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考える夜

とある締切が迫っていて、こんなことを書いている場合ではないのだが――。
どうにも考えがまとまらないのである。だったら、書いてみるしかない。
考えるとは、書くことなのだから。考えるとは、言葉を使用すること。

努力をどう捉えたらいいのだろうか?
そもそもわたしは努力をしているのか?
人一倍、ドラマについて勉強しているという自負がないわけではない。
しかし、わたしよりはるかに大変な環境で努力なさっているかたが大勢いるだろう。
おのれの修練など、恥ずかしくてとても努力とは言えない。

「努力したから報われた」という物語パターンがあるでしょう?
小説、漫画、ドラマ、映画のうち、このパターンはかなりの比率を占める。
わたしは「努力が報われる」話を書きたくないと思ってきた。
しかし、この態度は誤りではないか、という反省も最近ある。
なぜなら、ドラマというのは嘘でしょう?
観客は辛い現実をいっときでも忘れたいわけである。
だったら、「努力が報われる」ドラマは、フィクションの本流ではないか?

どうして「努力が報われる」ストーリーを嫌うのか?
現実がそうではないからである。
だが、現実とは異なる世界を描くのがフィクションなのだからいいではないか?
だがしかし、「努力は報われる」という嘘を本当だと信じる人をこれ以上増やしたくないのだ。
だれも映画やテレビドラマで、死んだ人間が生き返った話を見ても本当だとは思わない。
名家のお嬢さまが中卒配管工と結婚したという話を本当だとは思わない。
ところが、「努力は報われる」という話だけは本当だと信じられてしまう。
それだけみんなから愛されている物語なのである。

思い切って「努力が報われる」シナリオを書いてしまおうか?
受け手が求めているものを差し出すのが商売の手法でしょう?
ならば、物書きがどうしてそれをやってはいけないのだろうか?
どうしてこんなに「努力が報われる」作品を書くのに抵抗があるのだろう?
本当は「努力が報われない」からこそ「努力が報われる」ドラマが必要なのではないか?

ひと晩寝てから再度考えよう。寝ているあいだも人は考えている。

COMMENT

ぬるり URL @
07/16 01:00
. こんばんは。
私も同じようなことを考えていました。

ところで、報われるって何なのかな、とも思います。
Aを目指して努力して、Aになったら、報われてます。
Aを目指して努力して、Bになったら、報われていないのでしょうか。
Aを目指して、それがZになってしまったら…。

プラスはマイナス、マイナスはプラス、じゃないですけど
そういう「報われ方」を考えるのがドラマ作家の仕事なのかも知れませんね。

私は、Aを目指してAになる話は基本的に好きません。

分かったようなことを言いました、すいません。
Yonda? URL @
07/16 11:06
ぬるりさんへ. 

おっしゃるとおりなのです。
とはいえ、努力の完全勝利物語を好む一定層がいます。
さらにこの層はかなりの比率を占めます。
たとえば、カツマーやS学会員です。

同人的創作態度なら努力による成功のマイナス面を声高に描けます。
しかし、商業を意識したとき、どうなるか?
お客さんを意識するということです。
努力勝利物語に感動したと泣く人が大勢います。
それだけ現実は、まあ、努力が報われないのでしょうね。
にもかかわらず、一部の成功者が努力を強調する。
困ったことになります。

努力して成功したものが失敗者を嘲笑う姿は醜いですよね。
これをコミカルに描いてしまっていいのかどうか。
いまも迷っています。
anon URL @
07/17 21:00
. はじめまして。FC2の訪問者リストからきました。
ちょうど昨日「叶わなかったら夢は終わりか?」というテーマで記事を書いていたので、なるほどと思いました。

私の記事は「(違う形になって)報われる」表現をしていますが、読むかたにとっては魅力のある記事ではないのですねえ。
ドラマを書いているわけでなく人気取りで記事を書いているわけではないのでいいのですが、Yonda?さんのこの記事読んで得心がいきました。

実は私は田村隆一さんが大好きで、Yonda?さんの別記事「ぼくの人生案内」を見つけて
そのなかの引用文章にポロポロと涙がこぼれてしまいました。(涙の理由は懐かしさからなのか言葉が琴線に触れたのかはわかりません)
私の記事からYonda?さんの「ぼくの人生案内」の記事にリンク張らせていただけないでしょうか?
Yonda? URL @
07/18 01:09
anonさんへ. 

> 私の記事からYonda?さんの「ぼくの人生案内」の記事にリンク張らせていただけないでしょうか?

ぜんぜんOKです♪

努力は成功者が論じてこそ(少量の)意味があるのに、
ペエペエの脚本家に努力云々とドラマで語られてしまうと正直うんざりします。

努力が(割合高い確率で)報われるのなんて受験勉強くらいです。
そうでないと思う人には難病患者を「努力が足らない!」と叱り飛ばしてほしいものです。
anon URL @
07/18 10:54
. ありがとうございます。
記事中リンク張らせていただきました。

>努力が(割合高い確率で)報われるのなんて受験勉強くらいです。

ほんとうにそう思います。
私には未経験のことですが、子供たちを見ていてそう思います。
それでも明暗をわけることはある。努力が足りていても、です。

長い人生を考えたら、第一志望に合格だけが成功という考えは持ってもらいたくないなと思います。自分の子にもどのお子さん、お母さんにも。
Yonda? URL @
07/19 01:17
anonさんへ. 

子どもが難病の親御さん。
子どもに自殺されてしまった親御さん。
こういう親からしたら、
子どもなんか「生きていてくれるだけでいい」のですよね。
いえ、はい、わたしも親になってみないとわかりませんが。

しかし、ただ生きている、というだけでも、相当にありがたいことです。
生きているのはいい――あるとすれば詩人や俳人のメッセージなのでしょう。
生きているのはいい♪ ルンルン♪
- URL @
07/19 13:38
承認待ちコメント. このコメントは管理者の承認待ちです
通りすがり URL @
07/27 21:11
はじめまして. はじめまして。私は宮本輝の作品が大好きで書評を検索していたらここに辿り着きました。

管理人さんの考え方や、作品に対する見方などが、本当に自分の考えを高い次元でまとめて代弁してくれているように思えます。

努力が報われるという作品を書くことについてですが、私も努力が報われる作品を自分が書くのは抵抗あるとおもいます(笑)

何が嫌かって、ドラマに出てくるシチュエーションの多くは、努力を用い、乗り越える対象がいっつもドラマっぽくてザ・悲劇、物語的なんです。いってしまえば、努力して成功したときにそれが美談になることを前提に描かれているように思えるんです。
そして、そういう物語を見ていると、すごく刹那的な成功の一場面をくり抜いて美談仕立てにしている気がするのです。

でも、現実の乗り越えるべき壁はもっとずーーっと地味で泥臭くて、人の目には見えない自分だけの壁や、葛藤があると思うのです。そして、過去にドラマのような成功を努力によって手に入れたとしても、その後にその努力すべき対象がなくなってしまえばたちまち人は堕ちていくと思うのです。

ですので、私は、ドラマとして王道の努力しました勝利しましたのカッコいい美談ではなく、周りから見たらたいしたことではないかもしれないけど、その人個人の視点から見たらそれは大きな進歩であり、そして今こここそがスタート地点なんだ。と思わせるような、個人の戦いと、継続的な努力を続けられる精神状態に至るまでの過程を描いてほしいのです。

今の若者や無気力な人たちは、努力し乗り越えるべき対象が壮大ではない場合が多いです。

何一つ不自由のない私のような若者は、何と戦うべきか?ということをテーマにした物語がけっこう需要があるのではないでしょうか?


いきなり訪問したうえに長文申し訳ありません;
これからちょくちょく見させてもらうと思います(笑)


Yonda? URL @
07/30 12:07
通りすがりさんへ. 

結局、努力が報われる話をなんとか書き上げました。
しかし、努力して成功したけれども、
代わりに大切なものを失っていることを強調してしまい――。
初稿は書きたいように書かせていただいたので満足です。
もし改稿の機会がありましたらプライドやポリシーを捨てて、
より多くのお客さまの望む設定に変えようと思っています。

努力してなにかを得るでしょう。
かならず失っているものもあると思うのですね。
なにかを失ったときもおなじで、なにかしらを得ている。

子どもが生まれたら嬉しい。
けれども、これからしばらく子育ての苦労が続くわけです。
人が死ぬのはさみしい。
とはいえ、当人の苦しみは現世からついに離れることができた。
いろいろな考え方のあることを見失わないようにしたいと自戒しています。
もふ URL @
07/31 02:03
. 執筆お疲れ様です。

通りすがり、改めましてもふです。


現状を理解してなんとか前向きな軌道へと修正するためには失ったものへの見方を変えられる価値観や考え方を持つことが大事だと。
得たものと失ったものの定義は自分次第で変えられるんですね・・。
人の命には外的偶然を内的必然と観じる力があると宮本輝さんの著書にも描かれていますし。

話は変わりますが、過去ログを読ませていただいたところ、yonda?氏の宮本輝氏への書評や宗教の捉え方など、自分に相通ずるものがあると思いました。
自分もyonda?氏ほどの苦労を背負ってはいませんが、相当に心を病んでいる人間で、また宮本氏の著書に救われた人間でもあります。
そして、「青年の宗教」である学会へのジレンマなども、今現在の氏の考えが変化していなければ、非常に私と似通っています。

私としては、自分と同じようなジレンマを抱え日々を生きている人間を発見できたのはとてもうれしいことです。


ちょくちょく見に来るのでよろしくお願いします・・・。
Yonda? URL @
08/02 18:15
もふさんへ. 

何度もコメントありがとうございます。
とても励みになりました。
どうかこれからもよろしくお願いします。








 

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