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「おかあさん」

「おかあさん」(水木洋子/日本シナリオ文学全集9」理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和27年公開作品。
つごう5つ作品を読んだが、この「おかあさん」が水木洋子脚本の最高傑作だと思う。
映像でも観たいと思った。これはわたしにとって最高の賛辞である。

内容は「おかあさん」の正子(40)から次々に人が離れていく話である。
映画がはじまってすぐ長男(18?)が結核で亡くなる。
療養所から無断で戻り「母ちゃんの傍で寝たかったんだ」という長男は涙を誘う。
次に夫がこれまた病死する。過労がたたったことがセリフで示される。
それから生別である。
次女の久子(10?)が養女として伯父夫婦にもらわれてゆく。
クリーニング店を手伝ってくれていた夫の弟分という職人も正子から去る。
正子と職人はよく気が合ったのだが恋仲にはならなかった。
お互いが感情を抑制したのである。
正子は妹の息子、哲夫(8?)を預かっている。
この子も早晩、実の母親のところに戻っていくことが予想される。
レビューを見たらだれもがいいと褒めているのが長女の年子(18)の花嫁姿。
これは着付けの練習台になっただけなのだが、
遠くない将来における年子の嫁入りを暗示している。
年子はこの映画の語り部でもある(ナレーション)。
みんな「おかあさん」から去っていく。
テーマを「おかあさん」の正子の口から聞こう。

正子「辛抱しようね?」(P94)

そう、テーマは辛抱である。
息子が死んでも夫が死んでも黙って辛抱しよう。
娘が養女としてもらわれていくのも辛抱。
旦那を戦争で亡くした妹の息子も、かわいがって育ててあげよう。
みんなつらいんだ。みんな苦しい。人生は思うようにならないもの。
だから辛抱しよう。助け合おう。相手のことを思おう。
どうしてこの作品がこれほど感動的かといったら、
現代では失われた美徳、辛抱を描いているからなのだろう。
繰り返しになるが、人生は思うようにならないもの。なら、どうしたらいいのか?
うつ病になるでもなく、自傷するでもなく、自殺するでもなく、
「おかあさん」は明るく健気にも辛抱する。
みんなつらくてもこらえているのだから「おかあさん」も辛抱する。

甥の哲夫はおねしょの悪癖が治らない。
どうしてか伯母の正子といっしょに寝ると寝小便をしないのである。
哲夫は「おかあさん」の布団でさっそくすやすや眠ってしまった。
まだ幼い久子は不満である。川の字になった寝床で姉の年子にこんなことをいう。

久子「あたし、おさしみになりたいな」
年子「(顔をあげ)おさしみ?」
久子「だって、母ちゃん、おさしみすきだから沢山食べるでしょ?
 母ちゃんのお腹がふとって、あたしが生まれるでしょ?
 そうすると、だっこしておっぱいをのませてくれるでしょ?
 毎日々々あきるほどあたしをねんねさせて下さるでしょ?
 ほんとだったらすばらしいな」
年子「じゃ、おさしみになんなさいよ。早く……
 あたしが食べてあげるから……早くさ!」
   久子、急にシクシク泣き出す。
年子「母ちゃん。チャコが泣いてる……バカね!」
久子「だって、母ちゃん、哲っちゃんばかり……(泣く)」
年子「うわあい、甘ったれ……」
   母、チラッと振り返ったきり、
   そのまま、じっと考えこむように一点を凝視――」(P72)


久子は「おかあさん」が大好きなのである。
正子は無言である。なにもいわない。
そうして、おとうさんが死んでしまうと、その兄から養女の話が持ち出される。
まえまえからの約束でもある。
伯父夫婦は息子を戦争で亡くしてしまい淋しいのだ。
ある晩のことである。「おかあさん」が大好きな久子は今日も姉の横にいる。

「○正子の家
   夜更け――
   ひっそりとした中に、ここだけ洩れている店の灯り。
   正子が、仕事場で洗い物の整理。
   奥の寝床で眠っている哲夫。
「お母ちゃん」
   と、寝言。
   あとは何か食べているつもりらしく、口をもぐもぐと動かす。
   隣りの寝床にふさって年子は考えこんでいる。
   久子もじっと天井を見つめている。
久子「やっぱり行くわ。あたし……」
年子「どこへ?」
久子「伯父ちゃんの家へ……」
年子「え?」
久子「だって伯父ちゃんたち、淋しいでしょ。可哀そうだもん……
 母ちゃんだって可哀そうよ。私が行けば助かるのよ。
 うちだって今日、お米屋さん来たけど、母ちゃん、配給とらなかったのよ」
年子「バカね……うどんのほうが経済だってこと知らないの?
 バカ、ねえ、女のくせして……」
久子「うどんばかり食べてたら、母ちゃん、可哀想じゃないの!
 姉ちゃんだって洋裁学校、行きたいでしょ?
 あたしだって考えてんのよ、そうバカバカって云わないでよ!」
年子「だって、バカだからバカって云うんじゃないの」
久子「(急に大きく)何がバカよ!」
年子「バカよ! 行くなんて……」
久子「焼もち!」
   年子、いきなり布団の上からたたく。
久子「ぶったわね?(起き上る)」
年子「……(向きあって坐る)」
   睨み合う二人。
   年子、急に涙ぐみ目をこする。
久子「(弱く)泣き蟲……」
年子「承知しないから……行ったら……(手をふり上げる)」
久子「(急に泣き顔)母ちゃあん……姉ちゃんがぶつの……(手をあげる)」
正子「(疲れた顔を出す)まあ、床の上で叩きっこなんかするんじゃありません!
 猫みたいに手んぼふり上げて……綿がちぎれちゃう……」
年子「だって、チャコったら、伯父さんとこへ行くって云いだすんだもん……」
   正子、チラッと顔を動かし淋しい影――
   だが、やがて、さっと算盤をふって、珠をはじき出す」(P95)


いいシーンだよな。母や姉のことを思いやる久子がいい。
妹と別れたくない年子もいい。じっと耐えるしかない正子もいい。
しかし、なによりもやはり久子である。
とうとう久子も「おかあさん」のように辛抱することをおぼえたのである。
別れのまえに正子、年子、久子、哲夫は最後の想い出づくりに向ヶ丘遊園へ行く。
ここで泣かなかったら、そりゃ、あんた非国民だよ!
辛抱に辛抱を重ねたから、ここの行楽シーンが輝きを増すのだろう。
久子が伯父夫婦にもらわれていくところも涙なしにはとても観られない(読めない)。

「おかあさん」――。
日本が貧乏だった時代の感動物語である。
人がよく死に、不幸がありふれていて、きょうだいが多く、みんな辛抱した時代の映画だ。
人生は思うようにならないが、しかし、ではなく、だから、だれもが辛抱した。
実のところ時代がどれほど変わろうが、人生のありようは変わっていないのである。
現代においても、やはり、どうしようもなく、人生は思うようにならない。
だとしたら、我われは――。
「おかあさん」は「二十四の瞳」にひってきする泣きのドラマではないか。
ちかぢか映画を観てみようと思う。

*ちゃっかり広告を張ろうと思って調べてみたら、
成瀬巳喜男監督の「おかあさん」はDVDになっていない模様。
ところがさらに調査をすると著作権切れで千円DVDとして売られていたという説も。
まあ、ご縁があればどこかでめぐりあうでしょう。それまで辛抱するか。

COMMENT

シナリオ収集家 URL @
12/23 00:18
昔近代フィルムセンターで観ました。. こんばんは。いつも楽しくブログを拝読させて頂いています。
今作は、昔「近代フィルムセンター」にて鑑賞しました。
シナリオも、成瀬演出も傑作ですよね!
最近、昔の邦画シナリオをご覧になられているというので、邦画シナリオの収集家としての自分も貴殿の記事に親近感が湧きます。
偉そうで申し訳ないのですが、是非名作シナリオの書き写しをされてみてはいかがですか?
根気の必要な作業ですが、竹山洋という脚本家は、それこそ何本も何本も名作の書き写しをされてプロになれたそうです。
ご都合もあるかと思いますが、是非、お時間がある時に何本も実践してみてはいかがですか?
長編シナリオのテクニックが身に付くかと思われます。
決してすぐに効果が現れないとしても、貴殿の研究熱心な姿勢から、よりシナリオに対してのモチベーションが上がるかと。
私も何本も試しましたが未だに成果はありません。(才能が無いので)
ただ、好きなシナリオの呼吸を身体に滲ませる事は刺激的ですよ!
Yonda? URL @
12/23 20:34
シナリオ収集家さんへ. 

コメント、嬉しいですね。「おかあさん」は本当に感動したので、そのぶん記事を書くのにとてもとても骨折りましたから。だれかに読んでいただけたと思うと、それだけでホッとします。これを書いたのが有名評論家でしたら注目度も高いのでしょうが(ひがみです!)。

> 偉そうで申し訳ないのですが、是非名作シナリオの書き写しをされてみてはいかがですか?

むかしからよく言われていますよね。名作小説を書き写してみろ。たぶんシナリオも小説とおなじと思った方が、この方法を提案なされたのでしょう。

ひとつ疑問があります。シナリオ収集家さんは、そこまでどうしても脚本家になりたいですか?(ご作品がありましたら失礼しました) どんな苦労をして「良い」シナリオを書いても、哀しいかな、商業主義のまえではまったく無意味であります。むしろお辞儀の訓練をしたほうがいいくらいでして。知ったかぶって、ごめんなさいです。

あまり読まれていないコメント欄ですから、ぼそっと本音を申し上げます。わたくし、なるべくなら好きなことしかしたくないんです(あはっ、言ってしまった)。強調しますが、なるべくならです。なるべくなら。山田太一さんが好きだから作品を読む。名作シナリオに興味があるから読む。ことさら脚本家になりたいからしているわけではないんです。結果としてなるのなら、それもまた悪くはないと思いますが。なにかを目指していやいや努力をするなんて、もういい歳ですから、とてもとても。どうせ死んでしまうのだから、なるべくなら、好きなことをしたい。やりたいことをやる。明日死んでしまうのかもしれないのですから。

シナリオ収集家さんを批判しているわけでは断じてありません。コメント、ありがとうございます。どこにお住まいか存じませぬが、最近本当に寒いですね。お心づくしのコメントに、寒々とした身があたたまりました。どうもどうも、です。これからもお暇なときにお読みいただけたら、こんなに嬉しいことはありません。








 

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