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「人生の読本」

「人生の読本」(山口瞳・選/集英社文庫)絶版

→サラリーマン小説を集めたもの。裏表紙によると――。
「個人と組織の狭間で歪み苦悩する生活者の文学をテーマに、
傑作アンソロジー十三本を収録」。昭和56年刊。
だらだら感想を書き連ねると、
この機会にはじめて庄野潤三の「プールサイド小景」を読んだけれど、
むかしはこれで芥川賞なのかといろいろな意味でうなった。
開高健の「パニック」だけあまりにもつまらないので最後まで読めなかった。
芸術院賞を受賞した永井龍男の「一個」は、
こんなものをだれが褒めるのだろうと
作者の持っていたであろう黒い権力に恐れをなす。
いまはすっかり忘れ去られたけれど源氏鶏太の小説はうまい。この人いいな。
かといってさすがに全集を買うほど、この大衆作家に賭けられないけれど。
城山三郎もサラリーマンの悲哀を実にうまく描いている。筋運びもすばらしい。
阿部牧郎さん(まだご存命らしいので)の小説はエロくていい。
こういう官能性はいいな。ご縁があったらこの人のエロ短編をもっと読みたい。
なんといっても井上靖がいちばんいい。
解説の対談で山口瞳が「社長、重役らのトップ層が書ける」のは井上靖だけ、
みたいなことを言っていたが、まったくそうである。
井上靖の小説「満月」から印象に残った一文を引く。

「人間金ができると、権力や地位が欲しくなり、その次が女で、
女にも不自由しなくなると最後は名誉と勲章だな。
大高社長ぐらいの人でもやたらに勲章をほしがったからな」(P157)


選者・山口瞳の「シバザクラ」も意地が悪くてトラウマになりそうな小説だ。
山口瞳という人は本当に意地が悪い、つまりいい小説家だったのだろう。
「シバザクラ」のモデルはだれなんだろう?
会社勤めの経験がない人の世間知らずぶりをさんざん先輩社会人気取りで揶揄(やゆ)する。
この意地の悪さにはただならぬものがある。
山口瞳は会社員時代にいじめられた経験を執念深くずっと忘れなかったのだろう。
たぶん、作家になってからその仕返しに同業者をいびったことも多々あったのではないか。
だから、いまもって石原慎太郎のような人からぼろくそに言われるのである。
いまはもう山口瞳が男か女かも知らぬ人ばかりだろうから、
女嫌いの作家の短編小説「シバザクラ」から一部を抜粋する。

「私も世間知らずだった。
気質的には西藤と私はそっくり同じだったといってもよい。
しかし、私は十九歳のときからサラリーマン生活を続けていた。
私も西藤に似た失敗を重ねてきたのだ。
叱られてイジメられて唇を噛んで暮してきたのだ。
生意気だといわれ、思いあがりといわれた。
いつのまにか、二人の間の距離が広がっていったのである。
家のこと、育ちのこともあるだろう。
西藤は学生のときから小説家としての名が出てしまった」(P230)


いろいろな方面への深い怨念がじっとりしみ込んだ文章である。
かつての上司への恨み、家や育ちへの恨み、
学生のときに早々と作家デビューしたものへの恨み。
コンプレックスが強い作家ほど、うまくいくと多数派の支持を得るのだろう。
なんだかんだいって、みんなが持っているのがコンプレックスなのだから。
容貌へのコンプレックス、学歴コンプレックス、収入コンプレックス。
幸福になりたかったら人と自分を比べないのがいちばんいいのだが、
他人と自分を丹念に比較して恨みを育てていくと時にそこから花が咲くのだろう。

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