勝ち負け

ビール(もどき)をのみながらオセロをやった。
20年ぶりだろうか。ゲームのオセロである。
あちらは本気で勝とうとしている。二手先、三手先まで考えているようだ。
わたしは負けてもいいから、思いつくまま適当にコマを置く。
困ったのは時間。こちらはいいかげんだから即座にコマの位置を決める。
ところが、あちらは真剣だからかなりの思考時間を要する。
「ちょっと、早くしてよ」とビール(もどき)をのみながら指摘する。
やはり考えているほうが強い。盤上は白(わたしは黒)で埋め尽くされている。
負けるのシャクだが、はなから勝負をあきらめているのだから仕方がない。
端(はし)も白が占領するようになる。
どうしたきっかけで、ああなったのかいまでもわからない。
突如、わたしに風が向いたのである。黒が勢力を増し始めた。
この時点でも、わたしは勝てるとも勝とうとも思っていなかった。
ところが、どうだろう。いつの間にか攻防は逆転して圧倒的な黒優位に。
自分でもなにがなんだかまるでわからなかった。勝利したのである。

あんがい、こんなものでもないかと思う。むろん、あちらも酔っ払っていた。
したがって、酒呑みふたりの勝負の結果から
なにか究極の真実を発見したと声高に主張したいわけではない。
しかし、ぞんがい実際はこんなものではないだろうか。
勝とう勝とうと計算し尽くしていたものが負けてしまう。
勝敗を度外視していたほうが、予想外の果実を手にする。
いまは不況のせいか成功哲学(自己啓発)の書籍が盛んに出版されるでしょう。
こうしたら成功できる、こうしたら人生に勝利できると教える本が売れる。
ところが、成功しよう勝利しようと思っても、どれだけ努力しても、
かなしいかな、圧倒的大多数は成功も勝利もできない。
ならば、あえて負けるようにたくらんでみたらどうだろうか。
勝敗度外視どころか、わたしのオセロゲームのようにわざと負けるべくコマを置く。
思いつきでポンポン物事を決めてしまう。先のことなどまったく考えない。
挙句(あげく)、負けるのならば、予想していた通りである。
果たして、この達観者は敗北するのだろうか。
思いのほか、こういう態度の人間がゲームに勝ってしまうのではないだろうか。

どうして人間は自力で努力で人生ゲームに勝利できると思うのだろうか。
ひっくり返す。
どうして人間は自力で努力で人生ゲームに敗北できると思うのだろうか。
勝利しようと思っても敗北してしまう。
ならば――。こんなことを考えるわたしは、おそらくキチガイなのだろう。
通っている某創作スクールでは、
とにかく講師の指導に従うのが成功への道だと教えている。
成功をなかばあきらめてしまうと怖いものがなくなってしまう――。

(注)ここは強調しておきたいが、
ゲームに勝つことで相手との人間関係が悪化してしまうことは多々あるので、
人生も同様、勝てばいいというものではない。
「負けるが勝ち」の重みを忘れてはなりません。

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