考えないヒント

世間知らずもいいところだけれど、スマホは月5千円も通信料がかかるとか。
外でネットをやるつもりがないのなら、
貧乏人にスマホはお金の無駄ですよって店員さんから言われた(一部被害妄想)。
もちろん、助言にしたがいむかしながらの携帯電話をそのまま利用している。
しかし、いまはスマホがあれば、なんでもその場で解決してしまうのか。
わからないことがあっても、家に帰ってパソコンで検索するまで待つ必要がない。
疑問はいだいた瞬間にスマホで検索したら答えが出てきてしまう。
本当は答えではなく、答えらしき(!)ものなんだけど、
じゃあ、本物の答えはなにかという話になると複雑だからここでは深入りしない。
むかしは疑問が生じたら、人に聞いていたのである(豊かなコミュニケーション!)。
友人が少ない(いない)人や家族と不仲な人は、
自分で書物をひもといて時間をかけて調べるしかなかった。
かつて孤独な人はいろいろあれこれ面倒くさくても自分で考えるしかなかったのである。

いまは友人が多い人も孤独な人もスマホがあれば、ほとんど考えないで済む。
なぜなら考えるというのは、まず疑問を持つことだから。
なんちゃって文化人のように、だからいまの人はいけない、なんて言うつもりはない。
いまの人は自分で考えなくなっているからよくない、なんて言う人の顔を見てみたい。
どうしてかと言ったら、どの面(つら)を下げて言っているのかという話になるため。
本当に自分だけでいろいろ考え始めたら、たぶん発狂してしまう。
それだけ考えるということは(よくわかりませんが)きっと苦しいことなのである。
なるべくなら考えないほうがいい。
考えることは、人を幸福ではなく、大概は不幸にするのではないか。
このため、わたしはスマホも非常にいいものではないかと思う。

とにかく考えちゃいけないんだ!
いままで多忙にしていた人が、
たとえばの話だが、ぎっくり腰で休まざるをえなくなったときなどいちばん危険だ。
それまで考えずに済ましてきたことを、いろいろ考えざるをえなくなるからだ。
人間というのはろくなことを考えないようにできているのである。
これは自己啓発書の古典的ベストセラー、カーネギー「道は開ける」にも書いてある。
人はなるべく考えずに多忙にしているのがもっともいい。
考え始めると、すぐに人生への疑問や不安、恐怖にとりつかれる。
だから、うつ病になりたかったら、じっくり人生について考えてみるにかぎる。
読み手のみなさま、どうか一瞬だけ
くれぐれも用心深くご自分の人生について真剣に考えてみてください。
ほうら、ほうら、すぐにこれまでの人生への無念、後悔、怨恨、
いまの世の中の矛盾や理不尽への憤り、
および将来への不安が駆け足でやってくるのではありませんか。

何度でも強調したいが、人生はとにかくあれこれ考えないほうがよろしい。
ならば、考えないためにはどうしたらいいか。
まずスマホはいい。スマホはすぐに「みんなの答え」を教えてくれるからである。
間違ってもスマホから手を放して「自分の答え」なんて考えてはいけない。
スマホのない貧乏人は家のパソコンでネットサーフィンをしましょう。
それからテレビもいいのではないか。
大人になってもまだできるのであればゲームなんか最高にいいと思う。
映画は、いまはレンタルが激安だ(なるべく芸術映画はやめておこう)。
活字が苦手でなければ、娯楽小説や新聞を活用するのもいい手である。
以下は本当に人それぞれだが、無駄話、噂話、飲酒、賭博、性行為も悪くないのだろう。
日本固有の賭博、パチンコはたいそう評判がよくないのでおすすめはしないが、
それでもよけいなことを考えてうつ病になるよりはよほどましのような気がする。
寝るのもいい。眠れないのなら、いまは内科でもよく効く睡眠薬を出してくれる(らしい)。

ことによったらパチンコよりも危ないかもしれないが、実は宗教もいいとわたしは思う。
ご本尊に向かって1時間でも2時間でもお題目(南無妙法蓮華経)をあげる、
なんていうのは実際かなり健康的な思考停止方法なのではないか(経験はなし)。
新興宗教はいったん入るとなかなか抜けられなくなるが、
いまどき伝統宗教の効くほうがめずらしいような気もする。
浅い勉強の結果だが、宗教は最後の最後で思考停止の一点に到達するのである。
たぶん、どの宗教もそうだ。
最後の一点とは、要するに信じるか、信じないか、である。

考えているふりをするのは知的でいいけれど、本当にあれこれ考えてはいけない。
たとえば読書をするのはいいが、しかし、じっくり時間をかけて感想を書くのはよくない。
古典を読んで自分で考えるなどもってのほかで、
そんなものはいくらでも解説書があるのだから読まないで済ませたほうが健康にいい。
健康にいいとは、精神的健康のことである。
うつ病のなにが苦しいかといったら(経験がないのでうっすらしかわかりませんが)、
たぶん身体が動かないためあれこれ考えざるをえないがゆえの不安や混乱だと思う。
大半の人間の頭脳は考え始めると、
どうしようもない不安や混乱におちいるように設計されているのだ。
身もふたもないことを言うと、
我われのような凡人は(例外的に優秀な自信家さんには失礼!)
考えるといってもどうせ似たり寄ったりのマイナス思考しかできないのである。
だとしたら、最初から考えないほうがいいではないか。
考えることなど深刻ぶった人間嫌いの暇人に任せて(苦しめ苦しめ、考えてもっと苦しめ!)、
我われはなるべく忙しくしていようではないか。
仕事や勉強、趣味娯楽遊興、資格取得、お稽古事、人交わり等に忙しいのは、
よけいなことをうだうだ考えるよりよほどいいとわたしは考える。
いや、そうわたしは思う。あるいは信じる。

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