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「健全な肉体に狂気は宿る」

「健全な肉体に狂気は宿る」(春日武彦・内田樹/角川oneテーマ21)

→精神科医の春日武彦と内田樹(この人なんなの?)の対談集。
おそらくこちらの知力が低いからだろうけれど、
内田樹という人が誇大妄想かなにかを患っている精神病者に見えてしまった。
対談相手が精神科医の春日武彦だから、よけいにそう見えたのかもしれない。
とにかく、内田樹はひとりでしゃべっているのである。
それもカタカナや(笑)がやたら多い。多弁で多笑かつ尊大な態度。
久しぶりに重度の自我肥大を起こした人を見たという気まずさにたじろいだ。
これが純粋な対談なら精神科医と患者にしか見えないはずである。
ところが、内田樹のおつきの女性編集者がときおり対談に口を挟むのである。
それも内田樹をものすごく偉い先生として持ち上げる形で対談に加わる。
このため二対一になり、内田樹の偉さが証明されることになる。
考えてみたら、診療室に自分を師と慕う子分と一緒にふたりで入ったら、
精神科医はかなり診断に戸惑うのではないか。
どうせ皮肉屋の春日武彦のことだから、
対談後には内田樹の病気についていろいろ不穏なことを考えたのだろう。
もちろん、常識人だから公言はしないだろうけれど。

内田樹という人が「願えばかならずかなう」式のオカルトを口にするので苦笑した。
まあ、大衆はこの手の発言を好むから、上手にアカデミズムの権威と接続したこともあり、
内田樹のような人がまんまと子分をたくさん従える偉い人になることに成功したのだろう。
いや、待てよ、ほんとうはわたしが知らぬだけで内田樹はとても偉い先生なのかもしれない。
多数派につくことが精神科の厄介にならない秘訣だと春日武彦も本書で発言している。
前言を撤回する。精神病になりたくなかったら、多数派に従うに限るのだから。
いまこのときからわたしもみなとおなじように内田樹を先生と尊敬することにする。
だから、わたしを狂人あつかいするのはどうかやめてください。
そう思えば、内田樹先生もなかなかおもしろいことを言っているのである。
といっても、へえ、と思ったのはここだけだが、
これはわたしの知能が極めて低いためで、実際は名言がほかにもたくさんあるのだろう。
内田樹先生とファンのみなさん、ごめんなさい。
バカだから内田樹先生のよさがあまりわからないのです。

「でも、過去って取り返しがつくものでしょ。
だって、新しい経験をしただけで、
過去の意味なんて一気に全部変わっちゃうんだから。
すべての行為は文脈依存的ですからね、
新しい行為によって、経験の文脈が変われば経験の解釈も自ずと変わってくる。
あとになって、すでに経験したことの意味が
「ああ、あれはこういうことだったのか」
と解釈が一変することなんてしょっちゅうじゃないですか。
過去は可変的であり、未来は未知である。
だから、過去についても、未来についても、確定的なことは何も言えないというのが
時間の中を生きる人間の健全な姿でしょう」(P63)


さすが人気学者の内田樹先生はいいことをおっしゃる。
でも、「過去は可変的」って要するに「私の物語は変えられる」ということだよね。
だったら、そんなもんは創価学会の宿命転換とおなじとなるわけで、
もしそうだとしたら、内田樹先生の学問的発言はかなりその怪しげな……。
いや、内田樹先生は偉いのである。
だから、春日武彦も内田樹先生の独演会をほとんど無言で傾聴している。
本書でほとんどしゃべる機会を与えられなかった春日武彦先生だが、
精神科医として興味深い発言をしている。
まるでユング学者の河合隼雄のようなことを精神科医の春日先生も言っているのである。
患者の病気が周囲と複層的に絡み合い解決不能になっているときは「待つ」に限るという。
以下は春日武彦先生のご発言。

「こっちで迷ったり、あっちで見落としがないか調べたり、
なんだか孤軍奮闘でぐじゅぐじゅやってるんだけど、そういうのはたいてい駄目で、
複数の人間とディスカッションして、もう現時点では打つ手はない、
どう考えても無理だ、というところまでいくと、
あるとき思いもよらないことが起こって、うまく解決してしまうということがある」(P60)


割愛するが、ここで具体例を公開してしまうのが春日武彦である。
クライアントの秘密は守る河合隼雄とは異なる。
精神科医に守秘義務のようなものはないのだろうか?

「そういう時は、とにかくどこかでコンタクトを保ちながら、
もう「待つ」しかないわけですよ。その「待つ」っていうのが、
つまりは「人事を尽くして天命を待つ」ということで、
こういう状態までもっていければ、
実は案外早く、意外なことが起こってくれたりするんです。(中略)
だから、どうにもならないと思えた問題がどういうふうに解決したのかを見てみると、
けっこうみんなうまい話になっている(笑)。
いいタイミングで交通事故が起こったりしてね。
じゃあ、みんな車道に押し出しちゃえばいいのかっていうと、
そういうことではなくて、とにかく待つところまで待っていれば、
どこかでなんとかなるよ、ということなんです。
だって、いずれは誰かが死ぬわけですから、
最悪でも延々と同じ状態ということだけはあり得ない。
だから、あとから振り返れば、
あそこで死んだことでうまく解決しちゃったなあという話になるわけ。
要するに、「待つ」ということはすごく必要なことなんですね。
もちろん根拠もなく「待て」と言ったって不安でとても無理ですよ。
だからこそ、「人事を尽くして」という部分が大事なのであって、
そのためには複数の人間と協力してやっていくわけですが、これに近いことは、
精神科の治療だけではなく、普遍的にあてはまることなんじゃないかと思います。
腹をくくって待つ、というのは不安なものですよ。
腹をくくったって、どうにかなるという保証はないんだから。
でも、半分居直りみたいな感じで、「やれるだけのことは全部やったんだ。
だからあとはなんとかなると思うしかないんだ」
と言えるかどうかが問題なんですね」(P60)


さすが春日武彦先生はいいことをおっしゃる。内田樹先生もすばらしい。
だから、わたしは精神病でも人格障害でもない。
内田樹先生の偉さをこうして認めているわたしがどうして狂人でありえようか。

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