人生最大の難問

いきなり東京大学の入試問題よりも難しい問題を発見してしまったのである。
当方いちおう受験経験はあるので東大の難しさはよく知っているが、
これはあんなものは比較にならぬほどの難問と言えよう。
高卒の人からそんなことも知らなかったの? と笑われてしまうかもしれない。
あんがい現役東大生はこの難問の存在に気づいていないかもしれない。
難しい問題を解いて東京大学に入ったような人ほど気づきにくいということもあろう。
いちばん身近なところにほとんど最大と言っていいほどの問題があるのではないか。
その難問とは他人である。
インテリの学者先生は他者(他者性)なんて言葉をさもありがたがって使うのだろう。
他人の気持はわからない。他人がいったいどう思っているのか。
この問題ほど難しいものはそうそうめったにないのではないのだろうか。
他人のことは考えてみればまったくわからない。
なぜ生まれてきたのか、死んだらどうなるのか、よりもはるかに身近な他人がまずわからない。

なにかをしてあげて「ありがとう」と言われても本心かどうかはわからないのである。
尊敬している人から励まされて感動しても、
それは相手がだれにでも口にしているリップサービスかもしれない。
相手が自分をどう思っているかは究極的に理解できないのである。
それは自分の言動における本音を厳密に追求したらだれでもわかるはずだ。
相手の気持を心底から考えたらこちらの心が病んでしまう、
というようなところもなくはないのではないか。
わたしはいままで運よくかなり自分勝手に厚顔に生きてこられたから(反省してまっす)、
たまたま精神科や心療内科のお世話になっていないのかもしれない。

他人の気持はわからない。

この難問に正面から向き合ったら大変なことになるのではないか。
人間だれしも人生で俳優なみの(以上の)演技はするし、お世辞(ウソ)も言うのである。
そうだとしたら、成功者や権力者ほど人の本当の気持がわからなくなるのではないか。
言い換えれば、成功者や権力者ほど彼(女)が繊細ならば人間不信におちいる。
成功者や権力者になると交際する人間が増えるぶん、それだけ孤独が深まるのだろう。
このとき、相手は自分の成功や権威にのみ表面的に敬意を表しているのではないか、
と考えられない鈍感な人間は幸いだ。

ならば、鈍感なほど人間関係で苦しまないのかもしれない。
自分に対しては繊細なくせに、他人には鈍感な東大卒の「戦う哲学者」のような人もいよう。
権威こそ天と地ほどの差だが、わたしも恥ずかしながらこのタイプの人間だと思う。
そうは言っても、他人の気持に敏感なのがいいのかどうかはわからない。
他人の気持を重んじる、いわゆる優しい人ほど生きにくくなるはずだ。
断っておくが、自分は他人よりも優しいと自分で思っている人は、
わたしの人生体験から一方的に判断すると、そうでない可能性がかなり高いだろう。
さあ、原点に戻ろう。他人の気持はわからない。
相手にいくら質問しても本当のことを教えてくれるとは限らないのである。
相手が優しい人ほど本音を隠すだろう。
相手の気持の正解は知りようがないのである。正しい答えは推測するしかない。
いい年をしていまさら気づいたのかとあきれられるかもしれないけれど、
これは身震いするほど恐ろしいことではないだろうか。
たとえば、高級料亭で接待しても相手は高級料亭を嫌いかもしれない。
キャバクラで接待しても(これ、現実にありますか?)相手は同性愛者かもしれない。
同性愛者でなくてもキャバクラ嫌いの人はいるのである。
わたしはたとえ逆にお金をもらってもよく知らない商売女と酒を酌み交わすのは面倒だ。
だが未経験ゆえ、いざ行ってみたら夢中になって借金までして大金をつぎ込むかもしれない。
わたしのことはどうでもよくて、さて問題は、他人の気持はわからない――。
「ありがとう」の本心は「ありがとう」ではないのかもしれない。
偉い先生につきしたがう多くの取りまきや称賛者、および弟子は、
実のところみなみな内心では舌を出しているのかもしれない。

結論。他人の気持はどうしようもなくわからないものである。
大勢が望む成功とはいえ、したらしたで人間不信に苦しむこともなくはない。
いろいろ考えると、わたしのように鈍感で冷たい人のほうが生きやすいところもあるのだろう。
しかし、このことをよくよく考えてみると、
わたしは人生でいままでなんとありがたくも優しい人に恵まれてきたことか。
ご恩返しとして、これからはなるべく他人の気持を尊重するようになりたい。
とはいえ、精神を病むほど相手の顔色をうかがうものではない。
どのみち人はわかりあえぬのだというタフな諦観(ていかん)も必要だろう。
大げさな話だが、相手が死ぬか自分が死ぬかになることもあるのだから。
そして、相手の気持がわからないことで救われていることも結構あるのではないか。
人生、なかなかうまくできているような気がしてならない。
あまり考えすぎないほうがいい、というのはひとつの真理だろう。
以上、恥知らずのおっさんの幼稚な告白、
長文ながら最後までお読みいただき本当にありがとうございます。
ガキだからいいという面も、むろんなくはないのだろうと思う。

COMMENT

ん。 URL @
06/15 00:25
. comment
この自分ですら、自分の本心がわからないのに、
ましてや、他人の本心なんて…

潜在意識下の、もうDNAレベルでしかわからない意識までありますからね。

ムリムリ。。








 

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