」
http://www.youtube.com/watch?v=05bAMfBTU8I
- URL @
11/21 19:02
. comment
念仏札はただ配っていたのでは無く、金をとっていました。これは旅費にあてていたのですが、途中一人の僧に『いらねー』と言われショックを受け悩み、
証誠殿の託宣を仰いだりしています。

また、刃傷沙汰のトラブルも『武家ゆえ』といったことでなく嫁VS妾で揉めたのです。

Yonda? URL @
11/22 20:51
名無しさんへ. 

まず感謝です。ありがとうございます。
こんな長文記事を最後まで(たぶん)お読みくださりありがとうございます。
おなじ一遍ファン(?)からいただいたコメント、
とても嬉しかったです。
おっしゃるとおりだと思います。
念仏札はお金をとるときもあったでしょう。
当方は無料提供もあったのではないかとも思いますが、
こればかりはタイムマシンが発明されないかぎりわかりません。

聖人ではなく「いかがわしい」ところが一遍の魅力ではないでしょうか。
繰り返しになりますが、コメントありがとうございます。
- URL @
02/08 00:28
. comment感動しました。ここまで丁寧に解説してくれる人が、いる。ありがとうございます。心救われた人は、私ひとりではないと思います。
Yonda? URL @
02/08 10:50
名無しさんへ. 

ウヘエ、こんな偶然あるんですねえ。
ちょうどいま「一遍上人語録」を再読しているところです。
自分の進んでいる道を肯定されたような気がしました。
わざわざコメント、ありがとうございます。
迷いの多い当方はとても勇気づけられました。
こんな偶然ってあるんだなあ。
- URL @
04/23 16:33
. あまりにも長分なので、笑ってしまいました。すると力が抜けて途中で読みとどまっています。いやあ凄いですね。私は70歳の老婆ですが、一休さんとの比較が見事だなあと思いました。あなたのような若者(?)がいらっしゃると知っただけで、嬉しい。よくぞ書いてくれました。今はまず一休み。









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3321-cdd72b2b

SNSで昔の恋人を発見して失望した瞬間 6選  恋愛コラムリーダー ~Love Column Reader~  2013/08/11 17:01
誰もがSNSをしているいまの時代、つい昔の恋人の名前を検索してしまうことってありますよね。悲しきかな、あまりいい結果になることはないのですが……。軽い気持ちで元恋人を検索し...