山田太一講演会

3月19日、銀座と並んで嫌いな街である渋谷に山田太一さんの講演を聞きに行く。
会場はさくらホールで後援は婦人之友社、お題は「いま生きているということ」。
以下に講演を再現するが、テープを取っていないので正確かはわかりません。
参考にするのは走り書きしたメモのみ。
もしかしたら話者が語っていないことまで聞き取っているかもしれません。
しかし、それも山田太一先生のお言葉ということでかなりの価値を持ってしまう。
この危険性をよくよくご了承のうえ、どうか記事をお読みください。

――(壇上に立って)僕は今年もう79歳になりますので(後ろの椅子を指し)、
もし倒れたらあれに座ろうと思って、置いてもらっています(場内笑い)。
婦人之友さんにはまえからお世話になっているため、この講演を引き受けました。
童話を書かせていただきました。
童話なんて書いたことがなかったんですけれども、
3人の子どもを育てたんだから書けるでしょうと言われまして、
そう言われたら書けるような気もいたしまして。
童話というのは難しいのですね。何歳の子どもを対象にするかということがあります。
3歳か6歳か、それとも小2から小3かでまったく違ってしまいます。
で、自分の子どもを育てたむかしのことを思い出そうとするんですが、
忘れているんですね(場内笑い)。いろいろなことを忘れてしまう。
いまは自分に自信がないときで、果たしてみなさんのためになることを話せるか。
ちょっと自信がありません。

ふたつ、若いときの体験を話そうかと思います。
戦争中、食べ物がなくて疎開していました。
疎開には縁故がいるところに行く場合と、そうではないものがあります。
僕のうちの疎開は近隣に知り合いがいません。
そうすると食べ物がないんですね。
高校のころ、よほど顔色が悪かったんでしょう。
後年の同窓会で「おまえ栄養失調みたいだったぞ」と言われましたですね。
母の実家が栃木にありました。お正月だけはお米を食べたい。
そういうことでお米を姉と僕とでもらいに行ったんです。9歳のときでした。
お米をもらって帰りの途中の駅で警官による闇米の取り締まりに遭いました。
みんなどうせ取られるからと思って、
網棚にあるものを、あれは私のもんだと言わないんですね。
姉が警官に、こういう事情があるんだと説明しました。
これは闇米ではありませんと。
すると、警官が逃げろと言うんです。ここからこうして逃げろ。
姉と僕は言われた通りに逃げました。
壁に隠れて見ていると、捕まった人はそのまま米の配給所に行列して行きます。
いちいち回収するのは面倒だからそうするんでしょう。

僕は長いこと、この体験に縛られていたようなところがありました。
はみ出さない人はダメだ。組織のなかからはみ出すような人がいいんだ。
この体験が自己形成におけるかなり重要な役割を果たしました。
組織からはみ出さないやつはダメだ、なんてほとんど固定観念でしたね。
ところが、あれは50代のころだったでしょうか。ある本を読んだんです。
それは警官のマニュアルのようなもので、書いてあるんです。
取り締まりのときでも、あまりにみじめな子どもは許しなさい(場内笑い)。
ちゃんと上から通達が出ていたんです。
あの警官が親切だから逃がしてくれたわけではない。
考えてみたら、ほかにも警官はたくさんいましたから、そんなことできないんですね。
あれはひとりの警官がはみ出したわけではなく、そういうシステムだった。
現実ってやっぱりそんなもんなんだな。
体験なんてあてにならないものだとえらいショックを受けましたですね。
長いこと頼りにしていた体験が、実はそうではなかったわけですから。

もうひとつの体験は、むかし身障者からインタビューをさせてほしいと言われました。
身障者のミニコミ誌からです。
これは失礼な話なのでしょうが、
いままで縁がなかったので僕のほうも身障者に好奇心がありまして、
いいですよと答えました。
渋谷の喫茶店で逢ったんですが、車椅子がふたつもみっつも入るとなると、
ほかの椅子をぜんぶどかさないといけないんです。そうしないと車椅子が入らない。
写真は脳性マヒの人がぶるぶる震える手でカメラを構えて撮っていました。
指がぶるぶる震えるから、なかなかシャッターが押せないんですね。
自分がいかに身障者のことを知らないか思い知らされました。
インタビューが終わってからお願いしたんです。
駅まで一緒に歩いていいか。後ろから車椅子を押させてもらいました。
すると危なっかしくてしょうがないって、さんざん車椅子の人に叱られました。
段差があるとき車椅子を持ち上げなければならないでしょう。
それが僕は下手だって(場内笑い)。

これをきっかけにして身障者の人たちと3年つきあいました。
当時はいまとは違って、身障者は外に出ると迷惑と言われていたんですね。
うちにいるしかない。家に閉じこもっているしかない。
いまは違うんでしょうが、人気のある映画に行っても、車椅子が入ってくると迷惑だ。
もっと空いているときに来い。こんなことが当たり前に言われていました。
その前提にあるのは、世間の考え方でした。人に迷惑をかけてはいけない。
世間ではこれが正しいことになっていました。しかし、本当にそうなのだろうか。
身障者の人たちから、ドラマでやってくれないかと言われました。
身障者の人が、人に迷惑をかけてもいいんではないか、と主張する話です。
しかし、僕はそれは違うと思いました。
身障者の人が世間に向かって、人に迷惑をかけてもいいと言ったらドラマにならない。
自分で言うなって話ですからね。
だから、僕は健常者が言うことにしました(「男たちの旅路」の鶴田浩二のこと)。
健常者が言う。迷惑をかけてもいいんじゃないか。
そのドラマの最後でこういうシーンを書きました。
駅で車椅子の少女がひとりで上に行こうとする。
いまと違ってエレベータやスロープはありません。
「どなたか上にあげてください」と車椅子の少女が知らない人にお願いする。
それを母親やおなじ車椅子の仲間が隠れて見ているんですね。
少女の声がだんだん大きくなっていく。どなたか私を上にあげてください。
すると、あげてくれる人が現われます。
いまと違ってテレビドラマにまだ影響力があったのでしょう。
このドラマが放送されてしばらくは実際にそういうことがあったと聞きます。
僕は、このドラマは成功した、なんて思っていました。

その後、身障者の運動が盛り上がりました。
大阪の地下鉄にエレベータができたという話を聞きました。
すると、車椅子の人は「あげてください」なんて言う必要がなくなるんですね。
エレベータに乗れよって話で。いまはホームでも駅員さんがあれこれやってくれます。
時代の変化がすごいなとつくづく思います。

むかし九州を舞台にしたドラマを書いたことがあります。
気の弱い青年が自分の弱さを克服するという話を書きたいと思いました。
どもりの人を主人公にしました。
どもりの人はカ行が言いにくいらしいのですね。カッカッカとなってしまう。
そこで九州でいい駅名はないかと探して春日原を見つけました。
むかしは自動券売機なんてないから駅員に春日原までください、と言わなければならない。
最初は春日原が言えないで歩いて家まで帰ってくる。
ドラマの最後で自分の問題を克服した青年が、
駅員にどもらずに春日原まで一枚と言って話が終わります。
しかし、いまは券売機があるから、このドラマはできません。

時代の変化がいい方向にとても激しいですよね。
商業主義もあるのでしょうが、
どんどん際限なく便利さや豊かさを追求するようになっています。
早ければ早いほどいいだろうということになる。
早いほうがいいなら、人と人の交流なんて時間がかかるからないほうがいい。
さっきのドラマの話ですが、
いまのどもりの人はなかなか気持を克服できないのではないでしょうか。
便利だと、心を育てられないところがあります。
心のひだがどんどんなくなってしまうと言いましょうか。
いつだったか、急行のとまらない駅に座っている人ってかっこいいなと思ったんです。
そういうドラマを書きたいと思いました。
小さな駅で急行がとまらないために、だれかとだれかが出逢う。
まだ書いていませんから、だれでもいいんですよ(場内笑い)。老人でも若者でもいい。
で、ドラマの最後におなじ駅で、ふたりが急行がとまらないでよかったねと話す。
その横を急行が、こう、びゅーっと通り過ぎていく(場内笑い)。

NHKのアーカイブスでショパンの特集を見ました。
ピアニストの仲道郁代さんがこういうことを言っていました。
ショパンが弱く弾けと書いてあるところを、
時代とともにどんどん強く弾くようになっていく。
弱く弾くところをみんな強く弾くようになっている。なぜなのか。
ショパンは、すごい不自然な弾き方を要求しています。
なんか指をこうやって、人差し指のつぎに中指をこうして(身ぶり)。
その弱い音はショパンの時代のようなサロンなら聞こえますが、
いまのようなホールだと音が小さすぎて聞こえないんですね。
だから、だんだん強く弾くようになったのではないか。
こういうショパンの話をテレビで知って僕はおもしろいと思いましたですね。
風鈴の音なんかもそうではないでしょうか。
5、6人なら小さな音も聞こえます。
しかし、大勢をまえにしたら小さな音のよさ、余韻は消えてしまいます。
小さな音を大きくすると音の質が違ってしまう。
ショパンのニュアンスが消えてしまう。本来の目的が変わってしまう。

新聞で読みましたが、渋谷の駅も新しくなりましたでしょう。
(このへんは聞き手がまったく無知無関心で調べるのも面倒なので多少はしょります失礼)
なんでも湘南新宿ライン(?)だと池袋から横浜まで35分。
東横線(?)だとだとおなじ池袋から横浜までが38分というんです。
わずか3分の違いなんですね(場内笑い)。
3分なんかどうでもいいじゃないですか。そこまで速さを追及することはない。
たしか金額が違って東横線のほうが安いのでしたか。
ならこの話に関しては、我われは安いほうに乗ればいいのでしょうが(場内笑い)。
少し不便なほうがいい、ということはないでしょうか。
せっかく横浜まで行くのだからゆっくり行ったほうが楽しいというような。
そう考えて行くと、横浜のほうがちょっと時間の流れが違う、
なんていうことにも気づきやすくなるのではないでしょうか。
いまは日本全国ほとんどどこに行っても駅前にあるのはチェーン店ですよね。
どこもぜんぶおなじになっています。
もちろん、チェーン店は安くて味だって変わらないからいい面もあります。
しかし、どこに行ってもうちの近所と変わらないのではやはりつまらない。
社会が成熟すると、不便を指向するようにならないか。
そんなことを僕は思いますですね。
30分で行けるところに、あえて1時間かけて行くのもまたいいじゃないですか。
ゆっくりすることのよさがもっと見直されなければならないと思います。
そんなことを言っても、
僕もせっかちだから半蔵門線ではもちろん急行に乗りますけれど(場内笑い)。

都会に住んでいるとそうなりますよね。
僕はハワイに住んでいる友人から教わりましたですね。
ハワイである日、公園に連れて行かれたんです。
友人は葉っぱを一枚ちぎって、これを嗅いでみろと言います。
顔を近づけると、葉のにおいがムッと迫ってきます。僕は友人にこう言われました。
「草のにおいなんてもう10年も嗅いだことはないでしょう」
本当にまったくそうだと思いましたですね。
都会に住んでいると、本当の生活から離れてしまっている。
こんなんじゃいけないんではないか。
もし無人島に流されたら僕なんかすぐに死んでしまうんじゃないか(場内笑い)。
ジャングルでひとり取り残されたら果たして生きていけるか。
都会に住んでいるとどんどんダメになっていくような気がしました。
しかし、実際に無人島に流れ着くことがあるかといったら、
そんな機会はまあないんですね(場内笑い)。
ジャングルに取り残されるような機会もないだろう。

現代の流通経済では、
木を切ったことのない人が家を買うということがいくらでも起こります。
なんでもかんでも自分でできるわけじゃない。分業しているわけです。
田舎がいいという単純な話ではありません。
田舎へ行って自分で家を建てて自給自足することばかりがいいわけではない。
都会はダメだ、田舎はいい、なんて言うけれどもそう簡単ではありません。
森や田舎の大変さを忘れてはなりません。
ノミやシラミがいます。むかしはノミやシラミがたくさんいて、
僕なんか寝ながら殺していましたが、いまはそうはいかないでしょう。
だから、田舎がいいばかりではない。
やはり都会もいいものである。スイッチを押したら電気がつく。
暑いときにはエアコンがあります。郵送物もすぐに届く。
自分でやる代わりにだれかがやってくれているから、この豊かさがあるわけです。
田舎がいいというのも間違っていませんが、
しかし都会の豊かさ素晴らしさにも、もっともっと意識的になるべきではないでしょうか。
コンビニに行けばなんでもあるし、都会に住んでいるのはいいことです。
電車が時間通りに来るのも考えてみればすごいことです。
いまは2分遅れたくらいで、とても謝罪しますよね。遅れて申し訳ありませんとか。
たかが2分遅れたくらいでそんなに謝る必要はないと思いますが(場内笑い)。

実際に渋谷に住んだらまた意見が変わるのでしょうが、
渋谷に住んだら劇場、映画館、デパートがそこらじゅうにあるわけでしょう。
そういうものが隣にあったら日常になってしまってつまらないのではありませんか。
これは住んでいないから言えるのでしょうが。
しかし、僕は川崎ですが、少し不便なところに住んでいるのもいいと思いますね。
川を越えて渋谷に来るのがいい。
僕よりもっと不便なところに住んでいる音楽家の家を訪問したことがあります。
駅のホームでその人がのんびり僕を待っているんです。麦わら帽子をかぶって。
その麦わら帽子を見てかっこいいなと僕は思った(場内笑い)。
僕も麦わら帽子を買おうかと思いましたもの(場内笑い)。
渋谷はいまビルがすごい建っています。
ビルのなかのテナントもお客が来ないとなると、すぐに変わってしまう。
そういうものなのでしょうが、それで本当にいいのかとも思いますですね。

この10年の大きな変化といったら老人が長生きしだしたことではないでしょうか。
僕なんか50代の終わりのころには、
そろそろこのへんで死ぬのかな、なんて思ったりしましたが(場内笑い)。
老人がどう死ぬか、というのがいま問題になっているような気がします。
お金があるならば、それはそれでいいのかもしれないけれど。
このまえNHKでお年寄りの特集を見ていたのですが、胃ろう。
胃ろうってわかりますか? 胃にこうして管を通すやつです。
僕なんかは胃ろうをしてまで生きたいとは思いません。
しかし、テレビで胃ろうをしている老人に質問するんです。
すると患者はなんと答えたか。「もっと生きたい」と言うんです(場内どよめき)。
驚きましたね。
僕は他人事だから、胃ろうをしてまで生きたくないと言うのかもしれない。
人間ってわかんない。わかんないから困っちゃう(場内笑い)。

ドラマのよさは、人間はこうだと言わなくていいところです。
そこが論文と違うところです。ドラマは結論がなくてもいい。
(なかばやけくそのように)この講演だって、僕はなにを言いたいんでしょうかね。
不便はいいけれど便利もいい。田舎もいいが都会もいい。
渋谷もいい。川崎もいい。古いものもいいし、新しいものもいい。
みんないいって言っているようなもんです。結論なんてない。みんないい。
みんないいで終わるとみんないい(場内一瞬混乱後すぐに爆笑する)。

僕が老人だからですけれど老人に関心があり取材をしました。
いまの認知症老人がどうなっているのかデイサービスなど取材させてもらいました。
芝居をひとつ書こうと思ったんです。
1月に俳優座ですることになりました(「心細い日のサングラス」のこと)。
お正月だから陰々滅々(いんいんめつめつ)だと困ると思いました。
未来のない老人にそれでもなにか救いのようなものはないか、という話です。
11月が締切だったんです。一幕目はとんとんと書けました。
ところが、終わりの15分前くらいで行き詰ってしまう。
いったい老人にどういう救いがあるのか。
まず自分が慰められなきゃいけないでしょう。
しかし、どう考えてもALSという難病を抱えた老人に救いがないんですね。
どうにかしてある種の普遍性を持つ、老人を励ます話を書けないか。
書けないんですね。本当に書けなくなりました。こんなのははじめてです。
もう年なのかなとさすがに思いました。寝ても夜中に目が覚めて起きてしまう。
1週間だけ締切を延ばしてもらいました。
お正月といってもすぐにやるのではなく9日からなので、
なら1ヶ月の稽古期間を考えても1週間はいいんだと思ったりして。
それでも一幕目だけ先に稽古に入ってもらったのでしたか。
(以下、山田太一先生のお話が多少混乱してきます。
いくぶんこちらで整理することをどうかお許しください)

文字で書いたものというものがあります。
その反対に歌というものがあるのではないかと思ったんです。
僕なんかは古い人間だから、
文字で書かれたものしか信じられないようなところがあります。
難病で未来のない老人に救いはあるのか。なくはないと思います。
モンテーニュ、ラッセル、アランなどは老人向けです。
哲学者というのは、体系を描きますでしょう。
しかし、世界というものは体系ではとらえられないと思うんです。
世界はこうなっていると理路整然と説明することはできないのではないか。
哲学とおなじく世界を描くとされる芝居は一時的な慰めです。嘘と言ってもいい。
だって、(芝居ならぬ)人生は完結しませんもの。
実人生というのはありきたりの繰り返しで、
昨日とおなじような今日がだらだらと続いていきます。
(芝居のように)完結しない。みんな途中でわけもわからぬまま死んでいく。
こういう世界を、ヘーゲルのように説明できるでしょうか。
僕はたとえばニーチェのアフォリズム(金言)のようなもののほうが、
よほど人生の機微をよくとらえていると思う。
アフォリズムは相互に矛盾しています。だから、いいのではないか。
僕はニーチェの矛盾しているところを素敵だなと思う。
(しばらく無言が続き)ですから――(とまた少し考え)、
ですからって、なにが「ですから」なんですかね(聞き手大爆笑)。
ぜんぜん「ですから」じゃないですよね(場内笑い)。

(注:文脈は依然として難病の老人に救いはあるか、です)
文字に対して、それ以外のメディアがあるのではないかと思ったんです。
若い人は文字よりも、それ以外のメディアに目が向いておりますでしょう。
むかし武道館のある九段下によく行ったことがありました。
音楽会のあった日には行列していて切符がなかなか買えないんですね。
新幹線に乗っていたときに、ある駅から若い人が大量に乗車してくることがありました。
なにがあったのかと聞くと、あるコンサートの帰りなのだそうです。
こういうことから、僕は思いました。
もしかしたら文字ではとらえられない優しさや愛というものがあるのではないか。
歌でしかすくえないような優しさや愛があるのかもしれない。
文字の世界は歌よりも冷たくて、まあ恋なんてないんだ、愛なんてない、となってしまう。
しかし、たとえ嘘でも恋があると思っていたほうがいいじゃないですか。
ないのかもしれないけれど、あったほうがいい。
文字で言えば、恋なんかエゴイズムの一種となってしまう。
しかし、若いときの恋はいいものです。これが永遠に続くと思っちゃいます。
なら、あると思ってもいいのではないか。
というのも、人は現実だけでは生きていけないじゃないですか。
現実は味気ない、どこまでもやりきれないものです。
この味気ない現実の反対にあるのがアートです。

(注:文脈は変わらず難病の老人に救いはあるかですが、芝居の話からは飛ぶ)
むかしどこかで読んだのですが、
どんな人にも死ぬ瞬間には恍惚感、満足感を得られるというんです。
どこで読んだのでしたか。
証拠のないことを言うなよ、とも思いましたが(場内笑い)。
しかし、そういうのもいいなと思ったんです。
死ぬ瞬間にいままで味わったことのない恍惚感、満足感をだれもが得られる。
だれの言葉だったか。自分でこう言っているだけですかね(場内笑い)。
でも、いい考え方でしょう。
証明できないから信じるしかないのですが。
欺瞞(ぎまん)も救いになることがあると思います。

(注:ここから話は男女論に大きく飛ぶ)
欺瞞は男性のものというような気がします。
対して女性にはもっとリアリズムがあるのではないでしょうか。
これを僕は、女性がメインで子どもを育てているからだと思います。
もちろん、ここにはお子さんのいらっしゃらない方もおられるでしょうが。
(婦人之友によるこの講演会の客席は裕福な身なりをした高齢女性ばかり)
僕は育ててみて思ったのですが、子どもは威張っているんですね。
3歳くらいの子どもは本当に威張っています。そこがかわいいのですが。
僕のような定収入のない男の子どもとして生まれて、
この子は不安じゃないのか、心配じゃないのか、なんて思いましたが(場内笑い)。
結婚して、人ってこうも違うんだなとそれはもう思いましたですね。
当時はのぼせている部分があって、それにだいぶ助けられましたが。
男は逃れることができる幻想がほしい、と思うものなのでしょう。
子どもが夜泣きをする。あれは朝だから朝泣きなんでしょうか。
子どもをあやしながら、早朝、顔なじみの牛乳屋が来て、
ああ、(人生って)こういうものなのだなと思いました。

生活の中心は女性のリアリズムにあるような気がします。
一方で男性は、変なものを集めるんですね(場内笑い)。
たとえば、骨董とか。
「なんでも鑑定団」に骨董を持って出てくるのはたいがい男性ですよね。
これには何百万円の価値があるとか、真剣な顔をして。
男性は現実から逃れよう、逃れようとするところがあるのではないでしょうか
むかし男女共同参画のとき、ある女性と対談して口がすべったんです。
うちの娘は人形が好きだから、やっぱり女の子はそういうのが好きなんだなって。
そうしたら相手の女性は怒りだすんです。
それは与えるから人形を好きになっているだけだって(場内笑い)。
うちの娘は機関車が好きです、なんて(場内笑い)。
仕事や職業においては男女は平等でなければならないのでしょうが、
好みまで平等でしょうかね。
うちは娘がふたり生まれて、しばらくしてから息子が生まれました。
すると息子はぜんぜん違う(場内笑い)。
冬山に登ろうとかバカなことを考えるのはたいてい男でしょう。
冬山なんていうのは女性のリアリズムの対極にあるものではないでしょうか。
しかし、全体としていまはファンタジーが貧しくなっているような気がします。
東海道を歩くぞ、なんて張り切ってもすぐに挫折してしまう。
カルチャーセンターでなにかを始めてもどうにも続かない。

(注:以下は男女差のみならず年齢差を問題にしたのでしょう)
小学校1年生でわかる範囲は非常に狭く決められています。
けっこうみんながみんなおなじものを好きになったりするものです。
一方で70歳の老人だとかなり差が出てきます。
老境はそれぞれ相当に違ってきます。
(注:このため骨董やロシアの絵画を好きになるものもいるということでしょうか?)

本当はどうなのか? いったい本当はどうなっているのか?
僕は、本当はどうなのかを描くのが、
テレビドラマもふくめた広い意味での文学の役割ではないかと思っています。
本当は果たしてどのようなものか?
社会科学のようなものでは本当のことはとらえきれないのではないでしょうか。
それはもう文学でしか扱えないものではないかと思います。
しかし、いまのテレビドラマは本当のことなんてどうでもいいようです。
本当のことよりも「犯人はだれか?」ばかりで(場内笑い)。
テレビドラマはもっと細かな味を描けるものだと思いますですね。
いまは映画のほうが小さな話をしきりにやるようになっています。
お金がないせいかもしれませんが。
フィクションは、どんなことでも書けてしまうのですね。
ドキュメンタリーだと人を傷つけちゃいけないから、
どうしても立ち入ると言っても限界がありますでしょう。
本当の夫婦喧嘩はなかなか撮影させてくれませんもの(場内笑い)。
どうしても喧嘩をやってくださいとお願いして撮ることになってしまいます。
しかし、フィクションでならどこまでも立ち入っていくことができます。
フィクションは、しょせん気晴らしだろうという文脈で語られることが多いです。
僕はそうではない、それだけではないと思いますですね。
どんな幻想を抱いているのか。どんな夢を抱いているのか。
現実はどういうものだと思っているのか。
こういうことがすべてフィクションにあらわれるのではないでしょうか。

(質疑応答)
こういう問答の大半は、質問者の長々とした身の上話が続くものばかりで
益することが少ないため、いままでは採録しませんでした。
しかし、今回は鋭い質問をする女性がいました。
「老人の救いの話はどうなりましたか?」と質問したのです。
わたしも会場では気づかなかったが、
いまメモをたどるとたしかに途中から話が大きく飛んでいます。
芝居(「心細い日のサングラス」)における難病の老人の話はどうなったのか?

――実は僕の小学校からの親友にALSにかかった人がいました。
お見舞いに行くたびに、本当にどんどん話せなくなっていくんですね。
また話すこともなくなってきました。
僕は黙って一緒にいるだけでした。
この場合、僕とその友人の関係性において、個人的なことは言えるんです。
だれかがこう言っていたという言葉を救いとして差し出すことはできます。
しかし、普遍的なことは言えません。
友人になら言えても、いろんな人が見に来てくださる芝居では言えない。
ですから、最後にみんなで歌わせたらいいんじゃないかと思いました。
芝居で、難病の老人は気づかずにいつも小声で歌をうたっているんですね。
それを周囲から指摘される。歌は僕の好きな「悲しくてやりきれない」です。
この「悲しくてやりきれない」を最後みんなで明るく大声でうたうことにしました。
成功したかはわかりませんが。
でも、観客席にはおいおい泣いている人もいたんです。

(編集後記)
質疑応答で知ったあれ(難病ALS)が実体験だったというのは驚きで、
なにやら創作の裏側を垣間見たような気がしました。
芝居「心細い日のサングラス」最後のいささか不自然な流れが、
作者の体験をもとにすると理解できるようになります。
でしたらドラマ「旅立つ人と」や
「ふぞろいの林檎たち4」の手塚理美の相手のエピソードも、
ある程度は実体験からの連想があるのでしょうか。
いや、体験前に書いた作品という可能性のほうが高いと思います。
なぜなら、この作家は体験からは書かない(書けない)ところがありますから。
山田太一さんがいつか書きたいとお話になった急行列車が過ぎ去るシーンは、
実は「小さな駅で降りる」のラストで書いているような気もしますが、
わたしなどよりはるかに山田太一ドラマに詳しい先輩諸氏、いかがでしょうか?

聞き手:土屋顕史(Yonda?)

(参考)過去の山田太一講演会↓
http://yondance.blog25.fc2.com/blog-entry-2830.html

COMMENT

nomi URL @
03/31 23:15
情熱大陸. 情熱大陸というドキュメンタリー番組で吉沢良太というあなたと同年代の脚本家が特集され脚光をあびてますが、土屋さんはいつ出演されるのですか?
Yonda? URL @
03/31 23:23
nomiさんへ. 

一生、出演することはありませんよ。
スマ URL @
04/08 22:32
Yonda様. こんばんは。
この講演は自分もメモをとりながら聞いていましたが、こちらのレポを拝読しますと、Yondaさんがかなり細密に再現されて書かれているので驚きました。読み返すと、会場の記憶が鮮明に甦ってくる気がします。お疲れさまでした。
Yonda? URL @
04/09 06:06
スマさんへ. 

おはようございます。それはどうもわざわざご丁寧にご指摘ありがとうございます。ということは、さほどこちらの創作は入っていないのかもしれませんね。まったく山田太一さんのファンの多さには驚かされます。
nomi URL @
05/06 09:15
こんにちは. Yonda様こんにちは、返信ありがとうございます。
最近、クドカンとか、劇団の脚本担当がドラマの脚本書いたり、俳優が構成作家したりしてますね。
吉沢良太の作品も演劇的ですし(リーガル・ハイとか、少しオーバーな感じ)
Yondaさんの退校処分の記事を読んで、自分ひとりで作品に応募され続けている方だと思い込んでいたのですが、一生TVに出演しないとお書きになられていて驚きました。Yondaさんはもうシナリオライターは目指していらっしゃらないのですか?私は、山田さんのドラマ作品をいくつか過去に見ましたが、退屈で挫折してしまいました・・・。きっと見る目が無いのだと思います。
Yondaさんのことは、シナリオライターを目指す方として、さささやかですが応援していたので、少し残念です。








 

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