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「三帖和讃」

「三帖和讃」(親鸞/伊藤博之:校注/「新潮日本古典集成」) *再読

→「三帖和讃」は親鸞がやさしい和語を用いて教えを説いたもの。
さて、唯円のほうが親鸞よりも深いのではないかと気づいてしまったいま、
意図せずして子孫から浄土真宗開祖にまつりあげられた親鸞をどう見るか。
浄土真宗が法然を見るように親鸞のことを考えたらいいのではないかと思う。
親鸞は師匠法然の教えを、言わば踏み台としておのれの信仰を形作った。
同様、天才の唯円は師である親鸞の教えをおなじく踏み台にしたのである。
法然の教えの煮詰まったものが親鸞思想だとしたら、
絶対他力信仰は名著「歎異抄」を記した唯円にいたって完成したのである。
名誉こそ親鸞の腹黒い子孫に横取りされてしまったが唯円は偉大な人である。
その唯円の師匠なのだから親鸞にもそれなりの敬意を払うべきなのだろう。
言うなれば、唯円の「歎異抄」を中心にして親鸞思想を見ていきたい。

いつだったか仏教にまったく関心のない人から、
「結局、阿弥陀仏ってなんなの? 釈迦とどう違うの?」と聞かれて
恥ずかしながら答えに窮したことがある。
しかし、浄土真宗の門徒さんも不意にこんな質問をされたら困るのではないか。
浄土真宗では釈迦ではなく阿弥陀仏を信仰するが、この仏はいったいいかなる存在か。

「弥陀成仏のこのかたは
いまに十劫(じゅうごう)とときたれど
塵点久遠劫(じんてんくおんごう)よりも
ひさしき仏とみえたまふ」(P75)


法蔵菩薩が阿弥陀仏になってから十劫(とても長い時間)が経過したと経にはあるが、
本当は永遠といってよいほど計り知れないむかしに成仏されたのだよ。
つまり、計測可能(相対)の仏ではなく測定不能(絶対)の仏である。

「久遠実成(くおんじつじょう)阿弥陀仏
五濁(ごじょぐ)の凡愚をあはれみて
釈迦牟尼仏としめしてぞ
迦耶城(かやじょう)には応現する」(P87)


仏教の開祖と言われている釈迦は、実のところ永遠仏である阿弥陀仏が、
我われのためを思ってはるかむかしインドに現われた仮の存在に過ぎない。

「阿弥陀仏(絶対)>釈迦(相対)」

まあ、わかりやすく言ったらいちおう仏教は名乗りたいけれども、
釈迦の教えはくだらないと思ったインドの不穏な連中が、
しかしそれでも名義上は開祖の釈迦を粗末にはできないと思案した結果、
釈迦は阿弥陀仏の仮のすがたであるという説明に到達したわけだ。
この阿弥陀仏信仰がシナを経由して日本に輸入された。
日本の法然はあまたの仏典を読み比べた結果、
釈迦(相対)よりも阿弥陀仏(絶対)を信仰すべきと考えた。
法然の弟子である親鸞も同様である。

親鸞の仏教思想のひとつの特徴は悪人に目をつけたことである。
悪人は本当に悪なのだろうか。
こういうふうに親鸞が考えるにいたった理由として、
阿弥陀仏の絶対的価値に無意識的だろうが思いが及んでいたのではないか思う。
どういうことかと言うと、善悪というのは、どこかでも相対世界の問題なのだ。
絶対から見たら善悪など、どうでもよくはならないだろうか?
嫌味な言い方をすると、善悪を問題にするのは釈迦レベルなのである。
人間世界を生きた釈迦の説いたのは、所詮は善悪レベルの問題でしかなかった。
しかし、阿弥陀仏の大きさに親鸞は思いをはせたのである。
阿弥陀仏レベルになったら善悪なんていう問題は大したことがないのではないか。

「阿弥陀仏(絶対)>釈迦(相対=善悪)」

この阿弥陀仏の絶対世界から善悪を見るときに、
親鸞の注目したのが浄土三部経のひとつ観無量寿経であった。
観無量寿経は、大無量寿経、阿弥陀経に比べると物語性(娯楽性)が強い。
これはどういうお経かと言うと、
釈迦が絶望した韋提希(いだいけ)夫人に説いた教えだ。
どうして韋提希夫人が絶望したかと言うと、
息子の阿闍世(あじゃせ)が父王の頻婆娑羅(びんばしゃら)を殺害せんがために、
具体的には餓死させようと塔に幽閉してしまったからである。
息子が夫を殺そうとしているのだから、母たる韋提希夫人の絶望は深い。
さて、この不幸を引き起こした原因は過去にあるのである。
(この物語は観無量寿経にはなく、涅槃経や善導の観無量寿経疏(観経疏)による)
むかし頻婆娑羅と韋提希の夫婦には子どもができなかった。
どうしたらいいか易者に問うと、ある山奥の仙人が3年後に死ぬことになっており、
その仙人が生まれ変わって夫婦の息子として誕生するというではないか。
ところが、頻婆娑羅王は3年を待ちきれず仙人を殺してしまう。
いわれもなく殺害された仙人は王をひどく恨みながら死ぬ。
仙人が死んだのち、まもなくして生まれたのが阿闍世である。
この阿闍世が長じて提婆達多(だいばだった)にそそのかされ、
父王の頻婆娑羅を塔に監禁したというわけである。因果がめぐったとも言いうる。
果たして幽閉された頻婆娑羅は餓死したのか。いな、である。
韋提希夫人が身体にこっそり蜜をぬり夫の面会に行っていたからだ。
これを知った阿闍世は父のみならず母も密室に閉じ込めてしまう。
韋提希夫人はもう救いがなく、釈迦に祈るしかなかった。
このとき釈迦が飛んできて、絶望する夫人のために説いたのが観無量寿経である。
この観無量寿経の物語を親鸞はどう解釈したか。
かなり独特の解釈をするのである。

「恩徳広大釈迦如来
韋提夫人に勅してぞ
光台現国のそのなかに
安楽世界をえらばしむ」(P82)


直後に続けて――。

「頻婆娑羅王勅せしめ
宿因その期をまたずして
仙人殺害のむくひには
七重のむろにとぢられき」(同)


ここをどう読むかというのがとても重要なのだと思う。
釈迦如来が韋提希夫人に命令して安楽浄土を選ばせた。
韋提希夫人は釈迦如来によって、いまのような宿命をになわされた。
おかげで安楽浄土の教えが説かれるにいたった。
もし韋提希夫人がこのような絶望に遭遇しなかったら、
釈迦が観無量寿経を説く機会もなかった。
この解釈は学者の伊藤博之氏も支持しているから一般的なのだろう。

その次をどう解釈するか、である。
「頻婆娑羅王勅せしめ」をどう読むかだ。
わたしは学者の解釈とは異なり、
このまえに「恩徳広大釈迦如来」が省略されていると思う。
つまり、「(恩徳広大釈迦如来が)頻婆娑羅王(に)勅せしめ、
宿因その期をまたずして、仙人殺害のむくひには、七重のむろにとぢられき」。
「釈迦如来が頻婆娑羅王に命令して、仙人の本来の寿命を待たないで殺させた。
その報いとして王はいま幽閉されている」と読みたい。
学者は「頻婆娑羅王(が部下に)勅せしめ」と読んでいるけれども、
「恩徳広大釈迦如来(が)頻婆娑羅王(に)勅せしめ」のほうが正しいと思う。
頻婆娑羅王は釈迦如来に仙人を殺すという宿命をになわされた。
その報いとして、息子に監禁されてしまったわけである。
しかし、この反逆事件が起きなかったら観無量寿経は説かれなかったのである。
専門の学者に逆らうのは生意気なのだろうが、こちらの解釈が正しいのではないか。
「勅してぞ」「勅せしめ」はどちらも釈迦如来の意思と読むべきである。
このような辛酸を舐めねばならぬのが韋提希夫人と頻婆娑羅王の宿命だったのである。
阿闍世はどうか? 阿闍世は悪いのだろうか?
そもそも父の頻婆娑羅王が仙人を殺さなかったら、この造反劇は起こらなかった。
とすれば、阿闍世も父殺しを宿命として持っていたことになる。
阿闍世がそうであるならば、
父の頻婆娑羅王もまた明示されていないが仙人を殺さななくてはならぬ因縁を
(まさに息子の阿闍世とおなじように)生まれるまえに持っていたことになる。
わかりやすく説明すると以下のようになる。

1「(?)→子どもを早くほしかった頻婆娑羅が仙人を殺害する」
2「恨みをいだいた仙人が阿闍世に生まれ変わる」
3「阿闍世が父王を幽閉する」
4「母親の韋提希夫人が絶望する」
5「釈迦が夫人に観無量寿経を説く」

3の原因として2があったとしたら、1の原因にもかならずなにかあるはずである。
頻婆娑羅が悪かったから仙人を殺害したわけではないことになる。
なぜなら阿闍世が父を死にいたらしめたのにも過去世における原因があったのだから。
しかし、阿闍世はなにゆえ自分が父を殺そうとするのかはわからない。
ならば、同様に頻婆娑羅にも仙人を殺さなければならない原因が過去世にあったはずだ。
阿闍世も頻婆娑羅も悪くない。
というか、そもそもこの悲劇がなければありがたいお経は説かれなかった。
すべては必要なことだったのである。
頻婆娑羅は仙人を殺さなくてはならなかった。
阿闍世は父王を幽閉して餓死させなければならなかった。
韋提希は頻婆娑羅のもとに嫁し、阿闍世を産まなければならなかった。
三者ともにどうにもならぬ宿業(宿命)を持ち合わせたということだ。
おそらく、仙人も頻婆娑羅に殺されなければならない宿命を持っていたのだろう。

「歎異抄」第十三条の「ひと千人ころしてんや(人を千人殺してみろ)」は、
十中八九、以上のような観無量寿経解釈を経て到達した宿業観である。
親鸞いわく、人を殺してしまうのはかならずや過去世に宿業があるからである。
阿弥陀仏(絶対)から見たら、そういう悪(殺人)にもきっと意味があるはずだ。
頻婆娑羅や阿闍世の悪(殺人)にも意味(=釈迦説法の機縁)があったのだから。
もちろん韋提希夫人は救われなければならないが、
むしろ夫人よりも頻婆娑羅や阿闍世が救われなければならない。
というか、韋提希夫人がなぜ苦しんでいるかと言ったら、理由がわからないからだ。
なにゆえよりによって自分の愛する息子が、おなじく愛する夫を殺そうとするのか。
だが、この悲劇には阿弥陀仏から見たら非常に重要な意味があった。
このことを知ったときに韋提希夫人は救われるのだと思う。
(一見すると)悪人の頻婆娑羅や阿闍世が救われることで、
なりより韋提希夫人自身が救済されるのである。
相対の世界の悪(殺人)は、絶対から見たらそうではないかもしれない。
いや、絶対から見たら間違いなく悪は悪ではないのである。
悪人こそまず救済されるというのは、こういうことなのである。

「この世(善も悪もない)←浄土(阿弥陀仏)」

以上のような思想が和讃ではこう教え説かれる。

「弥陀 釈迦方便して
阿難 目連 富楼那 韋提
達多 闍王 頻婆娑羅
耆婆 月光 行雨等」(P83)


たまには学者先生に敬意を表して、そのまま訳を引いておこう。
「弥陀と釈迦は方便のてだてを以て、王舎城の悲劇を現じ、
阿難以下の人物のかかわりを介して衆生に弥陀の本願を知らしめた」。
悪人と目される提婆達多も阿闍世も頻婆娑羅も尊者だと言うのである。
以下引用文の「大聖」とは悪役もふくめた悲劇の登場人物全員のこと。

「大聖おのおのもろともに
凡愚底下のつみひとを
逆悪もらさぬ誓願に
方便引入せしめけり」(P84)


悪人も救済されると教えるために聖人たちが悲劇を演じてくださったのである。
すべては方便(嘘も方便!)ということだ。

「釈迦韋提(いだい)方便して
浄土の機縁熟すれば
雨行大臣証として
闍王(=阿闍世)逆悪興ぜしむ」(同)


浄土の教えを説く機縁が熟したから、
釈迦や韋提希夫人が嘘も方便のような形でグルになって、
なおかつ雨行大臣の偽証のようなあさましい事件が起こり、
すべての結果として見苦しくも阿闍世が父を殺そうとしたのである。
わかりやすくまとめると以下のようになる。

☆「この世の悲劇=阿弥陀仏のはからい←浄土(絶対)」
☆「この世の不幸=阿弥陀仏のはからい←浄土(絶対)」
☆「悲劇や不幸=意味がある←浄土(絶対)」
☆「相対世界=そのままで価値がある←浄土(絶対)」
☆「マイナス=プラス←浄土(絶対)」
☆「諸事全般=他力=自然(じねん)←浄土(絶対)」


以下少しばかり駆け足で親鸞の他力信仰と自然法爾の思想を見ていく。

「無碍光の利益より
威徳広大の信をえて
かならず煩悩(ぼんのう)のこほりとけ
すなはち菩提(ぼだい)のみづとなる」(P113)


☆【「氷(煩悩)→水(菩提)」←夕日(阿弥陀仏)】=自然(じねん)

これは臨済宗の一休宗純禅師もおなじことを道歌で説いている。

「雨あられ雪や氷とへだつれど とくればおなじ谷川の水」

☆【(太陽→)「あられ=雪=氷」→谷川の水(→大海)】=自然

「罪障功徳の体となる
こほりとみづのごとくにて
こほりおほきにみづおほし
さはりおほきに徳おほし」(P114)


☆【「氷↑=水↑」「罪障↑=功徳↑」「苦悩↑=歓喜↑」】←阿弥陀仏(浄土)

「弥陀の智願海水に
他力の信水いりぬれば
真実報土のならひにて
煩悩菩提一味なり」(P150)


☆【相対:川→→(他力)→→絶対:海(煩悩=菩提)】=自然

他力(自然)というのは、川が海に流れ込むことなのだろう。
この自然のイメージは、
人気作家の宮本輝氏(「蛍川・泥の河」)や五木寛之氏(「大河の一滴」)も好む。
井上靖氏も川が好きであったことで知られている。
それぞれ人間は無数の川のようなもので、ときに合流、ときに分流するが、
結局はみなみなどの川も海(死=大きないのち)に帰っていく。

「弥陀智願の広海に
凡夫善悪の心水も
帰入しぬればすなはちに
大悲心とぞ転ずなる」(P156)


☆「善悪の分別(川=人間世界)→→自然→→大悲心(海=阿弥陀仏の世界=浄土)」

川が海へと流れ込むのは自然であって、人力の関与するところではない。
まさしく自力ではなく他力である。
氷(煩悩)はそのまんまにしておけば自然と太陽熱(阿弥陀仏)で水(菩提)になる。
だとしたら、なぜか易行の他力浄土信仰が難行自力の禅の世界に通じてしまうことになる。
臨済宗の一休宗純禅師の以下の道歌もまた自然(じねん)をうたっているのではないか。

「そのままに生まれながらの心こそ 願わずとても仏なるべし」
「わが心そのままほとけ生きぼとけ 波を離れて水のあらばや」


一休=「そのまま=自然=他力=煩悩菩提一味」=親鸞(→唯円)

(参考)4年前の感想「歎異抄 三帖和讃」↓
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