「酒と肴と旅の空」

「酒と肴と旅の空」(池波正太郎:編/新潮社)

→古きよき文士の酒食にまつわる名作エッセイを集めたもの。
文士は味わいのプロである。うまいものがあったら徹底的に食らう。
宇野鴻一郎は南国の沖縄で泡盛をぐいぐい飲みながら豚足3個を平らげる。

「喰いすぎの苦痛はたしかに苦痛ではあるが、
どこか心楽しい、充実した、悦びに満ちた苦しみである。
胃の内容物が逆流せぬように注意しつつおくびをもらし、ついでにあくびをし、
満足のあまりの涙さえ浮かべながら、ズボンのチャックを開き、
背中の座布団の位置を調節して少しでも楽な姿勢をとり、
陽光と海からの風に頬をなぶらせて、
喰ったものがゆるゆると消化されてゆくのを感じるときほど、
自分が生きている、という実感がひしひし湧いてくることはない」(P120)


読むだけでこちらも満腹になってしまいそうなこってりとした文章である。
よくものを食らう人はよろしい。
壇一雄はニュージーランドの無人島で食ったカキが忘れられないという。
これも生きる楽しさが伝わってくる名文である。

「カキの話で思い出したから、ついでに書いておけば、
そのワイタンギの港から船出して、小さな無人島に一日暮らした楽しさばかり、
忘れられるものではない。
同行の諸君らは、私をその無人島においてけぼりにして、
そのまま船を漕ぎ出してしまったのだが、
その島には、崖のところから、真水がしたたり落ちて流れており、
ちょっと岩蔭を廻ると、そこらの潮の中に、いくらでも、カキがへばりついていた。
もっとも、小さいカキだし、養殖のカキではないのだから、
その肉はほんのひと舐めだが、
塩水に洗った無人島のカキは、絶妙の味わいに思われた。
おまけに、土地で「スナッピー」と呼んでいる真鯛を、五、六尾と、スズキを一尾、
「ひとつ、料理しといて下さいよ」
と預けられている。私は難破船の横板の上で、そのスズキや、
鯛を大模様に切り裂きながら、あとはウイスキーと、焚火(たきび)である。
あんな愉快なことと云ったらなかった。
鯛に塩をかけて、その焚火の脇で石焼にする。コップのウイスキーを手にしながら、
時折、また潮水に降りていって、カキを啜(すす)る」(P150)


よだれが出てきそうな文章とは、こういうものを言うのだろう。
うまい食べ物はいい。うまい文章はいい。
うまい食べ物をうまく描いた文章は最高にいい。
小島政二郎は弁当が好きだという。

「今は絶えてなくなったが、大地震までは、東京に弁当屋という商売があった。
忘れられないのは、「香弁(こうべん)」と「ネコ弁」だ。
ちょっと聞いただけでは分るまい。
香弁というのは、御飯にいろいろさまざまなお香々だけはいっているお弁当だ。
外のおかずは何にもはいっていない。全部お香々ばかり。
その代り、季節の野菜が、糠(ぬか)漬けにしてあるのもあるし、
塩漬けにしたものもあるといった具合で、まるで秋の花野を見るように綺麗だった。
洒落た人が、瓢箪(ひょうたん)にお酒を入れて、それを腰にさげて、
このお弁当を持って、向島の百花園とか萩寺とかいうようなところへ行って、
花を見ながらお香々を酒のサカナにして楽しんだものだそうだ」(P161)


あれさ、いますぐ弁当と酒を持ってハイキングに行きたくなる名文だ。
書き写していて気づいたのだが、いい文章は文法的に多少まずくても構わないようだ。
むしろ、しゃらくさい文法なぞ無視したほうが味のある文章になるのかもしれない。
ちなみにもうひとつの「ネコ弁」とは鰹節(かつおぶし)をかけた弁当らしい。
さて、文士の味わうのは酒やサカナばかりではない。
水上勉は時を味わう。少年時代に修行していた禅寺の娘さんと再会したという。
当時、娘さんは赤ん坊で、
「ぼくは、この赤ちゃんのおむつ洗いや、お守りにあけくれて、そのつらさに泣いた」。
結局、水上少年はその禅寺を逃げ出してしまう。
気の毒なことに、その後、和尚は亡くなり、
そうなると、すぐに寺の決まりで若い和尚が細君つきでやってきて、
冷酷にも母と娘は寺から追放されたという。
その娘さんと、おむつを洗ってあげた娘さんと、
いまは作家となった水上勉はテレビの企画で45年ぶりに再会した。
娘さんは大正十三年に漬けた梅干を土産にくれた。
母が嫁に来たときに漬けたものだという。
寺を追放されたとき、和尚の形見分けがほしくて土蔵からこの梅干の壷だけ持ち出した。
いつか水上勉に会うときがあったら、これを裾分けしてあげなさい。
母はそう遺して息を引き取ったと娘さんは涙ぐんでいう。

「ぼくは、声を呑んでそれを頂戴した。
さっそく、軽井沢へもち帰り、深夜に、その一粒をとりだして、口に入れた。
舌にころげたその梅干は、最初の舌ざわりは塩のふいた辛いものだったが、
やがて、舌の上で、ぼく自身がにじみ出すつばによって、丸くふくらみ、
あとは甘露のような甘さとなった。ぼくは、はじめはにがく、辛くて、
あとで甘くなるこんな古い梅干にめぐりあったことがうれしく、
五十三年も生きていた梅干に、泣いた」(P179)


水上勉の舌でとけたものは、
はじめは辛く、つぎに甘くなったものは、時そのものなのだろう。
一説によると、時の語源は、氷が水にとけるの「とく」だという。
時が塩辛い梅干の味を、甘く、とかしたのだろう。

COMMENT

ダダ URL @
09/01 22:17
. 泣ける文章です
Yonda? URL @
09/06 23:25
ダダさんへ. 

うわわん、ぼくも泣きながら水上勉氏の文章を書き写しました。
よく泣くんです、ぼく。
よく泣く、よく怒る、よく笑うひとを人間味があるというのでしょう。
味がわかるひとに拙文をお読みいただき、とても嬉しかったです。
コメント、ほんとうにありがとうございました。








 

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