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親のせいではない

けっこういい歳をした人まで親を恨んでいるのには驚きます。
しかし、それはふしぎではないのです。
死んでからも悪口がほとんど出てこないほどの人格者だったカトリック作家の遠藤周作氏も、
どうやら最後まで父親を許していなかったふしがうかがえるのですから。
親を嫌っている有名人は多いようです。
恥ずかしながら、かくいうわたしも母親の悪口めいたものを「本の山」に書きつけています。

親のせいでこうなった。親が悪かったから自分はこうなってしまった。
だが、あんがい親のせいではないのかもしれません。
大勢の人がいまの不幸を親のせいにしていますが、
もしかしたら親のせいではないのかもしれない。
というのも、じっくり考えてみてください。
いまのあなたやわたしの不満の原因が親にあったとしましょう。
これが真実だとします。親のせいでこうなった。
だとすると、あなたやわたしの親がそうなったのも親のせいということになりませんか。
つまり祖父母のせいで、あなたやわたしはいま不幸ということになる。
お気づきでしょうが、祖父や祖母にも親はかならず存在します。

このため因果論を究極まで追及すると、
いまのあなたやわたしが満足いかない状態であるのは、神さまのせいになります。
始原が悪いから、現在のあなたやわたしはこうなったのです。
結論が出ました。神さまが悪い。
それでは神さまが悪いとは、どういう意味でしょうか。
神さまの存在を認めているということになるのではありませんか。
あなたやわたしが親を恨むのは筋違いで、本当に悪いのは神だという地点にいまおります。

どうしたら神に抗議できるのか。
我われが神に向き合うには祈るしかありません。黙祷することです。
結局、親を恨んでも仕方がないということになります。
神にアクセスするしかない。人間は祈るしかないということになるのではないでしょうか。
因果論(原因結果)を突きつめると神に祈る(神を憎む)しかなくなる。
なかには神なんか信じないという方もおられるでしょう。
これは因果論を認めないということになります。神はいない。
とすると、すべては偶然ということになりませんか。
あらゆることに原因はなく、すべては偶然に生じているにすぎない。
だとしたら、恨む対象はなくなります。
しいて言うならば「運が悪かった」と苦笑するほかありません。

COMMENT

笹田周作 URL @
05/10 19:46
親のせいにしないように. commentはじめまして。

親のせいにしないないように、気をつけないといけないと

気づきました。
ありがとうございます。
Yonda? URL @
05/11 07:09
笹田周作さんへ. 

どうもどうも。はじめまして、であります。社長さんは同年齢ながら、すでに結婚も離婚もご経験なされているのですね。いやはや、立派な方からコメントをいただき恐縮しております。

この記事は酔っ払って書き散らしたもので、ずさんだなァといま読み返して反省しています。そのうち削除するかもしれません。どうかご了承ください。

いやまったく人生はさまざまでございます。








 

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