楽になろうよ

有名な文学賞を受賞したある劇作品を読んでみたらひどくつまらないということがあった。
どう考えてもそれは受賞するレベルではない。
ところが、劇作家で文化人の某氏が諸手を挙げてその作品を激賞しているのである。
本の帯のみならず書籍の冒頭にも絶賛する文章を寄せているのでいぶかしく思ったものだ。
劇作家は女性だったので、有名文化人との情事を疑ったが、
最近真相(らしきもの)がわかった。あまりにも世界は透明だった。
なんのことはない、
くだんの女性劇作家は某洋酒会社経営者一族のお嬢さんだったのである。
文化事業にも積極的なその洋酒会社は、漫画「美味しんぼ」とは仲が悪いようだが、
個人的には嫌いな会社ではない。
かつてクレームがついたこともあるし、該当記事をこのたび削除した。
いまさら不平等がどうのと青臭いことを言うつもりはない。
人生は運であると固く思い定めていたら、
あらゆる不平等や理不尽を笑い飛ばすことができる。
人生は努力だと騙されている甘ちゃんが、この種の「お約束」に耐えられなくなるのである。
くだんの女性は権力者の娘に生まれるという運を持っていた。
ただそれだけの話で、持って生まれた運に、
人間の努力ごときでかなうはずがないではないか。

さて、人生は努力しだいだと思っていると、
ひどく心を病むようになる気がするがどうだろう?
おおらかに運という(人間を超える)偉大な存在を認めてしまえれば、
いまお苦しみのかたもずいぶん楽になれると思うのだが。
というのも三十路に深く分け入るとわかることだが、年下の成功者が山ほど出てくるでしょう。
あれがぜんぶ努力のおかげだと考えたら、自分を嫌いになってしまうのではないだろうか。
自分は努力が足らないんだと思ってばかりいては毎日が灰色になってしまう。
ちぇっ、運がいいやつがいるな。
しゃあない。あんなのは1万人にひとり、10万人にひとりだ。
そう自分をごまかしていくのがいちばん健康的な生き方ではなかろうか?
運を認め気楽に生きていたら、心療内科クリニックのお世話になることもないはずだ。
なるべくならテレビを見ないほうがいいのだろう。
なぜなら基本的にテレビに出演しているのは、
万にひとつの競争を勝ち抜いてきた人間ばかりだからだ。
このためなのだろう。テレビの人は「がんばれば夢がかなう」と言いたがる。
自分が蹴落としてきた何万人の人もまた、
必死の努力を(もしかしたら自分以上の努力を!)していたことに哀しいかな気づかない。
そして、それは仕方がないことなのだ。
だれもが自分の人生での体験から唯一の(しかし千差万別の)真実に行き着くのだから。
別の言い方をすれば、そこに生きる楽しみがあるのだろう。
人とは異なる自分だけの真実を発見していく過程が人生なのではないか。
人生は生きてみないとわからないということだ。

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