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「般若心経の本」

「般若心経の本」(学研)

→多くの人の般若心経解釈を集めたもの。
いろいろな解釈があるな~と思う。
なかにはおまえ絶対に般若心経を理解していないだろうというものもあったが、
それなりの肩書の人が言っていることだし、真理は人それぞれと思っているから、
どこぞの新興宗教信者のように破邪顕正、
つまり絶対的真理(=当人の熱い思い)を訴える気にはならない。
全体的に科学に気を遣い過ぎているような気がした。
科学なんて当面真理で、どうせどれも50年後には否定されるものばかりなのに。
おそらくいま最大多数の信者を持つ新興宗教が科学なのだろう。
わたしは般若心経の怪しいところが好きなのだ。
気味の悪いところ、呪術めいたところが好きと言い換えてもよい。
わからないところがいいじゃないか。
実のところ、我われの周囲もわからないことだらけなのだ。
いまどうしてこうなのかはわからない。
なぜいまの両親の子として産まれたのかわからない。
将来、なにが起こるか絶対にわからない。
いつ死ぬのかだれもわからない。死んだらどうなるのかだれもわからない。
いつだれと出逢うのか、だれとも出逢わず死ぬのか、それも死ぬまでわからない。
実際はわからないことだらけなのである。
そのとき意味がよくわからない般若心経を意味のわからぬまま唱えるのは、
かなりすぐれた人生戦術だと思う。

いや、人によっては法華経でも正信偈でもいいのだが。
みなさんが好きな法華経も結局のところ最後まで内容はよくわからないでしょう?
わからなくていいのである。わからないからいいのである。
本書に薬も効かない重いうつ病で苦しんだ弁護士が、
わずか半年座禅をしただけで完治したという話があった。
それからブッダや般若心経に興味を持ったという。
この人は座禅で救われたが、軽いうつ病くらいなら般若心経で治ることもあるだろう。
どうしてうつ病になるのかは究極的にはわからないから、
よく意味がわからない般若心経を唱えることでなぜか元気になってしまうこともあるのである。
しかし、自信たっぷりなやつというのはいやなものである。
本書でも自分の解釈は絶対正義とでも言いたげな偉そうなやつがいた。
肩書を見たら天台寺門宗なんたら布教師となっていたからこのためだろう。
いち集団の真理を自分のものとして疑わない、そこそこ幸せな人がいるのである。
二種類の人間がいる。
真理はだれかから教わるものと勘違いしている人と、
自分の真理は自分で見つけるしかないという意気込みのある人と。
そのだれかから教わった真理を疑いもせず、
他人にも教える人はかなり正しいのだと思う。
たとえば般若心経の空(くう)をこう解釈している。
ほかでも似たようなものを読んだことがあるから多数派の共通認識なのだろう。
「大般若経」にいわく――。

「諸法皆是因縁生 因縁生故無自性 無自性故無去来 無去来故畢竟空」

書き下すと――。

「諸法は皆これ因縁より生ず。因縁より生ずるが故に自性なし。
自性なきが故に去来なし。去来なきが故に畢竟空なり」


みんな因縁によってたまたま存在しているだけだから空(くう)なんだよ。
しかしさ、こう教えられてもぜんぜん役に立たないわけ。
こんな文章の正しい意味を理解しても、ゆめゆめうつ病は治らない。
わけがわからないものとしてお経を唱えるとき、
どうしてかわからないけれど病気がよくなったりすることがあるのだと思う。
真実はわからないのである。
なぜこうなのかも、これからどうすればいいのかも、みーんな、実はわからない。
だから、意味のわからないお経を唱えることで救われることがたまさかあるのである。
もちろん、お経を唱えたらかならず事態が改善するわけではない。
すべては人間にはわからないのである。
般若心経の最後の呪文は、このため、わからないからこそ偉大な価値があるのである。

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