「方丈記」

「方丈記」(鴨長明/浅見和彦 校訂・訳/ちくま学芸文庫)

→方丈記は歎異抄にならぶ至上の南無阿弥陀仏文学である。
最高峰の念仏文学ゆえ有害レベルも歎異抄に引けをとらない。
学生や新社会人に間違っても読ませてはならないのが方丈記といってもよい。
日本経済の先行きを考えたら40歳以下の閲覧を禁じたほうがいいのではないか。
方丈記は危険な革命の書でもある。

わかりやすく現代に置き換えて説明したら、鴨長明というのはこういう人だ。
カモさんは天分もありまた努力もして大企業でいいところまで出世した。
根っからの無能ではないのである。むしろ有能でさえあった。
彼はどうしてもこの大会社の取締役になりたかった。
ところが、である。
もう少しで念願のポストを得られるという寸前でライバルに足を引っ張られてしまった。
結局はコネのないのが出世に響いたのである。
自分より能力のない人間がコネのあるおかげで大した努力もせずに出世してしまった。
もう永遠にそのポストに着くことはできぬ。
さあ、どうしてもなにがなんでも出世したかったカモさんはどうしたか?
子会社のトップにしてやるという誘いを足蹴にして、
いきなりホームレスになってしまったのである。
みんながとめるのにも逆らって出家するとはそういうことだ。
これだけでも十分、奇人変人に属するタイプの男であることは疑いえない。
さらにカモさんはおかしなことをやらかすのだから。
孤独なホームレスに身をやつしながら、幸福自慢をおっぱじめたのである。
かつての大企業の連中にホームレスの身でありながら喧嘩を売った。
ふん、出世競争に明け暮れているおまえらなんざ、ぜんぜん幸福じゃないね。
本当の幸福というのはホームレスになってわかるものなのだよ。
黙って死んでいけばいいのに、
恨み骨髄のカモさんは怨念呪詛に満ち満ちた幸福自慢の書を書き残した。
それが名作古典といわれる方丈記の正体である。

解説を無視して丹念に原文とつきあった結果、方丈記の毒々しい主張に気づいてしまった。
強調しておきたいが、これはわたしの意見ではなく、鴨長明のメッセージである。
鴨長明の主張を現代語に訳すと「働いたら負けかなと思ってる」になろう。
いちばん幸福なのは大企業の社員様なんかじゃありませんぜ。
もっとも実り豊かな生き方は、ホームレス、無職、ニート、ナマポ(生活保護)である。
なかでもいっさい人との関係を絶った引きこもりこそ最上の人生だ。
論争は嫌いだが、こればかりはどんな偉い学者からの反論にも受けて立ってやろう。
方丈記を原文に忠実に読めば、だれでもこの危険な主張に気がつくはずである。
繰り返すが方丈記はこういっているのである。
ホームレス最高。ルンルン、無職は楽しいな。
ニートほど人生の味がわかる生き方はない。なれるならナマポを目指せ。
引きこもりのみなさんは正しい。
こんな反社会性あふれた毒言をおおむかしにやらかしたキチガイがいたのである。
大企業の社員なんかよりホームレスのおれのほうが幸福だぜ、バーカ!
鴨長明の思想である。

革命家で詩人の鴨長明さん(無職)の魂のメッセージを聞け。
ロックンローラー鴨長明は社会に噛みつく。おまえらみんな腐ってるぞ。

「また、いきおひあるものは、貪欲深く、独身なるものは人に軽めらる。
財あればおそれ多く、貧しければ恨み切なり。
人をたのめば、身、他の有なり。
人をはぐくめば、心、恩愛につかはる。
世に従へば、身、苦し。従はねば、狂せるに似たり」(P136)


僭越ながら豪傑訳(超訳)をさせていただくと――。
人間ってほんとサイテーだよな。
成功者は成功者でいくら金を稼いでも満足できず、没落の不安は尽きない。
成功できないものは、努力が足りないんだと周囲から軽蔑される。
金持は財産を失うのが怖くてたまらない。
貧乏人は金持をぶっ殺してやりたいと思っている。
世の中コネなのだが、コネを求めたら、そいつに奴隷奉公しなきゃならん。
コネを世話してやったら、そいつが恩知らずに思えてしまう。
世間に迎合すると鬱病になるし、世間に逆らったら分裂病といわれてしまう。

ならば、どうしたらいいのか。出世競争から降りてしまえばいいのである。
高校中退OK。引きこもり上等。失業者になろう。貧乏は不幸ではない。

「人にまじはらざれば、姿を恥づる悔いもない。
糧(かて)ともしければ、おろそかなる報をあまくす。
すべて、かようの楽しみ、富める人に対していふにはあらず。
ただ、我が身ひとつにとりて、昔、今とをなぞらふるばかりなり」(P206)


ぼろぼろのユニクロしか服がなくても人に逢わなければいいのだ。
金がなくて空腹であれば、どんな食事でもご馳走になるではないか。
ああ、飯がうまい。幸せだ。
まあ、別にこれは金持に当てつけてるわけじゃないぜ。
ただね、おれもむかしはエリートだったけどよ、
いまとむかしを比較したらいまのほうが何十倍も充実しているもんね!

「おのづから、ことのたよりに都を聞けば、この山に籠(こも)り居てのち、
やむごとなき人のかくれ給へるもあまた聞(きこ)ゆ。
まして、その数ならぬたぐひ、つくしてこれを知るべからず」(193)


こうして引きこもってからも、たまたまむかしいた大会社の噂を聞いたりする。
かつての上司が過労で死んだ。ああ、飯がうまい。
むかしおれを嫌っていた部下が失脚して鬱病になり自殺した。ああ、飯がうまい。

「事を知り、世を知れれば、願はず、わしらず、
ただ、しずかなるを望みとし、憂へなきを楽しみとす」(P193)


世の中、そんなもの。人生、そんなもの。
重要なのは期待しないことだね。期待しなければ、落胆しないだろ。
メールや携帯に追いまくられて重要人物気取りかい?
ストレスのない自然体の生き方のほうがどれほど楽しいことか。

幸福ですか? あなたはいま幸福ですか? 幸福になるいい方法があるんです。

「夫(それ)、三界はただ心ひとつなり。
心、もし、やすからずは、像馬七珍もよしなく、宮殿楼閣ものぞみなし。
今、さびしき住まひ、一間の庵(いほり)、みづから、これを愛す。
おのづから都に出でて、身の乞匈(こつがい)となれる事を恥づといへども、
帰りて、ここにをる時は、他の俗塵に馳する事をあはれむ」(P212)


すべては気の持ちようなんだ。「幸福は自己申告」と悟ればいい。
鬱病になったら、金の延べ棒も豪邸もつまらんものだよ。
いまおれ無職ニート引きこもりだけど、チョー楽しいからね。
たまに繁華街に行ったら幸せそうな家族連れやカップルに殺意を抱くけれど、
うちに帰ってきたら、どうせあの家族も家じゃ喧嘩ばかりなんだろうなと羨ましくない。
どうせあのカップルだってそのうち別れるんだぜ。
そうしたら、より孤独に苦しむ。最初から恋人がいなければ失恋もない。
ぜーんぜん羨ましくない。ああ、孤独は楽しい。おれ孤独でもメッチャ幸福。

「もし、人、このいへる事をうたがはば、魚(いを)と鳥とのありさまを見よ。
魚は水に飽かず。魚にあらざれば、その心を知らず。
鳥は林をねがふ。鳥にあらざれば、その心を知らず。
閑居の気味(きび)も、また同じ。住まずして誰かさとらむ」(P212)


みんな信じてくれないのだろうけれど、いっちゃうよ。
おれホームレス無職ニート引きこもりだけれど、チョー幸福だから!
だれにどんな批判をされようとも、おれの幸福は覆らないもんね。
アッカンベーだコノヤロウ。
あんたも会社を辞めてみたら、おれのいっている幸福がわかるだろうよ。

とまあ方丈記を見てきたが、かなりやばい有害図書だとご理解いただけたと思う。
間違っても高校生なんかに読ませてはならないのである。
大学生でも方丈記を本当に読んでしまったら、人生が台無しになるのではないか。
それほどに方丈記の毒は強い。
しかし、いま無職ニート引きこもり生活保護でお苦しみの方には方丈記が薬になる。
なぜなら、実は苦しむ必要などさらさらないからである。
どうして無職ニート引きこもり生活保護の人は自己を恥じ苦しまなければならないのか。
もしかして無職は極楽なんじゃね。ニート最高じゃん。
引きこもって漫画を読むのって幸せだろう。生活保護はこの世の天国といってもよい。
(生活保護の不正受給はいけませんよ!)
根拠は鴨長明の方丈記である。
名著とされる方丈記にそう書いてあるのだから正しいんじゃないの?
方丈記を読むときのポイントは学者の解説を無視して、ひたすら原文に寄り添うことだろう。
学者なんちゅうのは出世に成功した俗物なんだから、
方丈記の真意を読み取ることなどできるはずがないではないか。
成功者に挫折者のいじけたアッカンベーを理解できるわけがない。

「幸福は自己申告」に過ぎぬことを名文で書きつづったのが方丈記である。
しかし、とはいえ、やはり方丈記は幸福論ではない。
方丈記の根底にあるのは怨念である。あいつだけは許せない。
おれを蹴落としたライバル、おれを不遇に追いやったやつら全員を許せない。
こういう人生におれをはめ込んだ大きな存在を許せない。
だから、おれはあえて主張するのだ。おれは幸福だと。

しかし、出世をしたかった!

鴨長明に方丈記を書かせた怨恨の正体は出世欲である。
出世ができなかったことをどうしても許すことができない。
富、友、女くらいならいくらでもあきらめられるが、しかし、出世をしたかった!
鴨長明の出世欲の強さはなかなか女性には理解されないのではないか。
男は出世がすべてなのである。
したがって、方丈記の隠れたキモはここである。
鴨長明は念仏を唱えながらも結局は悟りきれなかったとわたしは見る。
いいのである。凡夫こそを救うのがありがたい南無阿弥陀仏なのだから。

「すべて、あられぬ世を念じすぐしつつ、心を悩ませる事、三十余年なり。
その間、折り折りのたがひめ、おのづから、短き運をさとりぬ。
すなはち、五十の春をむかへて、家を出て、世を背けり」(P145)


まったく辛抱、辛抱の人生だった。
恨めしいことにわが人生には不運と挫折しかなかった。
人生とは、こんなものだったのか。おれはついてなかった。
だから、五十を過ぎてから世間にアッカンベーをしてやったんだ、ふん、ザマアミロ!
しかし、出世をしたかった。なんとしてでも出世をしたかった、チクショー!

COMMENT

ダダ URL @
01/05 19:42
最高. とっても面白い。思わず笑いが零れました。ブンガクとは毒を吐くことなり。あなた、古典の教師になっても、きっと名物教師として、ある種の「成功」をおさめたと思いますよ!
Yonda? URL @
01/06 01:27
ダダさんへ. 

おほめのお言葉ありがとうございます。単純だからとっても嬉しいです。近所の荒川土手に青いテントを張っているホームレスがいるんです。あいさつこそしませんが、もうすっかり顔なじみになっています。その彼が逢うたびにものすごく幸福そうなんですね。朝なんか優雅にイヤホンで音楽を聴きながらのんびりコーヒー。目の前には川。白状しますが、わたしよりもホームレスの彼のほうが自由で幸福でさえあるのかもしれないと何度か思いました。そんなこんなで方丈記はホームレスの幸福自慢だと気づいたしだいです。
リカ URL @
01/07 19:09
. そうなのよね。ヨンダくんは才能に溢れているのに、コネがないばっかりに成功できないのよね☆
人間的な魅力に溢れているのに、出世してないだけでモテないのよね☆
ただそれだけが理由なのよね☆
Yonda? URL @
01/07 23:05
リカくんへ. 

ふっ、もてる男も辛いぜ♪

「リカくん」という呼称は、師匠の映画監督が若い女性を「くんづけ」しているのを真似てみました。リカくん、これからもコメントをよろしくね。いつかリカくんと逢うような予感がしているよ。再会かもしれないね。
石鹸 URL @
02/21 20:13
. ちょーおもろい

ここんとこYondaさんに夢中で、四六時中ブログを拝見してますが(こんな私の足跡でべたべた汚してすいません)、この記事が今まで読んだ中で一番おもろいです。

Yondaさんって、言葉づかいが可愛いですよね。アッカンベーとか。他の記事でも、毒づいてるのに可愛い。YondaってHN自体、パンダだし。萌えキャラです。(◍´◡`◍)
Yonda? URL @
02/22 23:14
石鹸さんへ. 

いまとても自信がなくなっているため、励ましのお言葉をありがたくいただきました。
おっさんのくせに年齢にそぐなわぬ幼稚なことを書いているもんだと、2年まえの記事を読み直して反省しました。
このままではいけないといま強く感じております。
男子が可愛いのは小学生までゆえ……。
いただいたコメントに合わない威勢のよくない空気の読めないことを書いてしまい申し訳ありません。
自分なんかに関心を持ってくださった方がいるとありがたく思いました。
わざわざコメント、感謝しております。精進を積みます。(◍´◡`◍)








 

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