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「負けない技術」

「負けない技術」(桜井章一/講談社+α新書)

→副題は、20年間無敗、伝説の雀鬼の「逆境突破力」。
例によってブックオフの105円コーナーで拾ったのだが、落書きがされている。
よく見るとマジックで汚く「雀鬼 桜井章一」と書かれているではないか。
雀鬼――。麻雀の鬼か――。
人から呼ばれるのなら格好いいかもしれないけれど、
自称するのはちょっとあれじゃないですか? 
あれってなにさ、と聞かれると答えに窮しますが。

タイトルがうまいと思う。さすがは講談社の編集者と感心する。
現代の日本人は、負ける恐怖にかられて懸命に競争しているわけだ。
勝敗を分けるのは、おそらく運なのだろうが、
こういった偶然性に身をまかすことができるほど無宗教の日本人は強くない。

マスメディア側の狙いもあるのだろう。
高度資本主義社会は、幸福な人間をなにがなんでも潰してかかろうとする。
本来なら、たとえ人生で多少負けていても本人が幸福ならそれでいいのである。
かならずしも勝利が幸福と結びつくとは限らない。
もしかしたら敗北のほうが幸福と親和性が高いということさえ言えるのではないか。
だが、だれもがそのことに気がついてしまったら消費がまったく伸びなくなる。
だから、マスメディアは不安をあおる。あなたは不幸なんだと決めつける。
そのうえでこうしたら不安は消える、幸福になれると、
情報やら商品やらを売りつけるわけだ。
たとえれば、悪徳な医師のようなもの。
健康な患者を異常と診断して(=病気を作る)治療すれば金になるでしょう?
これと似たようなことをマスコミと大企業が手を組んでいまやっている。

つくづく「負けない技術」というタイトルはうまいと拍手したい。
本屋でこの書籍を見かけたら買わずにはいられないのではないか。
しめしめ、この本を読んだら他人を出し抜けると勤勉な人間は思うはずである。
これは本書の内容を批判しているわけではないが、「負けない技術」はウソだからね。
「負けない技術」などあるわけがない。
少し考えてみたらわかると思う。この新書を読んだ4人が麻雀をしたとする。
かならずだれかが負けなければならないでしょう。損をするものはかならず現われる。
だったら、「負けない技術」が負けてしまったということになるのではないか。
こんな当たり前のことに考えがいたらず、すぐさま本書を持ってレジに走ってしまうほど、
いまの日本社会では「負ける」ことが恐れられているのかもしれない。

人生の勝負に客観的な基準はない。常に当人の主観的な判断で決められる。
これをくだけた言い方にかえたら、本人が「負けた」と言わなければOK。
まえNHKで見たけれど、借金だらけの中小企業の社長がさ。
とっととクローズしたらいいのに、
おかしなプラス思考で借金を雪だるま式に増やしていた。
まだ負けていない、とか(苦笑)。正しい努力をしたらかならず報われる、とか(憫笑)。
負けを認めたほうがよっぽど楽になれるのに、
どうしてそうしないのだろうと思ったものである。
いや、人間とはそういうものであるとすぐに思い直したけれども。
「負けない技術」があると雀鬼は言う(本当は講談社の編集者じゃないかな?)。
ところが、実際は「負ける」ほうが「負けない」よりも困難なのではないか。
というのも、人間はなかなか「負け」を認めたがらないでしょう。
むしろ求められているのは「負ける技術」なのかもしれない。
しかし、このタイトルの本が売れないのは、講談社の編集者でなくてもわかる。

人生の勝負師・桜井章一の言葉に耳を傾けてみよう。
十中八九、本書のタイトルに著者はかかわっていないと思う。
ひょっとしたら、このタイトルに反対したのではないかとさえ思うくらいである。

「先日、雀鬼会の道場生に、
「格好よく勝とうと思わないで、格好よく負けることを考えたら」
とアドバイスをしたことがあった。
するとその者は、その後の対局で圧倒的に勝った」(P21)


雀鬼会ってなにさ~。問題はそこではなく勝負一如ということ。
勝ちを知るということは、負けを知ることでもあるのだろう。

「とある冬、薄着のあなたは太陽の光を浴びて体を温めていたとする。
そのときに雲が太陽の光を遮ってしまった。
そんなとき、あなたならどんな対応をするだろうか?
私からすると「勝ち」にこだわる人たちはみな、
太陽の光を求めて歩きだしてしまう。
ただ単に、雲が流れ去るのをじっとまっていればいいだけなのに、
それができない」(P35)


実人生では雲が去るどころか、雨まで降ってきちゃうことがあるからね~。
どこまで待てるかというのが、その人間の器量なのかもしれない。
でさ~、結局、雲が流れ行くまえに死んだとしても、仕方ないと思えるくらいでないと。

「景気や勝負のみならず、川の流れも雲の流れも、絶えず変化している。
「ものごとは変化して当然」という感覚を常日ごろ持っていれば、
いちいちそれに惑わされずに済む。(……)
固定観念をそのつど消し去り、“感ずる”ことを大切にしている人は変化に強い。
なにがどう変わったのか、なにがどう変わっていくのか、
それを感じることができるから、時と流れの変化にもついていけるのだ」(P80)


最近思うのは、いわゆる成功者はみな時流に乗っているようなところがあるよね。
みんな努力しているんだから、努力だけで成功するのなら、みんな成功しているはず。
雀鬼だってずっと裏世界にいたのに、いま明らかに時流に乗っている。
時流はだれでも乗れるものではないだろうが、著者が重視するのは「感じる力」。

「考えすぎて裏目に出てしまった。
そんな経験はだれにでもあるのではないだろうか。
ギャンブルの世界では、最初に「これだ」と思った第一印象を翻したがために、
結果が裏目に出てしまうことが往々にしてある。
パチンコで「この台にしよう」と思ったのに別の台のほうがよさそうに見え、
そちらの台に変更した。しかし自分の台はまったく当たりが出ないのに、
最初にいいと思った台で打っている人が大当たりしていた。
そんな悲しい体験をしたことのあるパチンコ好きの人も、きっと多いに違いない。
現代人は、最初にパッと見たときに「これだ」と感じた、
自分の“感じる力”をなかなか信じられないようだ。
すべての人の感じる力が弱いのではない。
せっかく感じる力が働いているのに、
自らその直感を捨てて迷い込んでしまうことが多いのだ。
迷いが重なると、「なぜ負けたんだろう。考え方が間違っていたのかな」
と負のスパイラルにはまり、脱け出せなくなる。
だから、また同じ負けをくり返してしまう。
「考えたからこそ負けた」という真実にいつまで経っても気づかない。
考えれば考えるほど選択肢は増え、
直感というセンサーを狂わす雑音もたくさん聞こえてくるようになる」(P174)


これはノウハウ(=知識、技術、選択肢)など無視しろ、と言っているのに近い。
雀鬼は「負けない技術」など捨ててしまえ、と主張しているのである。
我らが雀鬼は大手出版社のエリート社員(の悪だくみ=タイトル)に負けていない!

(追記)雀鬼会とはなにか↓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%80%E9%AC%BC%E4%BC%9A
ユーモアがある紹介で笑えた。

> 桜井自身が出場しないことに根強い批判もある。

実のところ「負けない技術」は勝負をしないこと。教えること。弟子に勝負させること。
こういうところにあるのかもしれませんね♪

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