聞こえているかもしれないわ

いまから4年まえのテレビドラマに山田太一脚本の「ありふれた奇跡」がある。
若輩無名のわたしなぞが
山田太一先生のドラマを語ってはいけないという声も多く耳にする(幻聴?)。
しかし、同年代同世代にもかの脚本家のドラマを好むものがいるのだ。
いつだったか(記憶をたどると3年まえでした)、
山田太一ファンクラブのようなものに誘われ(ありがとうございます)、
参加させていただいたことがある。
そのとき、まあ同世代と言ってよい北海道在住の女性と意見が一致したのである。
あまりおおやけに表明できることではないが、
山田太一さんのドラマでいちばん好きなのは「ありふれた奇跡」。
「ふぞろいの林檎たち」や「男たちの旅路」もいいが「ありふれた奇跡」はもっといい。
これは我われがいま(当時!)を生きる若者(?)だったからだと思う。
そのとき(=いま)を生きるものしか理解できないドラマがあるのかもしれない。

こっそり告白すると、わたしがいちばんと思う山田太一ドラマは「ありふれた奇跡」だ。
むろん、これは当時の生活環境が大きく影響しているので断じて絶対的なものではない。
「ありふれた奇跡」放送時は、まさかいまこうなっているとは思いもよらなかった。
あらゆる面においてである。映像状況もふくめてだ。
だからだから、「ありふれた奇跡」はすべてVHSビデオに録画した(DVDではない)。
ところが、である。
さっき調べたら「ありふれた奇跡」はいますべて無料でだれでも見られるようだ。
「ありふれた奇跡 動画」で検索したら実際に視聴できた。
いま第一話を見ているが、見ているのはドラマではなく当時の自分なのかもしれない。
あのころのことを見ているような感興がまざまざとあった。
いまさら気づいたのだが仲間由紀恵がこういっている。「聞こえているかもしれないわ」
祖母を演じる八千草薫との会話においてである。
芥川賞作家で紫綬褒章作家の宮本輝氏のみならず、
山本周五郎賞作家の山田太一さんもまた、
いまの物語において、若い女性のセリフの末尾に「わ」をつけていたのである。

まったく本当に女性が発言の最後につける「わ」はいいと思う。
そういう人といつか逢えたらと思う。むろん、老女と逢いたいわけではない。
思えば「ありふれた奇跡」放送時が、いまのところわが人生でもっとも幸福であった。

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