FC2ブログ

「三千枚の金貨」

「三千枚の金貨(上)(下)」(宮本輝/光文社文庫)

→なんでいま980円の靴を履いている人間が、
1300円も払ってこんな小説を読ませられなきゃならないのか、
本当にもう人生というものがいやになった。
どういう話かというと、40過ぎのエリートサラリーマン3人が、
3000枚の金貨がどこかの木の下に埋まっているという話を聞きつけ見つける話だ。
金貨は1億円相当らしく、
金のために動くというのがいかにも創価学会員のようで笑おうとしたが笑えなかった。
結局、見つけるのだが、掘り出すのは20年待とうなどと
成熟した大人ぶるところが、いかにも善人ぶりたい学会員のようでうんざりした。
金が目当てで動いたくせに、いざ金が見つかったらきれいごとを言うなよ。
主人公が銀座のバーで山盛りのキャビアをシャンパンで流し込むシーンがあるのだが、
980円の靴を履いているこちらはキャビアもシャンパンも
人生で一度として口にしたことがないので(別に食べたくも飲みたくもないがね)、
そういう舌の肥えた富裕層にしかこの小説のよさはわからないのかもしれない。
こちらとそう年齢が変わらないにもかかわらず、美しい妻のいるエリートサラリーマンが、
400万も若い水商売の女に金をつぎ込むところで泣きたくなった。
こちらはもう妻をめとるのでさえあきらめているのに、
なかにはちゃんとした奥さんもいるのに若い愛人までつくる果報者がいるのか。
40歳を過ぎると骨董がわかる、なんて話もどこの世界の話ですか? と悲しくなった。
貧乏人が売れっ子作家に成り上がると、
キャビアだのシャンパンだのゴルフだの愛人だの骨董だのと
自慢たらしく小説に書きたくなる気持はわからなくもないが、
毎日のように健康にもいい美食を召し上がっていらっしゃると、
そうでない読者がいることに想像が及ばなくなってしまうのだろうか。
いま思いついたが宮本輝氏の優秀なご子息ふたりは、
この小説に出てくるエリートサラリーマンのような恵まれた生活を送っているのだろう。
ちなみにご子息ふたりとこの文章を書いているものはそう年齢が変わらない。
どうしてあちらばかり恵まれているのか。
夫を若い小娘に寝取られたエリートサラリーマンの妻の発言にヒントがあろう。

「自分は宗教というものを持っていないが、
仏教には宿命とか宿業という言葉があるそうだ。
これまでその言葉について考えるというようなことはなかったのに、
いざ自分の身に夫の浮気という事態が生じて、
しかもその女が家にまで押しかけてくるなどという屈辱を味わってみて、
自分はこれこそが、柏木家の女たちの宿命、
もしくは宿業というものなのかもしれないと考えた。
もしそうであるならば、どこかでそれを完全に断ち切らねばならない。
だが、どうやったら断ち切れるのか……」(上巻P265)


やっぱり創価学会に入って宿命転換するしかないのかな。
宿命転換したらキャビアの山盛りをシャンパンで流し込めたり、
ゴルフ練習をしながら若い愛人を囲ったり、
50万もする美術骨董品を購入できるのだろうか? でも、そんなの幸福?
おそらく、創価学会にとっての幸福はそうなのだろう。

「損か得かで物事を決めることも大事でっせ」(下巻P124)

「忘れることが勝つことだ。傷をひきずらないことが勝つことなのだ」(下巻P128)


損より得を取れ。負けるな。勝て、勝て。創価学会精神をまるで隠さない作家である。

「何事にも表と裏がある。表が正、裏が邪というわけではない。
表と裏で一枚なのだ」(下巻P133)


社会や政治、芸能界の裏側でもしかして学会が暗躍していたりするのですか?
そういう表舞台には一生縁がなさそうなので、もうどうでもいいのだけれどさ。

小説を読みながらまったく笑いも泣きも生じなかったので、
細かなアラをチェックする意地悪おっちゃんになってしまったよ。
30歳そこそこのいまの女性が会話の語尾に「わ」をつけるのはありえないわ。
他人の海外旅行話ほどつまらないものはないのだが、
日ごろ周囲からちやほやされていると現実認識が鈍るのでしょうか。
知らない中年男の旅行話を楽しそうに聞いてくれる女子高生なんていないわ。
40過ぎのサラリーマンでメールの送信ができないやつもいないと思うわ。
それとこれは校正者のミスでもあるのだろうが、
4、50年前の会話に「真逆」という言葉が使われているのはおかしいわ(下巻P155)。
「真逆」は2000年ごろから使われ始めた最近の言葉だわ。

登場する芹沢由郎が池田大作氏、セリザワ・ファイナンスが創価学会の暗喩とも
読めなくはないので、ここだけは関心があって、どう描くのか期待していたら、
なんだか尻すぼみに終わってしまったので、これがもっとも残念だったわ。
池田大作氏が死なないうちはまだ書けないことがあるのかもしれないわね。
しかし、1300円を投入してなんでこんな悲しい気分にならなければならないのでしょう。
しつこいようだが、キャビアとかシャンパンとかフォアグラとか、なんだかな。
そういう高級食品って1300円で買えますか?
もちろん、わたしのこのつたない感想が正しいわけでは断じてない。
紫綬褒章作家の小説を正しく理解できないのは読み手が到らないからだと思う。
たぶん「三千枚の金貨」(金、金、金のすごいタイトルだよな……)は、
キャビアやシャンパンのようなものなのである。
わたしなんか下手をしたらいざキャビアを食べてもまずいと思うかもしれない。
シャンパンを飲んでもそうと知らなかったら焼酎のほうがうまいとも言いかねない。
だから「三千枚の金貨」は味のわかる、違いのわかる大人のための傑作小説なのである。
おもしろさを理解できないのは幼いせいと考えてまず間違いないだろう。
この小説は読者が果たして大人かどうかが残酷にもわかってしまう試金石と言えよう。
ぜひご一読をおすすめしたい。

COMMENT

- URL @
03/04 01:19
. まるで悪意の塊のような書評ですね。正直な感想でごめんなさい。
Yonda? URL @
03/04 21:09
名無しさんへ. 

まずこんなくだらぬ文章を最後までお読みくださりありがとうございます。
そんな悪意がやばいっすか?
書き手は読者様が文章を読後にどう思っていらっしゃるかはわからないんです。
いやあ、書き手は愛情の裏返しくらいの気持でした。
やべえ。悪意の塊ですか。削除したほうがいいっすかね?
まじい。やっちまったかもしれません。
正直なコメント、ありがとうございます。
この読書感想文でも書き手はかなり本音をセーブしたつもりでした。








 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/3213-5cb96581