「ふぞろいの林檎たちⅢ」

「ふぞろいの林檎たちⅢ」(山田太一/マガジンハウス)絶版

→テレビドラマシナリオ。平成3年放送作品。全11回の連続ドラマ。
平成3年は西暦1991年。バブル景気が終わったとされる年だ。
日本全体がおかしなことになっていた。狂っていたといってもよい。
人一倍時代に敏感な脚本家・山田太一の手がける「ふぞろいの林檎たち」の新作が、
作品世界をたもてなくなったのはこのためであろう。

「旧友と逢いますか?」
ドラマ第1回のタイトルである。ふぞろいの林檎たちも30を間近にひかえている。
本来なら逢うはずがないのである。

「学校の頃の友だちなんてものはな、六十ぐらいになって、
なつかしくなって逢おうかっていうようなもんだろ。(「はい――」)
三十で逢って、どうするんだよ? 三十なんて時は、
一番学校なんてものから遠くなってなきゃおかしいだろうが。(「さあ」)
さあじゃないよ。一番、目の前の仕事に夢中になってなきゃいけない時だろ」(P170)


ところが、ふぞろいの林檎たちが逢わなければドラマにならない。
脚本家は無理な設定を林檎たちに押しつける。
強引に逢わせるわけである。しかし、30の男女が逢ってなんになる。
当然、30にもなれば妻子のいるものもいよう。
バカ騒ぎか? 30でそれはないだろう。
かといって、学生のころのように肩をだきあって泣くようなこともできない年齢である。
ギスギスする。相手を傷つけるようなこともいってしまう。
ドラマが暗くなる。元気がなくなる。
「ふぞろいの林檎たちⅢ」は爆発寸前といった神経症的な病みをかかえている。
一見すると明るいのである。背景にはバブル景気がある。
万札がしきりに飛び交っていた時代だ。
実際、仲手川の勤める運送会社も、仕事を断わらなければならないほど繁盛している。
山田太一は、なにかに追い詰められたかのように、林檎たちを逆境に置く。
あたかも現実は甘かないんだ、と叫んでいるかのようだ。
だが、どこかそらぞらしいのだ。ドラマは風船のようにふくらまされてゆく。
とはいえ、でかいのは外見だけで、中身はからっぽである。
どこまで風船は大きくなるのだろう。
バブルがはじけるのは「ふぞろいの林檎たちⅢ」が放送されていた時期である。

このドラマで描かれるのは、
三流大学を卒業した「ふぞろいの林檎たち」の青春の終わりである。
視聴率はどのくらいだったのだろう。
同時期に放送されていたのが柴門ふみ原作のドラマ「東京ラブストーリー」。
この美男美女による恋愛賛歌は大ヒットする(最高視聴率32.3%)。
三流の人生を歩む林檎たちの劣等感や挫折感に幾人が関心を持ったであろうか。

いまや働き盛りの「ふぞろいの林檎たち」が集まるきっかけは、
晴江(石原真理子)の自殺未遂騒動である。
これがおかしな事件で晴江にほんとうに自殺する気があったのかあやしい。
というのも、晴江は大金持と結婚しているからである(柄本明)。
旦那は不動産で成り上がった嫌味な男。晴江は金目当ての結婚をしていたのだ。
亭主は嫉妬深く晴江にふたりの監視をつけている。
人妻の晴江は仲手川良雄(中井貴一)を愛しているようなことを宣言する。
ところが、しまらない話で、成金生活とも縁を切ることができない。
良雄も良雄で、旦那を恐れて晴江を抱こうとしない。
岩田健一(時任三郎)は結婚して子どもまでいるが、夫婦関係が危機に瀕している。
健一の元カノの水野陽子(手塚理美)は独身のまま看護婦をつづけている。
かつては清純だった陽子だが、いまではだれとでも寝る女だ。
チビでバカな西寺実(柳沢慎吾)とデブでブスの綾子(中島唱子)は結婚している。
ふたりのあいだには子どもまでいる。
久しぶりに「ふぞろいの林檎たち」が集まったあとのことである。

綾子「お父ちゃん」
実「なんだよ?」
綾子「(部屋の方から微笑して現われ)結局、うちが一番幸せね」
実「幸せ?」
綾子「岩田さんとこもあまりうまく行ってないみたいだし、
陽子さんも仲手川さんも独身だし、晴江さんは自殺さわぎだし」
実「人生ってもんは、そんなもんよ」(P24)


むろん、人生はそんなものではない。西寺実もまた壁にぶつかる。
大学時代の後輩である佐竹に部長待遇で引き抜かれる。
佐竹は親の会社を継いで、いまや社長なのである。
喜んでいたのもつかの間、これがとんだ話で実は佐竹にからかわれていたに過ぎない。

佐竹「(苦笑して)ま、ほんのちょっぴりだったが、部長の気分味わったんだ。
部長なんて、どうせあんたは一生なれないかもしれないんだ。
洒落だと思ってくれよ」(P193)


まったく洒落にならない辛辣なシーンである。
岩田健一は離婚が決まる。娘は妻が引き取ることになった。
仲手川良雄は調子に乗って仕事で大失敗をしてしまう。
いつ風船がはじけるのかと気が気ではなかった。
あまりにも痛々しいことばかりでドラマが壊れそうなのである。
ついに良雄と綾子が寝てしまう。このモラルのなさはなにごとか。
良雄は親友の妻を抱くのである。実も実で勝手に浮気をしている。
「ふぞろいの林檎たち」が地面に落ちてぺしゃんこになる寸前に破裂が生じる。
ドラマがはじけるのである。ようやく本来の山田太一ドラマに戻る。

「この頃泣くことありますか?」
第8回のタイトルである。
いままで泣くことを自制していた林檎たちがおいおい泣き始める。
30にもなった男女がそうそう泣くわけにはいかない。
よほどのことがあってもぐっとこらえるのが大人のたしなみである。
けれども、ほんとうに辛かったら泣いてもいいんじゃないかな。
いいかたをかえれば、大人の林檎たちを泣かせるためには、こうも時間を必要とした。
それだけ林檎たちは強くなっていたのかもしれない。
離婚した健一と失職した実が部屋で酒をのんでいる。
そこに平野周吉(小林稔侍)がつまみを持って現われる。
てっきり綾子が来ると思っていた実は、わざわざ平野周吉が来てくれたのに驚く。
周吉は実の実家のラーメン屋で働く。実の母の恋人でもある。
実が(本心からではなく)礼儀として一緒にのまないかと誘うと、これに応じる周吉である。

周吉「(上がって)いや、前からね」
実「ええ」
周吉「一緒に、のみたかった」
実「そうですかァ(ほんとかなあ、と軽い冗談をいう感じをこめる)」
周吉「(健一の方へ)私は」
健一「はい」
周吉「ま、つまり、この人(実)の、お母さんをとった男だからね」
実「なにいってるんですか」
周吉「反感、あるのは、無理ないんだよね」
実「そんなもんないですよ。どうぞ」
周吉「(掛ける)」
健一「(掛ける)」
実「(グラスや小皿や皿を用意しながら)むしろ、感謝してますよ、
お袋、ひとりでいたら、大変ですよ。
俺しかいないもの、俺にガーッて関心が集まるでしょ、
その俺が結婚したら、嫁いびりひどかったと思うよ。
平野さんがいたから、まあまあの姑(しゅうとめ)っていうか、
なんとか穏やかにやってるんだし」
健一「そう思うな」
周吉「ま、しかし、この人(実)、私を嫌いでね」
実「そんなことないですよ」
周吉「のんだことないんだ、二人で(と健一の方へいう)」
健一「そうですか」
実「そりゃまあ、そうだけど――」
周吉「一度、のみたかった」
健一「はあ(うなずく)」
実「フフ」
周吉「ま、つまり、息子みたいなもんだろ(シャイなので、
ほとんどうつむいてしゃべっている)」
健一「はい」
周吉「こっちは、本当の子は亡くしちゃってるからね」
実「(健一へ)北海道で、火事で、奥さんもさ」
健一「聞いてるよ(とうなずく)」
周吉「ここへ来て、この人(実)大変な目にあって」
健一「ええ」
実「どうってことないですよ」
周吉「へたばんなよって、励ましたかった」
健一「(ぐっと来て)そうですか」
実「(ぐっと来て)フフ」
周吉「励まして、のみたかった」
実「それはどうも」
健一「それは、どうぞ、のんで下さい。なんか、俺いると邪魔かもしれないけど」
周吉「そんなことはないよ。あんたがいるから、こんな事いえてるんだ。
さしじゃ照れくさくて、なんもいえないよ」
健一「だったら、いいけど」
実「ついでに、こいつも励ましてやって下さい。離婚成立して」
健一「(苦笑)」
周吉「そう」
実「娘、向うへとられて、養育費、月に十万とられて、へたばってるんです」
健一「フフ、仕様がないですよ。二人して、景気悪くて」
周吉「そういうこともあるよ」
健一「ええ」
周吉「いいこともあるよ」
実「そうよね」
周吉「(それまで三人の前に、ビールも紹興酒も注がれていて)
くじけないで(グラスを持つ)」
健一「ええ(グラスを持つ)」
実「フフ(グラスを持つ)」
周吉「立派な人に、なって下さい(とちょっとグラスをあげてのむ)」
健一「(ちょっとグラスをあげてのむ)」
実「(のむ)」
周吉「ああ、こういうの、久し振りだよ」
健一「そうですか」
周吉「一人で、中年になってから、東京へ来たろ」
健一「ええ」
周吉「その上、口下手で、つき合い、ひろがらなくてね」
実「お袋と、ばっかりじゃね」
周吉「フフ、男だけでのむの、いいもんだな」
健一「はい」
実「フフ」

●おなじ部屋
出来上がった三人、周吉、実、健一が、
大声でソーラン節と北海道盆唄かなにかをめちゃくちゃに唄い、踊っている。
自分を抑圧していた三人の祭りである。バカ騒ぎ(P207)。


長く引用したが、山田太一ドラマ恒例の弱者の相互補助である。
人間同士のいたわりだ。やさしさだ。
ここにたどり着くまで、だいぶ厳しいシーンを必要とした。
人間と人間は傷つけあうからである。
だが、人間と人間は慰めあうこともできる。
なんでもガンガンひとりでやるのは格好いいけれど、ちょっぴり淋しかないか。
淋しいくせに。山田太一ドラマの湿っぽい人間関係である。

陽子は過去を清算して、新天地へおもむく。
青森県の病院からスカウトされたのである。
健一はある日、仕事を休み陽子に逢いに行く。
しかし、かつては恋人関係にあったふたりである。
逢うと傷つけあってしまう。ホテルのバー。

健一「ただ、お互いなつかしくて、のんだっていいじゃないか」
陽子「そのつもりよ」
健一「批判されたくて、こんなところまで来るもんか。
別れた女房に、散々いいたいこといわれたんだ」
陽子「――」
健一「黙って――なんか――ただ、どうってこともなく
――のんで、別れりゃいいじゃないか」
陽子「――」
健一「そして、お互い、なんとなく慰められれば、いいじゃないか」
陽子「――」
健一「それが友達ってもんだろ」
陽子「――」
健一「そうじゃないかよ?」
陽子「(うなずく)」(P245)


ドラマ最終回はパート1、パート2と同様に、「ふぞろいの林檎たち」が集合する。
「出直す元気がありますか?」――。

COMMENT

- URL @
04/30 12:50
承認待ちコメント. このコメントは管理者の承認待ちです
Yonda? URL @
05/01 02:41
さよならベイビーさんへ. 

はじめまして。
私事ですが、ちょっとまえまで山田太一シナリオを読んでいました。
先ほど、とうとう手持ちのシナリオをぜんぶ読破したしだいです。

パートⅢは山田太一作品のなかでも異色作だと思います。
作者がかつてない実験を試みた痕跡がうかがえます。
それを成功ととらえるか失敗とみなすかは、
受け手によって変わるのでしょう。
受け手による多様な解釈を、このテレビ作家はむしろ歓迎しています。
- URL @
01/04 14:24
. いとしのエリーとしんごちゃんがいいです。
Yonda? URL @
01/24 07:55
名無しさんへ. 

「ふぞろいの林檎たちⅢ」再放送されていましたね。
はじめて観ましたが、たしかに演出の暴走が――。
ああやれば脚本の世界を壊せるのかと変な勉強になりました。
怪しげなインド音楽が随所で流れるのがなんとも。

シナリオではなく映像で鑑賞しても、
第8話からいつもの山田太一ワールドになっていました。








 

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