騙し騙し生きる

ひとつまえの記事で新興宗教、自己啓発セミナー、創作スクールに触れたが、
勘違いされては困る。決して批判しているわけではないのである。
どのみち人間はなにかしらで自分を騙しながら生きていくほかない。
新興宗教や自己啓発セミナーに救われるのもたいへん結構だと思う。
平均寿命80歳の長い人生なのだから、
そのうち数年を創作スクールで暇つぶしするのもあんがい有意義なのかもしれない。
なにが正しくて、なにが本当なのか人間は究極的には知りえない。
あるいは、ある新興宗教の教義がたったひとつの真実ということもありうるのである。
少なくとも信者さんはそう思っているわけでしょう?
死ぬまで信仰を続けられるのなら、
新興宗教に入信するのが最上の生き方なのかもしれない。
仲間がいるというのはなにより心強い。
そのうえ死への不安までなくなるのなら、
いくら高い金を払っても惜しくはないのではなかろうか。
金があるなら自己啓発セミナーもとても効果的だと思う。
半年に一度元気をもらえるのなら百万くらい安いというビジネスパーソンも大勢いるはずだ。

生きていくのなら、なにかで自分を騙していくしかないのだろう。
いつかいいことがある、と自分を騙して生きている人は結構多いのではないか。
いつか素敵な異性が現われ自分を好いてくれると信じているのもいいと思う。
ことさら現われなくてもいいのである。ぜんぜん構わない。
死ぬまでそう信じていれば(=自分を騙していたら)絶望せずに生きられる。
これは「もてない男」におすすめの生き方だ。
元祖「もてない男」の小谷野敦さんは人もうらやむ売れっ子ライターで、
なおかつ東大卒のお美しい若奥さままでお持ちなのに(フェミよ怒るな!)、
「自分は正直者のため不遇である」と信じて生きておられる。
ああいう自分の騙し方もあるのである。ふつうとは逆の騙し方だ。
たぶん、そう信じていたほうが生きていくファイトがわいてくるのだろう。
ならば、それは妄想ではない。これまた正しい生き方のひとつである。
他人のことばかり言うのは卑怯なので迷惑かもしれないが自分語りをすると、
わたしは自分を遅咲きなのだろうと騙しながら生きている(苦笑)。
大酒呑みだから、もしかしたら40で死んでしまうことがないともいえない。
このとき、たとえ成功とは無縁でも自分は遅咲きなのだと絶命まで信じていたら幸いだ。

正しいひとつだけの現実なんて、もしかしたらどこにもないのかもしれない。
それぞれの騙し方があってよい。
そのうち多数派をしめる幻想(妄想)を、我われは現実と仮定しているのだろう。
わたしは「人生は運」だと思って生きている。
おのれの星回りを確かめたいから死なないでいるようなところがある。
運の行く末を見てみたいのだ。
人生でなにが起こるかすべてあらかじめ決まっているのではないか、
とさえ正直に白状するとどこかで思っている。
しかし、「人生は努力」だと信じて生きているほうがおそらく多数派だろう。
少数派は多数派から「もっとがんばれ!」「努力しろよ!」と攻撃される。
ときおり多数派のなかからうつ病になるものが現われる。
少数派は心中でこっそりザマアミロと思ったりするかもしれない。
「人生は運」「人生は努力」のどちらが正しいのかはわからない。
きっとどちらも正解でどちらも不正解なのだろう。
要はどちらで自分を騙すかである。
失敗したときには「人生は運」、うまくいったときには「人生は努力」。
こういう使い分けをしても、むろん構わない。

イエス、釈迦、法然、親鸞、日蓮、道元、一遍といった宗教上の偉人は、
まず自分を騙すことから始めたのである。
自分をも騙せないような教えで他人を騙せるものか!
彼らは自分を騙すのが天才的にうまかったのだ。
どう自分を騙したらデタラメな――
つまり理不尽で不平等極まりない人生を破綻なく生きられるか。
これがおそらく信仰なるものの始原であろう。
強力な詐欺方法を思いついたものが、教団の教祖になったのではないかと思われる。
そのためには狂人のようにこれが絶対に正しいとまず信じ込む必要があった。
キリスト教の死後の裁きなんたらは、言ってしまえば狂人の妄想に過ぎない。
しかし、多くの人間が信じたから世界宗教になったのである。
死後の裁きが正しいのかどうかはわからない。もしかしたら正しいのかもしれない。
おなじくらいに、お題目をとなえたら夢がかなうというのも正しい。
他者を巻き込むほど強く信じたら本当に夢がかなうことも結構あるのではないか。
100%ではないだろうが、100%と信じ込む熱狂は絶対に必要だ。
たとえ報われずに死んだとしても、
最期まで南無妙法蓮華経と口にしていたら幸福だろう。
それほど悪い生き方ではないと思う。
どの宗教が正しいかはわからない。
わからなくても人間は信じることができる。信じるとは、賭けることだ。
生きるとは、賭けることなのだろう。
踊り念仏の一遍上人は「信じるとは、人の言葉に任すこと」と言っている。
だれの言葉に任すかは人それぞれである。
なにを信じてもいい。どこに賭けてもいい。おそらく、どう生きてもいいのだろう。

COMMENT

HN URL @
08/07 02:11
. >イエス、釈迦、法然、親鸞、日蓮、道元、一遍といった宗教上の偉人は、まず自分を騙すことから始めたのである。

彼らは、(騙すつもりの)自分がハナからいなかったことに気がついて爆笑した人たちではないでしょうか?
Yonda? URL @
08/08 00:12
HNさんへ. 

さあ――。本人に聞けたらいちばんいいのかもしれませんが人間は嘘をつきますからね。「本当はね」「正直に白状するとね」「ここだけの話ね」といった言葉が最初に出てきたときは、それはもうかなりの確率で(苦笑)。嘘は本当で、本当は嘘なのが宗教だと個人的には思っております。
HN URL @
08/08 00:45
. >人生でなにが起こるかすべてあらかじめ決まっているのではないか、
とさえ正直に白状するとどこかで思っている。

ええっ~!、Yondaさんのこの言葉も嘘なのですか?信じたのに(笑)
私も起こることはあらかじめ決まっているのではないのかと思っています。
そのほうが解放されるような気がします。
コメントにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。

Yonda? URL @
08/08 00:59
HNさんへ. 

アハハ、ばれましたね。わたしなどはこれから嘘をつくぞ~というときに微笑みながら以下の前ふりを使います。「本当はね」「正直に白状するとね」「ここだけの話ね」。ほかには――。「ぶっちゃけ」「身もふたもないことを言うと」。これらも嘘を言うまえの枕詞(?)みたいなものですね。このためか、他人の文章でも「本音を言うと」など登場すると、さあ嘘が始まるぞと身構えます(笑)。

人生、努力しだいでどうにでもなりますよ♪ がんばれ、がんばれ♪ がんばる、がんばりまっす♪ がんばって偉くなるお♪

真実は嘘でしか語れないようなところがあり、また反対に、本当のことを言葉にするとどうしても嘘になってしまう、というような虚実の関係が人生にはあるような気がしております、本音を言うと、ここだけの話(笑)。
きんぽうげ URL @
08/08 09:47
. Yonda?さんの成功はただひとつの形であるべきなのでしょうか?

コメント欄に書き込みがあるというのは、他のブログではそれほど多くはないのではないでしょうか?
コメントの内容も お節介なアドバイスや上から目線な調子であったりもするようですが、
中にはもののわかった方からのアクセスであったり。
多様な人たちが、こちらのブログを訪問なさっているように思います。

私も時々訪問させて頂いています。
私では思いつかなかった考えを記述なさってることも稀ではなく、なるほど、そう考えると人生、つじつまが合うな・と納得するなどで、こちらに訪問させて頂くのを楽しみにしています。
ただその思いを、コメントとしてフィードバックするのは、文章を書く才能のない者としてはやっかいなもので、
なかなかコメントという形にはできません。
そういった意味で労を尽くしてこちらにコメントを残す方々は勇気もあり、「本の山」に少なからぬ関心を寄せていらっしゃる、ということだと思います。
つまり、Yonda?さんは特定の人数の方たちに影響や刺激をを与えていらっしゃる。
このことは社会から見て全くの「無」ではない。

つまり、Yonda?さんは「成功」の何割かを果たしていらっしゃるのではないでしょうか?
「夢」と「成功」は別のものなのかもしれませんが…。

40代 女性
Yonda? URL @
08/10 22:06
きんぽうげさんへ. 

なんか、その、返事が遅くなってしまい、すんません。えとあのその、根がいいかげんな人間なので、どうにも堅苦しいのは緊張してしまい、ど、ど、どもってしまうようなところがあります。……自虐的でいけませんね。

コメント欄ってなんなんでしょうね。以前、見知らぬ人から「本の山」はコメントがあまりつかないからダメだと説教された記憶があります。基本的に独り言ですから、そこまでコメントを欲しているわけではないのですが、わかっていただけませんでしたね。

成功ですか。どうなんでしょうかね。あ、いいこともありますよ。あんまりこういうことは書かないほうがいいのでしょうが、コメント欄は読んでいる人も少ないでしょうから書いちゃいます。先日、うちのブログのアフィ経由でどなたかが1万5千円の、あれはプリンターかな、を買ってくださいました。一気に5百円以上お小遣いが入ってしまい感動しましたね。うわあ、不労収入じゃん、これってと(苦笑)。

人からはほとんど認められていませんが、なぜかグーグル先生だけは評価してくださいます。色々なワードで検索上位になって、我ながら影響力(?)の強さに驚いています。思い上がっているようなところはないつもりですが、これからも細心の注意を払います。

調べてみたらきんぽうげさんから最初にコメントをいただいたのは去年の3月なんですね。ああ、あのころは幸福でした。いえいえ、問題はそこではなく、長いあいだ見守ってくださりありがとうございます。ほんと、だれがご覧になっているのかわからないんですね。アクセス数はあまり変わりませんから、数ヶ月で飽きられているのかなと思っていました。1年以上もほんとうにありがたいことであります。








 

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