「図解雑学 日本の経済」

「図解雑学 日本の経済」(松原聡 = 監修/ナツメ社)

→いままでいろいろな経済入門書を読んできたが、これがいちばんわかりやすい。
松原聡は監修で名前を貸しただけだとしたら、功績は執筆協力の山田由佳にあるのか。
山田は日芸の文芸科出身。失礼だが、あまり偏差値的なおつむはよくないのだろう。
だからこそ、本書のような極めてわかりやすい本を書けるのだと思う。
あたまがいい人は、こんなことはだれにでもわかるだろうと基礎の基礎を書かない。
バカはそこのところを手抜きしない。頭脳明晰がかならずしもいいとは限らないわけだ。
もっとも人はわたしを笑うのかもしれない。
ここに書かれていることさえ知らなかったのかと。
恥ずかしながらそうである。文学部出身。だれも教えてくれるものはいなかった。
本書から教わったことをまとめてみる。わたしの経済への無知をお笑いください。

人間は欲望がある。そして、だれもが欲望をかなえようとする。
上の1行が政治・経済の根本にあることを知る。
欲望をかなえるには相手になにかを提供しなければならない。
これがカネである。政治とは権力の別名だが、権力とは人を動かすことにほかならぬ。
なにによって人は動くか。欲望充足の代替品=カネで人間は動く。
政治はカネなりとは、このことだったのである。
この点、領域違いだが、無欲を説く(原始)仏教はおもしろい。
国民全員が仏教徒になってしまえば、政治も経済も立ち行かなくなる(笑)。

さて、経済とはなにか。カネのやりとりのことである。
人間は、どうしてカネを使うか。欲望をかなえるためだ。
とすると、経済とは欲望のやりとりと言い換えることができる。
人間はいかようにカネ(欲望)をやりとりするか。ふたつある。
カネをもらう(所得)とカネを使う(消費)である。
ここで注意したいのは、所得はなんによってもたらされるかだ。
所得とは、だれかの消費にほかならない。
ならば、資本主義経済において「消費は美徳」は絶対の真実となる。
みんなが消費をすることでみんなの所得も増えてゆく。
だれも消費しなければ、みんなの所得も増えない(不景気)。
みんながじゃんじゃん消費をすれば、しだいに所得も増える(好景気)。
だが、不景気のとき、だれが最初に消費を始めるかという問題が生じる。
ここに政府の経済政策の必要性がある。
公共事業、金融政策によって、政府は不景気を好景気にしようとする。
なにゆえ政府は好景気を欲するのか。税収を増やすためである。
(ああ、なんて当たり前のことを、もっともらしく書いてしまったのだろう。恥ずかしい)

株のはじまりは400年まえのヨーロッパ。
東インド諸島まで胡椒(こしょう)の買い付けに行きたいが航海のためのカネはない。
そこである冒険者が航海のための資金を募った。
買い付けに成功したら莫大な分け前をあげるという約束のもとにだ。
これが株の原形という(P79)。

本書のバブル経済の説明がとてもうまい。
ひとつの絵画がある。絵そのものにはなんの価値もない。
実のところ、子どもがふざけて描いた絵である。
ふつうの人にとったらただでもいらないもの(ゴミになるから)。
ところが、この絵画はすばらしいと言い出すものが登場する。
100万円だしてもほしいという。
権威ある美術評論家が、この絵は1千万円の価値があると主張する。
著名な古物商が、1億円で買おうと手をあげた。
絵画の複製が限定で製作さればんばん売れる。
ところが、子どもがばらしてしまう。「あれボクが描いたんだよ」
みんなこんな絵は価値がないことに気づき手ばなす。
どんどん値段は下がってゆく。最後には紙切れになってしまう。
このたとえにおける子どもの絵が、バブル時代の土地や株ということである。
実際には相応する価値のないものが異常に値上がりする。
みんなが買い求める。イコール、みんなが消費する。
度を超した好景気になる(バブル景気)。
どうしてバブルがはじけたかは不動産総量規制とかちょっと難しいから割愛。

けれども、このバブルというのは、いろいろ使えないだろうか。
日本人はベストセラーだと煽るとみんな買い求める傾向がある(書籍なんて特に)。
土地のバブルははじけたが、はじけないバブルもまたあるのではなかろうか。
うまく評論家や各種メディア、クチコミを買収すればバブルを演出できはしないか。
まあ、アホのわたしでさえ気づくようなことだ。
とっくにどこかでだれかがやっているのだろう。
さあ、身のまわりを振り返ってみよう。なにかバブルはありはしないか(笑)。

話を変える。赤字国債を考えついたものは、どれほど優秀だったのだろう。
(国債とは、国が利子を約束して国民から借金すること)
カネがない。どうしようか。借金しよう。ここまではだれでも考えること。
だが、どこから借金するか。自分から借りよう。これが赤字国債である。
なんてあたまがいいのだろう。
借金には利子がつく。収入(税収)のかなりが利子で消えてしまう。
カネがない。借金をするしかない。借金で利子を返せばいいではないか。
このあたりは天才的思考法だと思う。
いまがよければそれでいい。あとは野となれ山となれ。
わたしは赤字国債を開始した旧世代を責めようとは思わない。
むしろ、その現世享楽的な生きかたに共感する。
このまま赤字国債がふくれあがったらどうなるのだろうとワクワクさえする。
あんがい無限に赤字国債を発行していられるのではないか。
国民全員が気づかないふりをしていたら、あと50年100年はいけるのではないか。
そのあいだに世界最終戦争が起きないとも限らない。
そうなったらすべてチャラである。
まあ、そうは事が運ばなくても消費税を50%にしたらいいだけの話。
年金支出を消費税収入で回収してしまえばよろしい。
生活できなくなったお年寄りには首をくくってもらう。
めざせ年間自殺者30万人! これで少子高齢化対策もばっちしだ(笑)。
うふふ、だれも見ていない過疎ブログだから、こんな冗談も書ける。

倒産とは、銀行取引停止処分を受けること。
1回不渡りを出す。不渡りとは、約束の手形のカネを支払えないこと。
この不渡りののち、6ヶ月以内にもう一度不渡りを出すと銀行取引停止=倒産。
こんなことも知らなかったのです。バカにしてください。

カネ=貨幣とは、つまり信頼のことである。
世界ではアメリカドルが基軸通貨になっているが、これはもっとも信頼が高いゆえ。
冷静に考えてみたら、ドル紙幣など紙切れに過ぎない。
これを貨幣足らしめているのがアメリカ国家への信頼である。
もしアメリカが国家として機能しなくなったらと考えるとどドキドキする。
もし世界中の人間の持っている金銭がゴミになったとしたら――。

(おまけ)ちなみに、この段階で登場すると思われるのが金(きん)。
古来から金は価値があるものとされてきた(いったいなぜなのだろう)。
そして、錬金術(金を人工的に作る術策)により世界を崩壊させようとしたのが、
ブログ「本の山」いち押しの作家・ストリンドベリである。

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