ピンチのときには

ピンチのときにはどうしたらいいのでしょうか。
「ピンチはチャンス」という言葉が広く知られていますが、これはどういうことなのか。
みなさまは一部の成功者が「ピンチはチャンス」と言っているから正しいと思われますか。
もしかしたら、それはたまたま彼が成功したからそう言えるのではないか、
とも考えることができるわけです。
数知れない失敗者が「ピンチはチャンス」という言葉によって生まれたのかもしれません。
ところが、失敗者の意見はだれも重んじません。
このため、「ピンチはチャンス」という言葉だけがひとり歩きしている可能性はないでしょうか。
身もふたもないことを申します。「ピンチはチャンス」の意味です。これは――。
他人のピンチは自分のチャンス。自分のピンチは他人のチャンス。
そういう意味ではないかと考えることもできるのではないでしょうか。
まさか自分のピンチが100%自分のチャンスになるとは思いませんよね。

ビジネス的にはどう考えても、他人のピンチは自分のチャンスではありませんか。
ライバル会社が経営危機におちいったら、そのときこそ自社のチャンスでしょう。
このタイミングを逃がさずに相手の息の根をとめようしない経営者はバカです。
相手の立場を思いやってライバル企業に資金や情報を提供する会社がありますか。
これは企業間のみならず、
利益を共有すると一般的には思われている同僚とのあいだでも言えることです。
かなしいことにライバルのピンチは自分が出世する最大のチャンスですよね。
フリーター同士ならともかく一流のビジネスパーソンの世界はそう甘くありません。
甘いことを言っていたらすぐに寝首をかかれるのではないでしょうか。
競争が極めて激しいフリーランスの世界でも、
だれかが体調を崩して仕事を降りたときが待ちに待ったチャンスです。
仕事を独占していた大御所が亡くなったとき、
どれほどのフリーランスが陰で喜ぶことでしょうか。
「ピンチはチャンス」とは、そういう意味であります。
ノルウェーのイプセンと並ぶスウェーデンの文豪、
わがストリンドベリは「だれかの幸福はだれかの不幸」と見事に真実を言い当てています。

さあ、本題に入りましょう。ピンチのときにはどうしたらいいのか。
これから書くことはかなり正しいと思っています。
なにゆえ正しいのかと申しますと、たくさん本を読んだ結果だからです。
暇に任せていっぱい本を読んだら、
一般的に通用する正しいとされることくらいはわかります(わかったような気になります)。
しかし、ならどうしてわたしが1回たりとも
成功体験がないのか疑問に思う方がおられるでしょう。
答えはかんたんで、正しいことを知っていっても実行できないからです。
概して正しいことは、そういうものであります。
いやいや、賢明なみなさまなら正しいことを実践できるのかもしれませんけれど。
恥ずかしながら、わたしは正しいことをいくら知っても行動に移せません。
具体例をあげましょう。酒やタバコをお好きな人、完全に一生やめられますか?
酒やタバコでは説得力がないかもしれません。ギャンブルや性行為も一般的ではない。
なら、さあどうだ。あなたは健康によくないからといって、
美食(好きなものを食う)をやめられますか?
……はあ、きっとやめられる意志堅固な人もおられるのでしょうから、まったく人間は偉い。
そんなの生きていて楽しいのかなとも思いますが、じゃあ、これならどうですか?
嫌いな人を好きになれますか? みんな仲良くするのが正しいと知っていても、
あなたを嫌っていやがらせをしてくる人を心底から好きになることが果たしてできますか?

以上、正しい答えに意味はないということ申し上げたかったのであります。
正しいことを知っていても人間というものはなかなか実行できるものではありません。
そこのところをよくよくご理解いただいたうえで、
ピンチのときにはどうしたらいいかわたしの正しいと思うことを書きます。
しつこいようですが、わたしはこの正しいことを自分ではできないと思います。
さてさて、他人ではなく自分がピンチのときには――。

1.原因を考えない
どうしてこのようなピンチにおちいったかなどといっさい原因を考えてはいけません。
あいつのせいだ、あいつが悪かったからこうなったんだ、あいつがいなければ。
いくら他人を批判しても憎んでも呪っても過去は絶対に変わりません。
善人ぶって自分が悪かったのだとどれほど反省しても過去は過去のままであります。
自己卑下や自己嫌悪ばかりしていると、かならず心や身体に悪影響が出るでしょう。
ピンチの度合はさらに深まること必定です。
そもそもわれわれ人間に本当の原因などわかるものでしょうか。
原因は考えれば考えるほど答えが思いつき、そのたびに苦しみが増すことになります。
ピンチのときにはピンチの原因を考えないに尽きる。
もちろん、わたしはいくらそれが正しいと理解していても、
まさかそんな聖人君子めいたことはできませんよ。
常にうじうじ不幸の原因を考えては、他人への憎しみや自己嫌悪をこじらせています。

2.泣き言を言う(弱音を吐く)
ピンチになったときは、自分以外のだれかに話を聞いてもらうといいでしょう。
泣き言をいっぱい言ったほうがいいのです。思いつくかぎりの弱音を吐きましょう。
どうしてこうするのいいのか。ピンチの実態がわかるからです。
ピンチのときに「ピンチはチャンス」などと思うのが間違えているのです。
「ピンチはチャンス」は、他人のピンチに有効な考え方であります。
自分がピンチのときにそんなことを思ったら、ハイエナに食い散らかされるだけです。
かならずや善人面をしたハイエナにいいように身ぐるみはがされることでしょう。
なぜならピンチはピンチで、断じてチャンスではないからです。ピンチはピンチです。
どうしたらピンチはピンチだとわかるのか。泣き言、弱音を口にしましょう。
とはいえ、これは聞いてくれる人がいないとできません。泣き言や弱音を聞いてくれる人。
一見すると友人や知人が多そうな社交家も、こういうときに困ってしまいます。
しょせんは損得や利害でのつきあいなので、弱音を吐けないからです。
日ごろ友人知人の多さを誇っているものほど、ピンチのときにおのれの孤独を知るでしょう。
自分の弱みを見せられるのが友人という定義も完全な間違いではないような気がします。
そして、同性の友人にはプライドが働くため、なかなか弱みを見せられません。
とくに男は男同士で自分の弱点をさらせないようです。
(無関係ですが、だからドラマ「ふぞろいの林檎たち」の男同士の友情がひときわ美しいのです)
弱音を吐ける女性がいたら、男にとってどれほどありがたいことでしょうか。
女も女同士ではなかなか本当の辛さを言えないのではありませんか(わかりませんが)。
ところが、女性の場合、男に弱みを話すと肉体関係を迫られることが多々あるので危険です。
とはいえ、結局のところ男のほうがはるかに強がりのため(泣き言を言えないので)、
「ピンチはチャンス」などと最後までプライドにこだわり自滅する確率が高くなります。
男女の自殺率の相違がこの事実を証明しているとも言えましょう。
おかしなプライドに一生こだわりつづけるのが男というものなのかもしれません。
話は飛びますが、弱みは口にしても秘密までは話さないほうがいいでしょう。
秘密はピンチのときに他人に話すものではありません。
秘密はときに人と人との奇跡的な交流に結びつきますが、
同時に墓場まで持っていく秘密を持っていたほうが人としての深みが出るような気がします。

3.天に任せる
ピンチのときには、これはチャンスなどと思わず天に任せるのもいいでしょう。
お天道(てんと)さまが信じられなかったら、自然や運命に任せるのもいいと思います。
天(自然、運命)に任せるとはどういうことか。
最悪の事態を想定して、かりにそうなってしまっても仕方がないと断念することであります。
このピンチは最悪の場合どうなるかを考えましょう。
無一文になるならば、それも仕方がないと受け入れる。
刑務所に入ることになるのならば、やむをえない。
東京湾に浮かぶことになるのならば、そういう人生だったのだと思いましょう。
ピンチの顛末(てんまつ)が破産、罪人、死亡――もしそうなるならば、それが天の配剤なのだ。
それがほかならぬ自分の運命というものなのだろうと達観しましょう。
なかなかできるものではありませんが、死を受け入れるとかなり楽になります。
たとえば、いざとなったら自殺するしかないと思うことです。
自殺は絶対にいけないなどと思わないほうがピンチへの対策としてはいいと思います。
最悪の場合は死んでもいいか、と思うとかなりの冒険が可能になります。
相当なピンチをピンチとしてそのまま見ることができるようになるでしょう。
ここだけの話、自殺の成功率はかなり低いのではないのでしょうか。
こっそり申しますと、人間はそうそう死にませんよ。自殺はたいがい未遂に終わります。
死のうと思って死ねるほど、人生はちっぽけな人間ごときの支配下にはないのであります。
ひとたび自殺をしたことで周囲の理解を得られ、事態が好転することもありましょう。
心理療法家の河合隼雄氏によると、自殺未遂が最終的には功を奏したことも多いらしいです。
しかし、最初から同情目的で自殺未遂をしようと思ってはいけません。
自殺未遂をしようと思ったら、
あっけなく死んでしまうのが人間というものではないでしょうか。
なるべくなら自殺はしないほうがいいとはもちろん思います。
一度未遂をするとどんどん自殺の敷居(しきい)が低くなると聞きます。
だとしたら、できるだけ一度目をも避けたほうがいいでしょう。
そうは言いながらも、どうしようもなくなったらしてもいいような気がします。
わたしは度胸がないので一度も自殺未遂をしたことがありません。
とはいえ、自分の死を考えない生き方はだらしないとも傲慢にも思っております。

おさらいをしましょう。ピンチのときにはどうしたらいいか。
「ピンチはチャンス」などと思わないことです。
「ピンチはピンチ」とありのままに見ましょう。
ピンチをあるがままに受容しようではありませんか。
そのうえで、どうすべきなのか。
1.原因を考えない
2.泣き言を言う(弱音を吐く)
3.天に任せる
繰り返し書いていますが、かなりこの答えは正しいだろうとは思いながらも、
わたし自身はぜんぜんできていません。
いつもピンチのときは原因を考えて七転八倒しております(きっと、これからも、ずっと)。
天に任せるという境地からは程遠く、ぶざまにもあがいているのが現状です。
ああ、そうですね、泣き言や弱音を口にするのは、けっこうしているような気がします。
このため、人様にだいぶご迷惑をかけていることでしょう。
この自責の念をどうしているかと言うと、来世でご恩を返そうと思っています。
そう思い込むことでごまかしているのだと思います。ごまかす。自分を騙す。
ならば、「ピンチはチャンス」とごまかすのもきっといいのでしょうけれど、
「ピンチはピンチ」とあるがままにそのまま、たとえば宿命として引き受けるのも同様に、
あるいはもしかしたら前者よりもだいぶマシな生き方ではないか、とわたしは思っています。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3289-0f115c2d