FC2ブログ

「この夏、突然に」

「この夏、突然に」(テネシー・ウィリアムズ/菅原卓訳/「今日の英米演劇1」白水社)絶版

→アメリカ産戯曲。
大きな声では言えないが、もしかしたらウィリアムズは2作品だけの作家ではないか?
つまり、「ガラスの動物園」と「欲望という名の電車」のみの――。
うちには足で(金ではない)買い集めた大量のウィリアムズ未読戯曲がある。
かなり入手困難なものも多い。実際に読んだ日本人は極めて少ないと思われる。
結局のところ、自分で(読んで)確かめるしかないのだろう。
しかし、2作品だけの作家ではないかという予感があるからなかなか手をつけられない。
とはいえ、テネシー・ウィリアムズはおそろしい作家という認識に変わりはない。
もしあらかじめストーリーを知らずに「ガラスの動物園」や「欲望という名の電車」を
観劇したら、一生のあいだ芝居という麻薬から逃れられなくなるのではないか。
テネシー・ウィリアムズの名が広告に入っていたら、
たとえどれほど劇評で叩かれていようがチケットを買い求めずにはいられない。
「ガラスの動物園」と「欲望という名の電車」はそれだけの中毒性があるのである。
(幸か不幸かわたしはウィリアムズ作品を舞台で見たことがない)

「この夏、突然に」は非常にわかりにくい。
意味が取りにくい芝居を芸術的と賞賛するやからに、あるいは受けたのかもしれない。
劇は究極の秘密に向けて、もったいぶってのろのろと進む。
秘密というのはなんのことはない、たかだか同性愛(ホモセクシャル)である。
ウィリアムズが自身の性癖をことさらナイーブに取り扱っていたことがよくわかる。
でもまあ、いまを生きる我われからしたら、ホモなんてめずらしくもない。
「実はね、実はね、実はね」と何度も口ごもりながら、最後にばらされる秘密がホモ。
そういうお芝居である。
時代規範、社会規範(=人間は異性を愛すべき!)の強さに支えられた劇といえよう。

若い狂女が登場する。女は男性と海外旅行に行き、帰国したら気が狂っていた。
その男性が旅先で死んだのとなにか関係あるのではないか。
男性の母親はある秘密を世間から抹殺しようと精神科医を呼び寄せる。
狂女にロボトミー手術を施し、廃人にしてしまおうと狙っているのである。
ある秘密を隠すためにだ。精神科医とのやり取りでわかった狂女の秘密とはなにか?
男性が実のところ同性愛者であった!
狂女にわざと透ける水着を着せ、寄ってきた現地の男を彼は食っていたという。

秘密が芸術を作るのだとしたら、求められているのはタブーなのだろう。
いまインターネットによって、
次々と異常性愛告白、男女性器画像、変態妄想物語のタブーが覆されている。
どんどん秘密が秘密としてのパワーを失っているのだ。
あらゆることが「あ、そう」で片付けられかねない。
だとしたら、テネシー・ウィリアムズという劇作家は、時代が生み出した怪物なのだろう。

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/2738-0ca2c091