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「口伝鈔」

「口伝鈔」(覚如/石田瑞麿訳/平凡社東洋文庫)

→「執持鈔」を書いて5年後、覚如の黒い野心は燃え盛るばかりである。
偉くなりたくて仕方がない覚如の悪だくみの結果がこの「口伝鈔」である。
自分は親鸞から正しい教えを口伝されたなどと言い放っている。
むろん、覚如が生まれたのは親鸞没後だから口伝などありえない。
このため、腹黒い覚如は次のようなお話を創作したのである。
親鸞は如信(善鸞の子)に教えを口伝している(これもさあどうだかという話である)。
その如信から自分は親鸞の教えを口伝されたと宣言するのである。
(ちなみにその如信は勉強嫌いのバカだったと解説で指摘されている)

「親鸞→如信→覚如」!
このため、全国にいる親鸞の弟子のなかで自分、覚如はいちばん偉いという理屈である。
学者の石田瑞麿氏も覚如はよほど好きになれなかったようで、
解説でさらに虚構を暴いている。
なんでも覚如が如信と面会したのは「口伝鈔」を書く40年以上むかしだったという。
そのとき覚如は18歳である。
こんな年若い青年に親鸞の教えが理解できるものだろうか。
まあ真実は前著とおなじで本書も「歎異抄」や「末燈鈔」からのパクリが多い。
かりに東国の弟子筋から聞いた話も入っていたとしたら、そこには価値がある。
それにしても口伝などされていないのにもかかわらず、
「口伝鈔」などをでっちあげる親鸞の曾孫の腹黒さはどうだろう。
善鸞といい覚如といい親鸞の血統は、どうしてか悪いやつが多いのである。

とはいえ、覚如の悪さは人間臭いと評価することもできよう。
聖人ぶったやつよりも俗臭ぷんぷんの愚人になぜか好感を持ってしまう。
それにしても覚如は腹黒い。
よほど「歎異抄」が好きだったようで、同内容を自分が口伝された話として書くのだ。
あの「往生のためなら人を千人殺せるか?」という親鸞のエピソードである。
ほとんどそのまま書き写したあと、
弟子のひとりが「とても自分の器量ではできません」と答えたと記す。
ここは「歎異抄」を読めば、唯円が答えているとわかるのである。
しかし、ずるがしこい覚如は唯円の名前を書かず弟子のひとりとぼかす(P111)。
曽祖父と血縁関係もないような唯円ごときに手柄を持っていかれてたまるか!
おそらく覚如はこう考えたのだろう。
「歎異抄」のすごさはだれよりもわかっていた覚如だが、
その名誉を受けるのは血統である親鸞一族でなければならぬと思ったに違いない。

浄土宗の悪口も公然と書いてあっておもしろい。
むかしから宗教というのは、近い関係を攻撃するのだとわかる。
(たとえば創価学会と日蓮正宗、親鸞会と浄土真宗)
親鸞はいまでは子孫の情報操作のおかげでだいぶ偉くなっているが、
もとは法然のあまたいる弟子のひとりに過ぎなかったのである。
浄土宗鎮西派の弁長という坊さんがいて、彼もまた法然の弟子のひとりであった。
この弁長のことを覚如が意地悪くおとしめるのである(P127)。
いわく、弁長を法然に引き合わせてあげたのは親鸞の親切であった。
弁長というのは、なんだか生意気なやつだった。
法然のもとで修行を終えたのちに弁長は師のもとを去るのだが、
そのとき法然が弁長の悪口を言っていたと覚如は嬉々として書くのである。
この性格の悪さ、陰湿さ、卑怯ぶりは人間臭いというほかなくほれぼれする。
法然上人が「弁長はまだダメだ」とどやしつけたと親鸞の曾孫が書くのである。
弁長は名聞(評判)や利養(金儲け)の欲がまだあるのでいかん!
弁長は反省して帰っていったが、まだ欲を捨てきれなかったため、
法然の教えとは異なることを主張するようになったと文章をまとめる。
名誉欲がいちばん強いのは実のところ、これを書いている覚如なのである。
偉くなりたくて尊敬されたくて仕方がなくライバルの悪評を広めようとする。
うんざりする向きもあろうが、まあ、人間こんなものだと思うと親しみがわかぬでもない。

まったくの悪人というのもいないわけである。
野心が強い人間というのは、やはりそれなりに優秀なのだろう。
本書で覚如がいくつかおもしろい説を出していたので紹介する。
しつこいと嫌気が差す読者もおられようが、また過去世の話である。

「いまこの世の有様によって過去において善行があったか無かったか
明らかに知ることができるだろう」(P104)


これは経典にある言葉だと覚如は言う。
「過去における因を知ろうと欲するならば」で始まる文だという。
解説者によると、いろんな書に引用されている言葉だが、出典はわからないとのこと。
正確には「欲知過去因。以現在果知。欲知未来果。以現在因知」――。
「過去における因を知ろうと欲するならば、現在の果を以って知るべし。
「未来における果を知ろうと欲するならば、現在の因を以って知るべし」
と勝手に読み下してみたが、まあ、それほどの間違いではないだろう。
結局、死ぬまで大した出世をできなかった覚如だが、本人の著書にしたがうならば、
残念ながら過去世であまり功徳を積まなかったのだろう(笑)。お気の毒さま♪

桁外れの野望を持っていた覚如はあまり常識にとらわれないほうだったのではないか。
本書で「阿弥陀仏=観世音菩薩(観音菩薩、観自在菩薩)」という説を紹介している。
博識な解説者によると、これは実際に不空訳の「理趣釈」に記載ありとのこと。
また源信も「自行念仏問答」でこのことを論じているという(P138)。
たしかに「阿弥陀仏=観音菩薩」というのは、感覚的に理解できる。
基本、どちらも民衆を救済してくださる絶対者なのだから。
両者ともに庶民の祈りの対象である。
もし「阿弥陀仏=観自在菩薩」ならば、「浄土三部経=般若心経」になってしまい、
わたしなどはそれでも十分に通用する見方だろうと思うけれども、
さすがに覚如もそこまで飛躍したことは書いていない。
まあ、覚如レベルの言葉がどれほど価値を持つのか知らないが。

また覚如レベルの言葉で申し訳ないが、この腹黒い坊さんは、
「浄土三部経=法華経」というかなり異端な信仰を説いている(P144)。
いわく、法華経の説かれた8年のあいだに王舎城の悲劇が起こったため、
仏は霊鷲山での説法を中座して王舎城にすがたを現わし、
他力の教え(観無量寿経)を説いたという。
ちなみにこの妄想、いや信仰の出典はほかにはないようだ。
おなじく覚如が著書「出世元意」で「法華念仏同体異名事」と記している。
こういう新たな説を出すところはおもしろいと思う。
出世はかなわなかったが、本物の野心家であったのは疑いえない。
ちなみに「念仏=題目」は「改邪鈔」で覚如が激しく否定している
踊り念仏の一遍が主張していたことである。

どうやら野心家でありながら失意の人生を送った覚如は酒好きだったようだ。
親鸞の話として、仏法は酒のようなものだと語られている。
「酒は憂いを忘れるという名がある」が、
愛するものと死別して悲嘆に暮れる遺族には、
死者はかならず安養の浄土に往生していると教えさとし慰めよ、と書いてある。
酒のように、悲しみを忘れさせてあげるのが仏法である。

最後に、腹黒い野心家にもかかわらず人生に失敗した覚如の教えをまとめておく。
書いているうちになんだか同情の念が芽生えてきたからだ。

【嫌われもの覚如上人の「口伝鈔」での教え】
1「おれは親鸞の曾孫だから偉い。みんな従えよ」
2「唯円は偉いが、名誉はおれがもらったぞ」
3「ライバルは悪評を流してつぶそう」
4「いまのあなたを見れば過去世で善人だったか悪人だったかわかる」
5「阿弥陀仏=観音菩薩」
6「浄土三部経=法華経」
7「仏法は酒のように悲嘆を忘れさせるもの」


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