「インド大修行時代」

「インド大修行時代」(山田和/講談社文庫)絶版

→とてもいい本だと思う。インド旅行を疑似体験させてくれる。
このくらいならだれでも書けると思う読者もいるかもしれないが、
このくらいを書くのがたいそうな骨折りなのである。
インド旅行体験者のだれもが味わうことをコミカルな筆致で描いている。
幼稚な日本批判、ひるがえってのインド礼賛をあざわらうものはわかっていないのだ。
あれはよわい50を過ぎた著者のサービス精神と見るべきである。
インドへ行ったものはみなみな悟ったような錯覚をいだく。
山田和は、あのインチキ達観を、じつに巧妙ないかがわしさで描写する。

個人的な利点は、インドの不愉快さを思い出させてくれたこと。
インドはふしぎな国で、どれだけいやなことがあっても、また行きたくなる。
そういうリピーターを作ってしまう国なのである。
いまふつふつとインドへの情熱が復活している。
この本を呼んだおかげで、あんな国は行くものではないと思い直すことができた。

ひとつ鋭いと思った指摘を。
インドのカジュラーホで有名なのがミトゥナ像(男女合歓像=セックス体位の彫刻)。
山田和の感想である。

「『遠野物語』には、馬と人間の女性との愛の物語がある。
日本語には「情交」という言葉があるように、
セックスには「情」がついてまわることになっている。
たとえその相手が動物であろうともだ。
ところがカジュラーホのセックスには、まったくそのようなものがなく、
あくまでも器械体操のようなのであった。
括(くび)れた腰やドッチボールにも似た豊かな胸さえ、
地球儀の一部と差はなかった。
性の概念がまったくちがうのである。
それらは、人体に対する興奮よりも
幾何学的な興奮を呼び覚ますといったら言い過ぎだろうか」(P130)


ほんとほんと、インド人って、わけがわからん。
天竺はクレージーな国だと思う。
大学生のとき、初めてインドに行ったのだった。
そのときバラナシのホテルドパリスの従業員と約束したのだった。
新婚旅行でかならず再訪すると。あはは、いろんな意味で無理ぽ。

9月27、28日に代々木公園でインド祭りが開催されます。
今年もひとりで行く予定。みんなも行こうぜ、ゴーゴーインド! 代々木から第一歩だ!

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