ネガティブなカーネギー

自己啓発書の古典のなかでも真の古典と言えるのは、
カーネギーの「道は開ける」「人を動かす」ではないかと思います。
わたしも13年まえの人生最大のピンチのとき赤線を引きながらこの本を読みました。
単細胞なため新年を迎えるにあたって今年こそはカーネギー流に生きようなどと、
いかにも青年らしい目標を立てたことさえありました。
いちばん最近読み返したのは5年まえでしたか。
わらにもすがる思いで繰り返し読んだものです。たしかに効き目はあります。
なんだかんだ言って、お好きな方も少なくないのではないでしょうか。
先ほどふと思い立って久しぶりに赤線部分のみ読み返してみました。
まるで13年まえの若かりし自分と再会したようなこそばゆい感覚がございました。

一度も人生で成功や勝利を味わうことがなかったいい年をしたおっさんが
いまさらカーネギーに再度触れたわけですが、かなり新鮮な驚きがありました。
カーネギーはいまの自己啓発書とは相当おもむきが異なります。
というのも、とにかくネガティブなんですね。
ニヒリズムやペシミズムに満ちている。
ま、人生なんざ、人間なんぞにあまり期待しなさんな、という醒めた言葉ばかりなのです。
「あきらめなければ夢がかなう」なんてどこにも書いていません。
自己啓発書の根本思想である「正しい努力はかならず報われる」さえないのです。
著者のカーネギーは皮肉屋で悲観主義、そのうえ人間不信が非常に強い。
このため、(理想ならぬ、いや理想からは程遠い)薄情な現実にどう対応したらいいか、
かなり普遍的とも言えるマニュアルを書けたのだといまさらながら気づきました。
人生や他人に向き合うにあたっては期待しない、というのがおそらくいちばんなのでしょう。
カーネギーだって、本当は芸術家(文学者)にあこがれていたのではないでしょうか。
こんな安っぽい(ごめんなさい)自己啓発書を書いて売れようなどとは、
きっとまったく思っていなかったはずです。
人生や他人への絶望に満ちたカーネギーの好んだ言葉は、たとえば以下のようなものです。

「あきらめを十分に用意することが、
人生の旅支度をする際に何よりも重要だ」(「道は開ける」P131)

「人間は朝も昼も、そして夜中の十二時過ぎまで、絶えず自分のことだけを考えている。
他人が死んだというニュースよりも、
自分の軽い頭痛に対して千倍も気をつかうのである」(「道は開ける」P301)

「私が今日これから会おうとしているのは、おしゃべりで、利己的で自己中心的で、
恩知らずの人間どもだ。だが私は別に驚きもせず、困ってもいない。
そんな連中のいない世界など想像できないのだから」(「道は開ける」P202)


しかし、それでもカーネギーは甘い。
人間を知っちゃいない、と生意気にも思ったところがあります。それは違いやしませんか。

「われわれは、自分に関心を寄せてくれる人々に関心を寄せる」(「人を動かす」P88)

カーネギーの書き出した処世マニュアルはかなり現実に沿っていると思いますが、
上記のものはそれほど広く通用するものでしょうか。
いくらこちらが関心を寄せても、
向こうはしがにもかけてくれないことはいっぱいありませんか。
大げさなたとえを持ち出せば、
アイドルをどれだけ追っかけても向こうはせいぜい握手をしてくれるくらいではないでしょうか。
ファンの大勢いる人気作家が愛読者のひとりひとりに関心を寄せていたら身が持ちません。
関心を寄せられるのが気持悪いということもあるでしょう。
カーネギーの法則なんぞを真に受けるからストーカーが生まれるとも言えるわけですね。
自分がこれだけ関心を寄せているんだから、おまえもおれに関心を持て。
ストーカーの行動原理はこの誤った思い込みに尽きるのではないでしょうか。
自分が相手にいくら関心を寄せても、
かならずしも相手はこちらに関心を持ってくれるわけではない。
この残酷な現実に見て見ぬふりをしているのは、人としてどうなんでしょうか。
自信満々で「おまえに興味がある」と言っても、
相手は自分のことなどどうでもいいと思っているかもしれない。
どうしていやらしいほど世間知に敏感だったカーネギーが、
あのようなことをいわば真理のひとつとして著作に書いたのか理解に苦しみます。

自分を棚に上げてはいけません。自分の話をしましょう。
わたしは好きな作家が幾人かおりますけれど、身分が自分よりはるかに上の
高名な先生がこちらにご関心を抱いてくださることはないとあきらめています。
というのも、自分がそうだからです。
くだらぬ不人気ブログを長年やっていますと、
「おまえのブログを読んでやったんだから自分のも読め」という注文が何度かありました。
どうしようもなく知らない人の日記ブログを5年分拝読したことまで実はあるのです。
そういう経験からカーネギーの言葉でさえ、絶対的真理ではないと思うのであります。
もちろん、ダメ人間でおよそ最低のわたしなぞに
ご関心を持ってくださった方には最大限の敬意を表しています。
ゆえに10時間以上かけてまったく知らない人のブログを気合で読むこともあるわけです。
しかし、それは自発的ではなく、なんというかその、やむをえずでありまして……。
「われわれは、自分に関心を寄せてくれる人々に関心を寄せる」
これは事実ではなく、そうだったらどんなにいいかという理想(夢)のような気もしますが、
まさか世間知らずのわたしが
多くの成功者から愛されているカーネギーを批判できるわけがありません。

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