「正しい」は「偉い」「おかしい」

「正しい」という言葉は魔ではないかと思うんです。悪魔の魔。魔性の魔。
たとえば「正しい」は「偉い」と等号(イコール)で結ばれます。
どうして「正しい」と「偉い」ことになるのか。
一般的に東大は「偉い」ことになっているからです。医者も弁護士も「偉い」。
難しい問題に「正しい」答えを多く書いたものほど「偉い」ポストに就くわけです。
このため「正しい」ことは「偉い」ことになります。
地位が「偉い」人は自分を「正しい」から「偉い」と思い「正しい」説教をすることでしょう。

また「正しい」は「おかしい」を作ります。
なにもないところから「おかしい」は出てこないのです。
「おかしい」から「おかしい」ということにはなりません。
なにか「正しい」とされるものがあるがために「おかしい」ものが出現します。
これも東大が「偉い」とされるに至ったのと同様に学校教育が関係しています。
選択肢の問題がありますでしょう。次の中から「正しい」答えをひとつ選びなさい。
このとき「正しい」選択肢以外は間違い、すなわち「おかしい」とされます。
先生が「偉い」とされるのは「正しい」答えを知っているからです。
答えを間違えたものは「おかしい」から、
したがって「正しい」答えを出すまで勉強(努力)を強制されます。
「おかしい」ものは「偉い」人から「正しい」答えを何度も教わることでしょう。
「おかしい」人を「正しい」人に変えることは善行、つまり「偉い」行為と見なされます。

「正しい」ことをたくさん知っている人は「偉い」と一般的に思われます。
ひっくり返すと「偉い」人の言っていることは「正しい」と信用されやすい。
「おかしい」人は「偉い」の反対になります。「偉い」の反対とはなんでしょうか。
偉くない、です。言い換えたら、未熟、下等、下賤、野蛮くらいになると思います。
我われは「偉い」人を尊敬します。
ということは必然的に「おかしい」人を軽蔑することになります。
ときに「おかしい」から嫌い、ときに「おかしい」から憎む。
話が飛躍するようですが、戦争が起こる原理はまさにこれであります。
我が国は「正しい」から我われよりも劣る「おかしい」国を攻撃してもよい。
少なくとも我が国は「正しい」から他国よりも「偉い」はずだと考えます。
こう考えると「正しい」という観念が戦争を引き起こしているとも言えるわけです。
自国が「正しい」なら相手国も同様に「正しい」とは思わない。
自分が自分を「正しい」と思うまさにそのように、
相手も相手を「正しい」と思うだろうとは想像できない。
どうしても祖国が「正しい」のなら敵国は「おかしい」と判断してしまいます

どっちも「正しい」と考えられたら戦争は起こらないのです。
対人関係の戦争、つまり言い争いや喧嘩は起こらない。
そうだとしたら、あらゆる不和は「正しい」がもたらすものなのかもしれません。
自分を「正しい」と思うとき、かならず付随して「おかしい」ものが出現してしまう。
「正しい」は「偉い」から、自分は「偉い」のだと思い上がる。
相手は「おかしい」のだから正されなければならないことになる。
もし「正しい」ことがないのだとしたら「おかしい」ものもなくなります。
みんな「正しい」と思えたら「おかしい」人はいなくなります。
同様、みんな「おかしい」と思えたら「正しい」人はいなくなります。
みんな「正しい」、みんな「おかしい」世界ではだれが「偉い」のでしょうか。
しかし、そんな世界は実現しないでしょう。
ひとりが「正しい」ものなどないと思ったところで意味はありません。
相手および周囲が自分(たち)は「正しい」と襲いかかってきたらどうしようもない。
よく自己啓発本には自分が折れたら相手も折れるなどと書いてありますが、
あれは理想論ではないでしょうか。
こちらが「おかしい」ことを認めてしまったら、
相手は徹底的に「正しい」攻撃を加えてくるのが現実というものです。
勝った、勝った、大勝利、大勝利と相手は喝采を上げることでしょう。
自分(たち)も「おかしい」と謙虚に認めることはまずない。
それどころかおまえは「おかしい」のだから謙虚になれと言ってくるかもしれません。

1.「正しい」=「偉い」→「おかしい」
2.「正義感」=「自己愛」→「大勝利」
3.「正統」=「高貴」→「被差別者」


上記の1は納得できても2、3のご同意はなかなか得られないかもしれません。
あるいは頭脳優秀な方は1から数多くの同型パターンを発見なさるかもしれません。
みんな「正しい」、みんな「おかしい」、
したがってみんながみんな「偉い」ような世界はおそらく今生には出現しないのでしょう。
このため、むかしの仏教者は極楽浄土を考え出したのかもしれません。
娑婆(しゃば)では、ほとんどだれもが他人よりも「偉い」立場にあこがれる。
「おれは間違っちゃいない」「おまえはおかしい」の怒号が飛び交う。
すべての元凶は「正しい」にあるのでしょうが、そうとわかってもどうしようもない。
「正しい」というのは人間が持って生まれた業(ごう)のようなものなのでしょう。

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