人の気持がわからない人

どうやらわたしはどこまでも人の気持がわからない人のようだ。
だから、人(読み手)の気持を考えず、
あなたにはどうでもいい自分のことなどいまこうして書いているわけだが(苦笑)。
本当に自分が人の気持のわからない人だとよくよくこの年になってわかった。
わかるだけじゃいけないとお叱りを受けるかもしれない。
もしそう思うのなら、もっと人の気持をわかるよう努力すべきであると。
しかしまあ、人間にはそれぞれ能力的な限界もまたあるような気がするのだ。
もちろん努力はすべきだが、人間はかならずしも自分が望んだようになれるわけではない。
人の気持がわからない人だとわかっただけでも偉大な一歩だと思いたい。
これからは相手の表情の変化を、
自分が気持を理解していないからだと納得して仕方なく思えるだろう。
少なくとも相手に怒りの矛先を以前よりは向けないはずだ。
わずかだろうが相手のことをあまり悪く思わないで済ませることができるのではないか。
なぜなら自分こそ人の気持がわからない人なのだから。

人の気持がわかる人はたいへんだと思う。
たとえば、道をゆずる。一本道で反対方向からふたりの人が歩いてくる。
どちらも人の気持がわかる人だったら、双方で相手に道をゆずって正面衝突するだろう。
それをも避けようと双方がまたおなじことを思って再度ぶつかる。
これでは両者ともにいつまで経っても前方に進めないことになる。
どちらかが自分の気持に忠実にならなければ事態はそのままである。
車を運転していると、ゆずりあいということがあるだろう。
人の気持がよくわかる人はいったいどれほど遅刻することになるのだろう。
いや、わたしが間違えている。
本当に人の気持がわかる人は、相手がゆずってくれるタイミングまでわかるのだろう。
そこまで読まなければ、人の気持がわかるとは言えないはずである。
二重三重に難しいことだと感心する。まったく人の気持がわからない人なのである。

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