「蓮如文集」

「蓮如文集」(笠原一男校注/岩波文庫)

→蓮如(れんにょ)は室町時代の高僧。
浄土真宗(南無阿弥陀仏!)の布教で活躍し、
本願寺教団の勢力拡大に大きな貢献をした。
最初に高僧と書いたが、蓮如はむしろ事業家といったおもむきが強いのかもしれない。
ご存知のように、鎌倉時代に(法然の弟子)親鸞が浄土真宗を開いた。
親鸞が偉大な宗教家であったのは疑いえないが、
概して聖人は俗なるものに関心を持たない。勢力拡大などもってのほかである。
したがって親鸞存命時、信徒たちはマイナーな集団に過ぎなかった。
蓮如は親鸞直系の第八代目。
のちに大きな勢力となる本願寺教団の礎(いしずえ)を作ったとされる。
わかりやすく説明しよう。
親鸞は巨大な宗教家で、なおかつ優秀な指導者であった。
ところが、哀しいかな、田舎の私塾の先生に過ぎなかったわけである。
蓮如は親鸞の教えをより簡明にして全国展開をはかった。
田舎の私塾をマンモス予備校に仕立て上げ、各地に分校を作ったようなものだ。
5回結婚して計27人もの実子を世に送り出した蓮如とはいかなる男だったのか。

「蓮如文集」は、この宗教家の手紙を集めたもの。
蓮如はもっぱら御文(おふみ)と呼ばれる手紙を通して布教を行なった。
一読して思うのは、とにかくわかりやすいということだ。
シナ仏典からの引用はほとんどなく、そのうえ内容の重複もことさら多い。
親鸞のような深みがないという批判もあるだろう。
では、なにゆえ蓮如には深みがないのか。迷いがないからだと思われる。
蓮如はおのれの信仰に揺るぎのない確信を抱いているふしがうかがえる。
法然の明るい秀才も、親鸞の暗い情熱も、実務家の蓮如は持ち合わせぬ。

蓮如を商売人として見てみよう。
職業仏教従事者としての蓮如の思想はいかなるものだったか。
蓮如84歳のときの御文(手紙)を全文引用する。
信者からの志納金への感謝を伝えている。

「抑(そもそも)、毎年やくそく代物(しろもの)之事、
たしかに請取候(うけとりそうろう)。この趣、惣中(=門徒全体)へ披露有るべく候。
かへすがへすありがたく覚え候。就其(それにつけても)、
一念にもろもろの雑行の心をふりすてて、弥陀如来後生たすけたまへとまうさん人は、
かならずかならず往生は一定(いちじょう)にてあるべし。
その分よくよく惣中へ披露そろはば、可然(しかるべく)候。
なにごとも往生にすぎたる一大事はあるまじく候。
今生はただ一端のことにて候。
よくよくこころえられて候て往生せられ候はば、しかるべきことにて候。
あなかしこかしこ」(P228


この御文に蓮如思想が象徴されているように思う。
蓮如は仏教の真諦を信心にのみ見るような夢想家ではなかった。
形にあらわれた数字の重要性もよく理解していた。
数値化された信仰、
すなわち門徒の合計数、志納金の多寡(たか)にも気配りを怠らなかったのである。
上記引用の御文は、礼状などという軽々しいものではない。
蓮如が販売しているところの無形の商品そのものである。
では、蓮如が金銭の代わりに門徒へ与えていたものはなんだったか。
結論から先に述べると心の安らぎである。
どうして信徒は蓮如の手紙から深い精神的安心感を得るのか。
その秘密は御文のなかのこの一文にある。繰り返し引用したい。

「なにごとも往生にすぎたる一大事はあるまじく候」

往生より大切なことはなにもない。
蓮如上人が自信をもって販売していたのは往生なのである。
極楽往生と言い換えてもよい。死と言ってしまっても構わない。

御文には「老少不定(ふじょう)」という言葉が頻出する。
校注の笠原一男氏は、このような説明をしている。

「老少不定:人間の寿命が、老人も年少の人も、いつ死ぬか定まっていないこと」(P177)

人間の寿命を決定するものはなにか。蓮如は死について饒舌に語る。

「あはれ死なばやとおもはば、やがて死なれん世にてもあらば、
などかいままでこの世にすみはんべりなん」(P176)
(ああ死のうと思えば、すぐに死ねる世であるならば、
どうして今までこの世に生きながらえていようか)


蓮如は自殺をなかば否定している。人間は死のうと思っても死ねるものではない。
同時に、死のうと思わなくても死んでしまうのが我われである。

「当時このごろ、ことのほか疫癘(えきれい=疫病)とて、ひと死去す。
これさらに疫癘によりてはじめて死するにはあらず、
生れはじめしよりして定まれる定業(じょうごう=前世からの定め)なり。
さのみふかくおどろくまじきことなり。
しかれども、いまの時分にあたりて死去するときは、
さもありぬべきやうにみなひとおもへり」(P211)


人は疫病流行によって死ぬのではない。
たしかに我われの目には疫病が原因で人がばたばた死んでゆくように見えるかもしれない。
けれども、人を死に至らせるのは疫病ではない、と蓮如は主張しているのだ。
人は生れたときから決まっている定業に従い死んでゆくものである。
まこと人間は無力で、はかない存在ではないか。

「それおもんみれば、
人間はただ電光朝露のゆめまぼろしのあひだのたのしみぞかし。
たとひまた栄花栄耀にふけりて、おもふさまのことなりといふとも、
それはただ五十年乃至(ないし)百年のうちのことなり。
もしただいまも無常のかぜきたりてさそひなば、
いかなる病苦ににあひてかむなしくなりなんや。
まことに死せんときは、かねてたのみおきつる妻子も財宝も、
わが身にはひとつもあひそふことあるべからず。
されば、死出の山路のすゑ、三途の大河をば、ただひとりこそゆきなんずれ」(P53)


蓮如は当たり前のことを言っているのである。
我われのだれもが知りながらも、見ないようにしている当然至極のことを。
いくら成功して思うがままに振る舞えようが、どのみち50年100年のこと。
成功者にも無常の風が吹く。いついかなる病に倒れるか知れたものではない。
いざ死ぬとなったら妻も子も、高級ブランド品も不動産も持っていけない。
だれもが死後はひとりで三途(さんず)の河へ向かわなければならぬ。
ひっくり返せば、いくら不幸で失敗つづきだろうが、たかだか50年100年ではないか。
死んでしまえば失敗者も成功者もおなじ無一物の身。
このとき真に重要なものがわかろうはずである。
南無阿弥陀仏である。他力の信心である。以上が蓮如のセールストークといってよい。

商品説明に入ろう。南無阿弥陀仏とはなにか。他力の信心とはなにか。
蓮如の説明はとてもわかりやすい。

「それ、他力の信心といふは、なにの要ぞといへば、
かかるあさましきわれらごときの凡夫の身が、たやすく浄土へまゐるべき用意なり。
その他力の信心のすがたといふは、いかなることぞといへば、なにのやうもなく、
ただひとすぢに阿弥陀如来を一心一向にたのみたてまつりて、
たすけたまへとおもふ心の一念おこるとき、
かならず弥陀如来の摂取(しょうじゅ)の光明をはなちて、
その身の娑婆(しゃば)にあらんほどは、この光明のなかにをさめおきましますなり。
これすなはち、われらが往生のさだまりたるすがたなり。
されば、南無阿弥陀仏とまうす体(たい)は、われらが他力の信心をえたるすがたなり。
(中略) あら殊勝の弥陀如来の他力の本願や。
このありがたさの弥陀の御恩をば、いかがして報じたてまつるべきぞなれば、
ただねてもおきても南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏ととなへて、
かの弥陀如来の仏恩を報ずべきなり」(P128)


南無阿弥陀仏のからくりはこうである。念仏にはふたつの意味がある。
「たすけたまへ」と「ありがとう」である。ヘルプミーとサンキューである。
人間はときにひとりでは背負いきれぬ重荷を人生で押しつけられる。
そのときに「助けてください」=「南無阿弥陀仏」と口にできる安堵はどうだろうか。
ひとりではないという気にはならないか。
「南無阿弥陀仏」は「阿弥陀仏さまにお任せします」との意味。
おのれの苦悩、煩悶、絶望を弥陀如来に預けてしまうのである。
耐え切れぬ重荷をともに背負ってもらう。こうしたらどんなに楽になることか。
どんな苦しみも、生きているあいだのことに過ぎぬ。
念仏のおかげて死後は往生が決定している。
そう思うと憂き世のかなりを耐え忍ぶことができるのではないだろうか。
弥陀如来の光明につつまれるとは、そういうことである。
孤独や絶望の闇のただなかにいても、
南無阿弥陀仏ととなえたら、どこかに光明が見いだせないだろうか。
その光明はやがて広がり苦悩者を明るく照らしてくれるはずである。
世界は自力や努力だけでは、どうしようもないことであふれている。
人間は貧富や美醜を選んで生れてくるわけでもなく、いつなんどき死ぬかもわからぬ。
自力や努力ではどうしようもないときのための南無阿弥陀仏なのである。
南無阿弥陀仏と口にすると、自力でも努力でもない力が彼方から差し向けられる。
これが他力なのであろう。実のところ、念仏自体も自力や努力ではない。
最初期の苦悩が「助けてください」の南無阿弥陀仏を言わせる。
弥陀如来のおかげで人間の苦しみがどれほどやわらいでいることか。
今度は「ありがとうございます」の南無阿弥陀仏をとなえたらよろしい。
わかりやすく整理すると以下のようになる。

「助けてください=南無阿弥陀仏」
     ↓
「人間←光明←阿弥陀仏」
     ↓
「ありがとうございます=南無阿弥陀仏」


蓮如は御文のなかでひとつ親鸞の和讃を引いている。
「弥陀大悲の誓願を、深く信ぜんひとはみな、
ねてもさめてもへだてなく、南無阿弥陀仏をとなふべし」がそれである。
蓮如の推奨する信仰生活が理解できよう。

最後に実務家の蓮如による、宗教団体運営マニュアルを軽く見ておこう。
これは法然にも親鸞にも見られなかった姿勢で興味深い。

・おカネは大切。みなさん、お礼はちゃんと払ってね♪

「このこころえにてあるならば、このたびの往生は一定なり。
このうれしさのあまりには、師匠坊主の在所へもあゆみをはこび、
こころざしをもいたすべきものなり」(P37)


・為政者、支配者に逆らってはなりません♪ 税金は支払いましょう(=現実主義)!

「それ、国にあらば守護方、ところにあらば地頭方において、
われは仏法をあがめ信心をえたる身なりといひて、疎略の義、
ゆめゆめあるべからず。いよいよ公事をもはらにすべきものなり」(P118)


・みなみなこの信心に勧誘できるわけではありません♪
宿善のないものは、どうしたってこの教えがわからないのです(=強引な勧誘の禁止)。

「人を勧化せんとおもふとも、
宿善・無宿善のふたつを分別せずばいたづらごとなるべし。
このゆゑに、宿善の有無の根機をあひはかりて、人をば勧化すべし」(P174)


・繰り返しますが、政治運動をしてはいけませんよ♪

「一、四講会合のとき、仏法の信不信の讃嘆のほか、世間の沙汰しかるべからず候」(P203)

終わりである。5年前のいまごろインドにいた。
3ヶ月かけてインド全土の仏教美術を見学。仏教八大聖地を踏破したものである。
5年前に始まった仏教をめぐる旅がいまようやく終わった。
最後に行き着いたのは南無阿弥陀仏である。
いま信仰があるかと問われたらイエスと答えることだろう。
わたしは人間を超える大きなものの存在および力を信じている。
それは阿弥陀仏かもしれないし、自然かもしれない。
法華経かもしれないし、神かもしれないし、宇宙かもしれない。
便宜上、名称を呼ぶ必要があるならば阿弥陀仏あたりで(わたしは)落ち着く。
だからといって、他のものを信仰しているものを否定するつもりはない。
案外おなじものを信じているのかもしれないぞ、と思うからだ。
自身がこの先どうなるかは、大きなものに託してしまうつもりである。
失敗の連続で野垂れ死にするのかもしれない。
それでも、南無阿弥陀仏があれば、なんとか耐えられるような気がする。
忍耐できなかったら、それも仏のはからいであろうとあきらめるしかない。
今年に入ってから源信、法然、親鸞、日蓮、蓮如と日本仏教の流れを味わうことができた。
おのれの僥倖(ぎょうこう)を合掌して感謝したい。
これで一区切りがついた、と思う――。

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