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「童話の書き方」(寺村輝夫/講談社現代新書)絶版

→童話作家の著者は、創作の秘訣としてスポーツ新聞をたとえに出す。
前日のプロ野球の結果を伝えるにも各紙違いがある。
見出しに注目したらどうなるか。
一紙は「宮本初勝利!」、一紙は「原8号!」となっていたという。
巨人対ヤクルト戦の結果である。ヤクルトが巨人に一点差で勝利した。
ジャイアンツ系の新聞は読者を不快にさせないように「原8号!」と書く。
これは巨人が負けたという事実をねじまげているわけではない。
きちんと紙面では巨人がヤクルトに敗れたことを伝えている。
しかし、「原8号!」と見出しにすることで明日へ希望のつながるものとしている。
巨人ファンはスポーツ新聞を読んで朝から不愉快な気分になりたくないのである。
そこを察してジャイアンツ系の新聞は「原8号!」をあえて強調する。
この方法が童話創作においても重要だと著者は指摘する。

「童話でも同じだと思います。
問題は、作者がどの「立場」に立つかです。
童話には作者の確固たる立場が要求されます。
その立場は、作者のものの考えかたのはじまり(主観)、
読者の知りたいこと、興味のあることをどううけとめるか(個性)によってつくられます。
つまり、ヤクルト側に立つか、ジャイアンツ側に立つかです。
どっちつかずで純粋客観的なものを書いたのでは、おもしろいものは書けません。
あえていうなら、子どもの側に立つか、大人の側に立つか、ということです」(P144)


童話作家の著者は「迷わず子どもの側に立ちます」という。
「なぜなら童話の第一の読者は、子どもだからです」――。
著者はヤクルトが好きだそうだが、おなじように子どもも好きなのだろう。
どの立場に立つか、が物語創作のポイントなのかもしれない。
これはどんな人を好きになるか、ということなのだろう。

いまはもうまったく見なくなったが、プロレスでもそうである。
かつて雑誌は「週刊ゴング」(廃刊)と「週刊プロレス」があった。
「週刊ゴング」は客観的に試合のレポートをするが、読んでもおもしろくないのである。
「週刊プロレス」は特定レスラーに強く思い入れたレポートをよくしていた。
この仕組みに気づいた大仁田厚はギャンブル好きの編集長に裏金30万を渡したという。
もちろん、翌週の「週刊プロレス」表紙は大仁田である。
これを大仁田厚の立場から見たら、成り上がるためにはやむなし、である。
編集長の立場から見たら……ハハハ、こいつは好きになれん。
このときの「週刊プロレス」編集長はターザン山本という。
しかし、実際は関係者が暴露しないだけで、これはプロレスの世界だけではなく、
世の中はほとんどすべて裏金でまわっているという面があるのだろう。
プロレスだけではなく、マスコミ報道はすべて「童話」なのかもしれない。
犯罪者の立場に立った新聞など読んでみたいが、たぶん一紙もないはずである。
とすると、事実や真実を伝える新聞や雑誌は「大人の童話」と醒めた目で見るべきなのか。
童話創作から話がとんでもないほうにいってしまったようだ。

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