「各人各説」

「各人各説」(ピランデルロ/梅田晴夫訳/「名作集」白水社)絶版

→イタリア産戯曲。
タイトルは「各人各説」。意見は人それぞれ。
しかし、ピランデルロはさらなる主張をする。
自分の意見、感想、感情だって、日によってまちまちではないか?
「私」なんていうのは、もしかしたら存在しないのかもしれない。
確固たる「私」が存在するものなどいたら手を挙げてくれ!
人は日によってころころ意見を変えるものなのである。
それをおかしいというほうがおかしいのであって、そもそも一貫した「私」など存在しない。
うっとり語る愛情なんかも、その点まこと人間的な感情で、あっという間に消えてしまう。
かと思えば、ひょんなことから再燃するようなこともないとはいえない。
狂人の特徴として挙げられるのが一貫してない発言や行動だとしたら、
もしかしたら我われ全員が狂人なのではないだろうか?
それほどに我われはみな「私」を持たず、にもかかわらず「私」があるように振る舞う。
露悪趣味のあるピランデルロはこの芝居で劇評家を登場させ、
彼らにまさにこの舞台を手厳しく批判させている。
だが、その意見も翌日には変わっていることを示唆する。

ドロという青年が叫ぶ。「僕が気が違ったというでしょう」――。
自分は気が違ってなどいないとドロは説明する。
みなさんは「僕」の言動を狂人だと判断するかも知れないが、それはどうだろう。

「ああ、そりゃあ馬鹿げたことを山ほど言ったこってしょうよ。
僕がその時何を言ったか憶えているとお思いですか?
言葉は次から次へと出てくるものですからね。
しかしまァいずれにせよ、人間は誰しも、
ある出来事に対して自分の思うままに考える権利を持っているはずです。
誰でも一つの事実を自分にそう思えるように解釈しても差支えないはずです。
今日はこんな風に、そして明日になればまた違った風にね」(P346)


ピランデルロはきっと狂った妻を最大限に理解しようと努めたのだろう。
結果得られた真実は「各人各説」である。
事実はひとつなのだろうが、真実は人の数だけあるのではないか?
なぜならそこには不思議極まりない人間の解釈というやつが介在するからである。

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