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「少年時代」

「少年時代」(山田太一/「’90年鑑代表シナリオ集」/映人社)絶版

→映画シナリオ。平成3年公開作品。
ふたつの意味でとてもめずらしいシナリオである。
主戦場のテレビではなく映画の台本であるということ。
オリジナルではなく原作がある作品であること。

さすが映画の助監督時代が長かった山田太一である。
映画とテレビの相違をしっかりとらえている。
この映画シナリオを読むと、まるで山田太一ドラマらしくないのである。
恒例の長ぜりふが一箇所もない(子役ばかりのためかもしれないが)。
テレビドラマは、「ながら」で見られることが多い。
たとえば、料理をしながら、食器を洗いながら、洗濯物をたたみながら――。
耳だけで聞いているものが少なくないのである。
だから、会話中心になる。耳だけでもわかってもらうためである。

いっぽうで映画は暗闇できちんと見てもらえる。
このため「少年時代」では、言葉(せりふ)にならないような繊細な感情が重視される。
いわゆる「絵になる」シーンが、たくさん描きこまれているのだ。
人間はあえて言わないことで感情を表現することがある。
むしろ、切実になればなるほど言葉にならないはずだ。
そのうえ子どもは語彙が少ない。かえって語らせては台無しになる。
「少年時代」で、いかに言葉にならないシーンが多かったことか。
イコール、映画監督の「しどころ」が増える。
映像のちからを知り尽くしたシナリオ作家の作品である。

見る目のあるものにはわかるのだろう。
このシナリオは日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞している。
たしかに優秀な脚本だが、シナリオで読むより映像で観たほうがよほどおもしろい。
(映画「少年時代」は観たことがある。傑作だった)
このようなものが卓越したシナリオと評価されるのは複雑である。
というのも、わたしは山田太一のテレビドラマシナリオで
「少年時代」よりも優れたものをいくつも知っているからである。

ふたつのシナリオがある――。
シナリオでも映像でも楽しめるものと、映像でしか楽しめぬものと。
むろん「少年時代」は後者である。山田太一が意図してそう書いたからである。

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