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「金剛の針」

「金剛の針」(中村元訳/「原始仏典」筑摩書房)

→いまから千数百年まえに仏教徒が書いたカースト否定論とのこと。
きっと「人間は平等」とかうそぶいてカーストの底辺層を取り込もうとしたんだろうな。
ちりも積もれば山となるで、小額のお布施でも信者数が多ければ儲かるから。
「金剛の針」をわざわざ日本の読者に紹介するような東大の中村元博士は、
なーんて人格者でお偉い方なんでしょう、と思わせたいのかと思ってしまった。
「人間は平等」なんて嘘八百は、偉い人が言うからありがたいんだよね。
底辺層からの人気もゲットできて、さらに偉くなれるのだから、こんなうまい話はない。
しかし、「人間は平等」なんて真っ赤な嘘をつく厚顔な偉い人こそ、
実際は「人間は平等」なんてちっとも思っていないのである。
「人間は平等」というパフォーマンスを何度も庶民に見せつけたがるけれども、
毎日顔を合わすような部下はきまって奴隷のように扱うわけさ。
それでいいのいいの。人間、そんなもんだから。
往来で汚らしい格好の底辺庶民が「人間は平等」なんて叫んでいても、
だれだって鼻で笑って終わりでしょう。
なーに、バカ言ってんだよ。おまえ、なにさまのつもりだ、おいって話で。
要するに、自分より下の人から「人間は平等(おれとおまえは同格)」
と言われると腹立たしく、反面、自分よりも上の人から
「人間は平等(あなたと私は差がありませんよ)」
と言われるとシッポを振ってワンワンそのお方についていきたくなるってこと。
ああ、いつか温厚な笑顔で「人間は平等」と言えるほど偉くなってみたいもんだ。
このため、「金剛の針」の存在によって、こんな主張をできるほど、
この時代の仏教は偉くなっていたことがわかる。
歴史的事実を述べると、高みから「人間は平等」なんて説教していた仏教は、
カースト制が大好きな人民から見放されインドから消滅してしまうわけだ。
やっぱ最底辺の奴隷から「よお!」とかタメ口をきかれた偉い人が怒ったのかしら。

ちなみに「金剛の針」がカーストを否定する根拠は業(行為)である。
どうしてこうまで仏教は業にこだわるのだろう。
語句の解説をしておくと、シュードラは奴隷階級で、バラモンは司祭階級。

「……シュードラでさえも、バラモンとなり得る」(P343)

その前提となる考え方は――。

「家柄によるのでもなく、生れによるのでもなく、
ただ行ないによってのみ、バラモンとなるべきものである」(P346)


日本のお坊さんだって「人間は平等」なんて思っていないでしょう?
なぜって伝統仏教団体トップはみんな世襲だから、
これって要するに生まれゆえにいい暮らしをしているわけじゃないですか。
この点、新興宗教は生まれと関係なく出世できるのがよろしい。
創価学会くらい古くなるともうダメかもしれないけれども、
新興宗教の成立期から参加すれば、生まれに関係なくどこまでも偉くなれる。
しかし、団体が大きくなり古株になると、本当の正体を知っているがゆえに教祖から疎まれ、
いきなりクビを切られ復讐として暴露本を書くという哀しい人生になるかもしれないけれど(笑)。

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