どこまでやれるのか?

2010年1月4日、高麗神社にて撮影↓

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質問をする。宝くじで3億円が当たったら、なにをしたいか?
おのれの小ささに絶望してしまう。
ろくな使いみちを思いつかないからである。
海外の高級ホテルに泊まっても萎縮してしまうことだろう。
(小汚いホテルのほうがかえって落ち着くよな……)
日本で最高級の中トロを食べても、その味を心底からは楽しめないはずである。
(スーパーで買った半額寿司のほうが感動があったような……)
暴力団筋に大金を支払い人気女優の某と一夜をともにすることができても、
愛想笑いするだけが落ちのように思えてくる。
(きれいすぎて、なんか怖いよ……)

人間とはなにか? 欲望である。自己の欲望の小ささがいやになる。
わたしという人間の矮小がわかってしまう。

「人間はなにをしてもいいんだ」とは(こちらの未熟ゆえ誤りかもしれぬが)
恩師の原一男先生から教わったこと。
なにをしてもいい。なんでもできる。
これが人間の自由だ。人間は自由を目指さなければならない。
不自由は苦しい。自由を求めよ。自由とは、なんでもできること!
どうして我われはなにもできないのだろう?

誤解を一切恐れずにいうが、殺人犯を尊敬する思いがある。
すげえよなと思う。自分にはとても人を殺せないからである。
殺してもいいよと言われても殺せない。
万引犯も尊敬する。わたしはどうしても盗むことができない。
会社の大金を横領した人にも驚異をおぼえる。小心者だから、真似できない。
女に夢中になって大金が必要だったという犯行理由にも敬意をいだく。
わたしはかれほどまで女に惑溺することができない。
おのれの狭量に泣きたくなる。
暴走するが(暴走したいのだ、どこまで人間は書けるのか)レイプ犯にも拍手を贈りたい。
わたしはとてもいやがる異性を強制的に犯すことなどできないからである。
ヒットラーは偉い。織田信長は偉人である。
我われの大半が「なにをしてもいい」と許されても、なにもできやしないのだから。
たとえ罪に問われなくても、我われは嫌いな人間を殺すことができない。
おそらく憎む相手を傷つける言葉さえ吐けない人間が多いのではないか。
幼女を少女を処女を犯すことができない。
通勤する会社員を嘲笑いながら駅のホームでエビスビールをのむこともできない。
軟弱者! ヘタレ! チキン! おまえは女の腐ったようなやつだ!

巧みな詐欺で善良な老男老女から大金を巻き上げ、
バンコクで酒と女におぼれるロクデナシは偉い。
なぜなら、わたしには真似できないからである。
あなたは自分のことを善良で勤勉な人間だとどこかで誇っていないか?
それは違うのである。単に勇気も根性も野心もない奴隷にすぎないのである。
わたしも奴隷である。おのれが奴隷であることを知っている奴隷である。
せいぜい信号無視やゴミ放置くらいしかできやしない。
どれだけがんばってもキセル程度が限界である。痴漢もできないような小物である。
くそったれ! バカヤロウ! ……バカヤロウ。。。。

COMMENT

茶子 URL @
01/05 16:42
懐かしい!露西亜二人娘ですね. > 「人間はなにをしてもいいんだ」とは(こちらの未熟ゆえ誤りかもしれぬが)

いえいえ、これは他でもない、原一男先生の御言葉です。
実は私の連れ合いも、原先生の授業を受けていた一人でして。
「人間は何をやってもいい、原一男のこの言葉に救われた」なんて言ってたのを思い出しました。

それにしても。
> 通勤する会社員を嘲笑いながら駅のホームでエビスビールをのむこと

これはやってみたい!
Yonda? URL @
01/06 21:17
茶子さんへ. 

へえへえ。考えてみたら、原一男先生って教え子が多いのですよね。
日本映画学校でも、早稲田でも(過去)、大阪芸術大学でも。
ウイルスのごときやばい遺伝子を若者に散布していらっしゃる。
原先生はわたしの出逢ったもっとも魅力ある男です。

いろいろな意味で「どうしようもない」人は魅力的だと思います。
「どうしようもない」ところにおのれを追い込んでいく生きかたを恩師から学びました。








 

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