「日本の悲劇」

「日本の悲劇」(木下恵介/日本シナリオ文学全集1/理論社)絶版

→映画シナリオ。昭和28年公開作品。
上演時間は116分だが、映画だったらとても最後まで観ていられなかったと思う。
シナリオだからこそなんとか持ちこたえることができた。
巨匠・木下恵介は当時の日本を悲劇的状況にあると解したわけである。
そこで映画「日本の悲劇」を製作し、国民に自覚をうながす。

暗くてやりきれない物語である。テーマは、うめくビンボー人ども(苦笑)。
夫を戦争で亡くした春子はときに娼婦まがいのことをして一男一女を育てる。
けれども、息子も娘も母親からの干渉を嫌い逃亡する。
具体的には、医学生の息子は裕福な開業医の養子に入るという。
美しい娘は、妻子ある男性を誘惑し駆け落ちする。
戦後の乱世をがむしゃらに生き抜いた結果がこれである。
息子からも娘からも迷惑がられ孤独な40歳の春子はいまある男性のもとへ向っている。
春子はもうけ話に引っかかり相場で大損をしてしまった。
借金を身体で返す羽目におちいったのである。
春子は駅にいる。いまから好きでもない男に身体を預けに行くのである。
電車がやってくる。春子は駆け出す。
ホームから飛び降りる。電車が急ブレーキをかける。
春子の死をもって悲劇は幕を閉じる。

明るいシーンがほとんどない暗いだけの押しつけがましい映画である。
ひとつ良かったシーンを紹介する。
春子の娘、歌子はとびきりの美少女である(桂木洋子)。
このシナリオ集には写真がついていて、見ると清純そうでとてもいい。
さて、春子は子どもふたりを養育するため旅館に出稼ぎに出る。
家は亡夫の兄一家に貸し、子どもの面倒を見てもらうことにする。
ところが、この義兄夫婦というのが意地が悪く、弟の子どもの世話など一切しない。
それどころか家をのっとり、庭のバラックに姉弟を押し込む始末。
親戚から意地悪をされても、ぐっとこらえる美少女、歌子と弟であった。
一生懸命に我慢していたら、いつか幸せになれると信じてである。
叔父夫婦にはひとり息子がいるのだが不良大学生である。
勝男は両親が姉弟をいじめるのをニヤニヤしながら眺めている。
ときにはこんなふうにからかう。15歳の歌子が理不尽ないじめを受け泣いている。

勝男「なんだい、泣いてんのか、俺が慰めてやろうか、な、遊ぼうよ」
歌子「向こうへいって」
勝男「何時もぷりぷりしてやがる、一寸ばかり綺麗だからって威張るない」(P108)


歌子も黙ってばかりではない。
勝男一家が闇商売をしてもうけているのを警察に匿名で告発する。
だが、警察とこの一家は通じていたのである。
密告がばれた歌子は叔父からこれでもかと折檻を受ける。

「闇で儲けてますとは何事だ! こんな手紙警察へ出したって、
警察はちゃんと叔父さんのところへ知らせに来てくれるんだ、
今度こんなことしやがったら、半殺しにしてくれるから……」(P110)


正しいことが必ずしも通るわけではないことを薄幸の美少女は知る。
それでも正義や希望を信じたい歌子は16歳になっていた。

「66  歌子と清一(=弟)の住むバラック(昭和廿二年冬)
   戸をあけて勝男が入ってくる。
勝男「どうしたんだい。風邪ひいたんだって?
蜜柑(みかん)持ってきてやったよ……(布団の傍に坐って)
熱があるのか、どら……(手を出す)なんだい、もぐっちゃうことないじゃないか、
人が親切にいってやってんのに、一寸頭、さわらしてごらんよ、
熱があったら俺がひやしてやるよ」

67  バラックの外
   雨がふっている。
   窓ガラス一枚、割れる。

68  バラックの中
   土間に蜜柑が転がる。
   ガラスの割れた所に雨がふりこんでいる。
勝男の声「お前のおふくろだって、パンパンじゃないか
――この野郎――生意気な――畜生ッ」

(中略=現在のシーンが入る)

70  バラックの中
   勝男が戸口に行ってふり返った顔。
勝男「おふくろに云いやがると承知しねえぞ、黙ってりゃこれから優しくしてやらあ」
   雨の中へ出てゆく」(P122)


風邪で身体が動かないところを襲われ勝男のなぐさみものになる16歳の歌子――。
まわりにだれも味方はいない。弟には恥ずかしくて言えない。
母屋との力関係からして、一度許してしまったらこれからも勝男を受けいれざるをえない。
いやあ、ヘンタイのようだけれど、不幸ってエロいですよねえ。
いまのAVなんかよりよほど劣情をあおるところがある。
この映画には具体的な描写はない。
ガラスが割れる。蜜柑が転がる。これだけで情事を暗示するわけだ。
貧しいながらも正義感を失わない薄幸の美少女がよこしまな欲望に汚される。
ううん、いやらしい。じつによろしい。こういうのが娯楽になるのである。
不幸は豊かなのである。
現実の不幸はやりきれないが虚構世界でなら不幸は豊饒をもたらす。

気になるかたのために歌子の今後を書くと、ひどい人間不信におちいる。
自分に気を寄せる妻子ある中年男と、愛してもいないのに駆け落ちする。
男の家庭をめちゃくちゃにすることに喜びを見いだしているのである。
おそらく歌子はこの中年をすぐに捨てるだろう。
つぎにさらなる獲物を探す。
このように不幸が連鎖してゆくさまはさぞ壮観かと思われる。

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