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「ブッダは何を教えたのか」

「ブッダは何を教えたのか」(ひろさちや/パンドラ新書)

→仏教はなんでもありなんだよね。
「仏教ではこう教えています」と書いて、それが間違いのことはほとんどない。
かならず調べたらどこかの経典に書いてある。
書いてなかったら、拡大解釈すればいいだけの話。
とはいえ、ぜんぶの仏教経典に目を通した人はおそらくいないと思われるから、
「それは仏教の教えではない」と断言する人のほうが仏教を知らないということになる。
仏教ではなんだっていいのである。
だから、ひろさちやさんのようにブッダの解説書で、
ほとんど関係ない法華経の教義を出してもいい。
とはいえ、これはあんがい仏教の本質を突いているような気がするのである。
ひろさちや氏は「仏知見(ぶっちけん)」で見ることが肝要だと説く。

「わたしたちは人間(仏教では凡夫といいます)の立場でしか
モノ・コトを見ることができません。それは「人知見」です。人間の物差しです。
「人知見」によるなら、敗者になるのはいやであり、病気はいやなコトです。
そして、戦争も犯罪もないほうがいいのです。
ですが「仏知見」(如来の智慧)で見れば、モノ・コトは違って見えます。
どう見えるか、それは凡夫にはわかりません。
仏にならないと、仏の見方はわからないのです」(P208)


かりそめこの世でマイナスといわれていることも「仏知見」から見たらわからない。
いまの社会でマイナスとされていることも、
もしかしたら「仏知見」から見たら信じられないほどのプラスかもしれない。
だれもが(人間なら)マイナスにしか思えないことも、「仏知見」から見たらさあどうか。
あんがい、とてつもない福徳をもたらすものかもしれない。
この「仏知見」は「永遠」などと訳したらわかりやすいのかもしれない。
浄土や来世(をふくむ永遠)から見たら、現世の禍福など大きく意味を変えるだろう。
どうして早世や障害が不幸でありえようか。
人間の失敗など永遠から見たらホクロほどにも気を引かないのではないか。
人間の物差しを信用するな。これがひろイズムの根本思想になるのだろう。
わかりやすくいえば、「なんだっていい」である。
人間の目にこだわるからマイナスに見えるだけの話なのだろう。
人間ならぬ仏の目から見たら、「なんだっていい」――。
まあ、口でこのようにいうのは楽だけれども、実際にマイナスに遭遇すると難しい。
しかし、この考え方をすると救われる。
この考え方とはしつこく繰り返すが「なんだっていい」である。
「仏知見」から見たら「なんだっていい」のかもしれない。

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