勝利の代償

これはもうあまりにも本当なのでだれも公開できない真実をぼかして書く。
有名人、権力者、成功者の周囲にはかならずと言っていいほど犠牲者がいる。
ある人が成り上がるためには、近親のだれかを犠牲にしなければならない。
有名人、権力者、成功者のたとえば子ども(配偶者、きょうだい)が、
いろいろな意味においてどれほど傷ついているか知っているが、それは公にはできない。
なぜなら偉い人ににらまれたくないからだ。知っているけれど書けない。
しかし、これは世間の裏側を知っている人には、完全なご同意をいただけると確信している。
有名文化人のオフレコをだれよりも耳にした故・河合隼雄氏(この人は秘密厳守だ)なら、
まったくそうだ、あなたの言う通りだと感激して握手してくれるかもしれない。
どういうことか。いわゆる偉い人のほとんどが、仕事に逃げているとも言いうる。
なにか問題が起きても、「俺には仕事がある」
と逃亡できる人しか社会的成功はおさめられないようなところが現実にはある。
彼が逃げたところの問題をだれかが引き受けなければならないのだ。

たとえを言うならば、親が出世するためには子どもが犠牲にならなければならない。
ある有名作家の元妻が精神病で息子が自殺したというのは、
成功者が引き受けなければならない「犠牲」を明確に示していよう。
かりになにか重大問題があっても
「俺には仕事がある(=自分は仕事をしているから偉い、俺は間違っていない)」
という逃げ道を人は選択できるが、
だれかが逃げた問題はかならず周辺のだれかに降りかかる。
成功者の血縁には精神を病んだものや、
極端には自殺者が現われざるをえないのはこのためだ。
いくら反省や懺悔(ざんげ)をしたふりをして、
たとえば「犠牲」という本を書いてベストセラーにしても贖罪(しょくざい)にはならない。
まさしく彼のために家族の一員は死ぬほど苦しまなくてはならなかったのである。
彼が(世間的に)正しかったそのぶんだけ、血を分けたものが地獄を見るはめにおちいる。
いまでは知る人も少ない「親の因果が子に報いる」という言葉はこういう意味だ。
親がプラスを独占するとマイナスをたとえば子どもが引き受けなければならなくなる。
むろん、そのマイナスが子どもを育てることもあるから、絶対悪だと裁いているわけではない。
むしろ、長い目で見たらそのマイナスは子どもに「本当のこと」を教えるかもしれない。
まさにそのマイナスのおかげでのちのち豊かになるようなこともあるかもしれない。

なにが言いたいのか。断じて親子論でも夫婦論でも家族論でもない。
いまプラス(=俺は正しい)の思いを抱いている方は、
かなりの確率でだれかにマイナスを押しつけた結果だと思ったら、なにかがわかりませんか?
いまマイナス(=俺が悪い)の方も、そこまで自分を責める必要はないのかもしれない。
そのマイナスはどうしようもないことなのかもしれない。
そう思えたら、完全に幸福な人はどこにもいないというあきらめがつくのではないかと思う。
あなたが不幸なのはだれかが幸福だからだ。
あなたが幸福なのはだれかが不幸なせいだから、そこまで思い上がってはならない。

「だれかの幸福はだれかの不幸だ」(ストリンドベリ)

「幸福は不幸によってあがなわれる」(ドストエフスキー)

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