「輝きたいの」

「輝きたいの」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和59年放送作品。全4回。
つくづくテレビで活躍する山田太一の偉大さを思わずにはいられない。
テレビは1千万人レベルの人間を相手にしなければならないのである。
純文学なら3千部売り切れて合格。1万部売れたらバンザイである。
文学のみならず書籍全般でも、10万部売れたら担当編集者にボーナスが出る。
この数字と比較したら(いくらテレビはただとはいえ)1千万人の恐ろしさがわかるはずだ。
したがって考えようによっては、山田太一ドラマが好きというのは恥ずかしいのである。
みんなとおなじところで笑い泣くのを白状していることになるのだから。
初版3千部しか出ていないような純文学作品を愛好しているほうが、
山田太一ファンよりも高尚に見えるのはこのためである。
いや、正しくない。高尚に見えるだろうと勘違いしている人がいるのは、である。
だれも知らない作家(たとえばストリンドベリとか)を持ち上げることで、
下駄をはいたつもりになっているゲスな人間のほうがむしろ恥ずかしいと思う。

「輝きたいの」は女子プロレスの世界を舞台にした青春ドラマである。
ネットで検索していたら、とある人の日記ブログでこのドラマがヒットする。
若いころにこのドラマを見て、生きかたを変えようと思ったと書かれている。
20年以上もむかしのドラマなのである。
それでもこのように人間の心に残りつづける。テレビドラマのすばらしさである。
文学作品なんていうのは成績のいいお坊ちゃんお嬢さんのもの。
だが、テレビドラマならだれだって見ることができる。
「輝きたいの」である。だれもが人生で輝きたいと思っている。
むろん貧富、美醜、知能、人間が持って生れたものはそれぞれ異なる。
けれども、輝きたいという一念は多くの人間に相通じるものがあるのではないか。
だから、山田太一はドラマ「輝きたいの」を書くのである。

登場する5人の少女たちがプロレスラーになろうと思った理由はさまざまである。
家族全員が女子プロレスファンで、
みんなから応援されてプロレスラーをめざす少女がいる(桂子)。
かと思えば、母子家庭で生活保護を受けている家の娘もいる(由加)。
父親はアル中で籍が抜けても酔って金をせびりに来る。
由加は強くなりたい一心で空手を学んだ。母は病の床に臥している
中学を出て、ほかにお金をたくさん稼げるところなんてどこにあるだろう。
「輝きたいの」である。
身体は大きいものの知能が低いため不良にいじめられている少女がいる(祥子)。
祥子を励ますものが現われる。同級生で車椅子の美少女、美江である。
車椅子の美江に励まされ祥子はプロレスラーをめざすようになる。

美江「いい? あなたは取得がないなんて事ないわ。
その気になれば、あんな奴ら、絶対やっつけられるし、意地悪だって出来るし、
嘘だってつけるわ。自分を――駄目だなんて――思わないで。
第一、あなたは歩けるわ。走れるわ。とべるわ。蹴とばせるわ」(P17)


ドライブインで働く良子もまたプロレスラーをめざしている。
だが、良子にはハンディキャップがある。
ふつう女子プロレスは中学卒業直後に志願するものである。
良子はもう19歳になっている。恋人もいる。おなじドライブインでコックをしている信広。
プロポーズされている。人生の転機だ。良子は信広にモーテルに連れ込まれる。
信広は結婚しようという。身体を求めてくる。

良子「よした方がいいよ」
信広「なにを?」
良子「私なんか、よくないよ」
信広「なにいってんだ」
良子「私、いい奥さんになんないよ。そういうのヤだと思ってるところあるから」
信広「ヤだって――」
良子「これでさ、結婚して、どうなるのよ?」
信広「どうって――将来お前、レストランひらいてよ」
良子「そういうの、なんか、駄目なのよ」
信広「なにが? なにが駄目だ?」
良子「子供うんで、あんた助けて、それで年とって」
信広「サラリーマンがいいのか? 体裁いいのがいいのか?」
良子「そうじゃないのよ。自分勝手なの。私、すっごく自分中心なの」
信広「――」
良子「自分がパーッとなりたいの。男の人助けてなんて、
そういうのじゃ、ちゃんと、温和しくしてられるかどうか分らないの」
信広「――」
良子「将来は、それでもいいけど、いますぐ、そうなるの、なんかヤなの」
信広「――」
良子「一遍は、自分で光りたいの」(P23)


抱いてしまえばいいと身体を求めてくる信広のミゾ落ちあたりを良子は拳固で突く。
痛みでうずくまる信広である。良子はモーテルから新しい世界へ飛び出す。

不良の女番長なんていうのもいる。里美である。
界隈を取り仕切っている女ボスである。
里美は女子プロレスのコーチをしている鳴海ミチ(和田アキ子)からスカウトされる。
そばには女子プロレス会社の社長・川倉と、おなじくコーチの水口孝次がいる。

ミチ「(里美に)どやね? 真面目で、本気で、
ハキハキしとるなんちゅう奴ら、ハリ倒したくないか?
そういうのンばっかり光あたったら、いまいましうないか?
理不尽に(と孝次と川倉に向い)汚ない手ェもつかって、もてそうな女はり倒して、
女だからどうの、真面目なら許せるのというとる奴、
はじきとばしてチャンピオンになるようなのがいなくて、なんでプロレスですか?」
川倉「悪役は、ちゃんと」
ミチ「悪役やないの。真面目な子を悪役に回して、
凄(すご)ませとるんじゃ駄目やいうとるの。
そんなことじゃ、お客はだまされんわ。本当の敵意、本当のひがみ、
本当のひねくれがどんな手をつかってでも勝とうとするところがなけりゃあ
つまらんというとるんや。女子プロレスが、本当に人の心つかむには、
本気でこの世に敵意を持ってる、ひがみを持っとる、
こういう子を入れなあかんというとるんや」(P56)


桂子、由加、祥子、良子、里美――新人が5人せいぞろいしたわけである。
テレビを見ているのは裕福な家の勉強ができる子ばかりではない。
貧しい子がいる。成績のよくない子がいる。ふつうの子もいる。ひねくれた子もいる。
視聴者おのおのが感情移入するわけである。
1千万人を相手取るテレビライターならではの手腕といえよう。
新人5人のうちからその年の新人王がひとり選ばれる。
果たしてだれが選ばれるのか。賞金は百万円である。
新人王めざして5人の少女の切磋琢磨するすがたがドラマに描かれる。
勝負論かショービジネスかの葛藤も生じる。
新人5人の中でいちばん強いのは祥子だが、頭が悪いので見せ場を作ることができない。
プロレスは強ければいいというものではない。ショーでもある。
観客を楽しませなければならない。
新人レスラーは仲間とも観客とも闘わなければならないのである。
新人王は果たしてだれか……は先送りにして、いいなと思うシーンを紹介する。
巡業から戻った古株レスラーと新人5人が初めて顔を合わせる場面である。
もちろん川倉社長とコーチふたりも同席している。寮の食堂。
コーチの水口孝次は菅原文太が演じている。

孝次「(マイクを持って)えー、恒例により、得意のノドを聞かせるわけだが」
選手「カックイイ(と短くひやかす)」
拍手するもの。
笑うもの。
孝次「こんどの新人では桂子のところが」
桂子「――」
孝次「一家をあげて、彼女を応援してる。親父さんは、是非とも新人王にしたいと、
桂子が寮へ入った日から、梅干とポルノ映画を断(た)ったそうだ」
選手「ワハハ」
みんな笑う。
孝次「しかし、そういう親は少ない。大抵の家では、
娘がプロレスになりたいといい出せば、反対する。
そんな途方もないことをと泣いた親、怒り出した親もいるだろう」
由加「――」
祥子「――」
孝次「なぜ、温和しく、どっかの会社へつとめて、結婚相手を見つけて、
堅実に、平凡な幸福を築こうとしないのかと叱られたものもいるだろう」
良子「――」
孝次「親だけじゃない。世間も、女子プロレスと聞いて、
素晴しいといってくれるばかりじゃあない。
つまらん、品の悪い、見世物のようにいう人もいる。
しかし、お前たちは、この世界をえらんだ。
温和しく、多くの娘たちと同じ人生を歩こうとはしなかった。
自分で、自分の運命をきり拓こうとした。そして、この世界は素晴しい世界だ。
何より力があれば、そして努力すれば、むくわれる世界だ。
多くの他の世界では、娘たちは、力があっても努力をしても、
男より下の扱いしか受けない。ここはちがう」
由加「――」
孝次「努力次第で、いくらでもライトを浴び、金も入る」
良子「――」
孝次「下らんというものには、娘たちが自分の力で、
他にどんな世界を摑めるのか聞きたい。
娘たちが、自分の力で、自分の運命をきり拓ける世界は、実に少ない。
お前たちは、その一つを選んだ。
親の反対、世間の目を押し切って、この世界を選んだ。
平凡にOLをやり、結婚するより、努力のいる苦しい世界だ。
選んだ以上、この世界で輝こう。この世界を素晴しいものにしよう!」
ミチ「(くさいなあ、という顔)」
しかし娘たちは感動している。
孝次「マイ・ウェイ」を唄い出す。
一節をうたうと、みんなも一緒にというジェスチュア。
まず、スター選手の一人が歌い出す。
そして、次々と歌い出し、新人五人も唄う。
涙を浮かべているものもいる。
大合唱の中で、川倉も感動していて、
川倉「いつもながら、あいつのマイ・ウェイはいいなあ(と涙を拭く)」
ミチ「(可愛い、という思いで微笑してうなずく)」
大合唱、続いて――」(P92)


いいよな。くさいんだけど、よくないかな。
このようなシーンをせせら嗤(わら)う人間をインテリというのかもしれない。
ほかにもいいシーンが目白押しである。
祥子を覚えていますか。あの頭がちょっと弱い、いじめられっ子だった大柄な少女を。
祥子が初めてのお休みで、お土産をたくさん持って魚屋の実家に帰るシーンがいい。
車椅子の美江もいて祥子はセーターをプレゼントする。
母親は無駄遣いする祥子をいさめる。まったくこの子ったらバカなんだから。
いいじゃないかと反論するのは父親である。嬉しいじゃないの。
頭ゆっくりしてるから、ふつうの会社じゃ勤まらないだろう。
のちのちは養子をもらって魚屋をつがせるしかないと思っていた娘がだ。
中卒で10万円もらって、こんなお土産をいっぱい親に買って帰って来る。
いい子じゃないの。祥子はいい娘だよ。美江さんありがとう。祥子、よく頑張った。
父親は泣いている。祥子も泣く。車椅子の美江もうつむく。
別の日、この祥子がプロレスラーとしてリングで闘っている。
祥子、強い。また強い。車椅子の美江がリングサイドで泣きながら喜んでいる。

最後の最後で新人王が明らかになる。由加である。生活保護の母子家庭の娘――。
病気で寝込んでいる母のもとに吉報がやって来る。

●由加のアパート
由加「(花束かかえて、あいているドアの前へ走って来て立つ)」
弟の声「姉ちゃんが、勝った」
母「(布団から起き上がっていて)――」
由加「ただいま(と顔歪む)」
母「――(顔歪む)」
由加「(涙)」(P151)


道場のリングで激しい稽古をする5人。プロレス会場で試合をする5人。
それぞれ、いためつけられたり、強かったり、ガッツポーズをとったりしている。
女子プロレスラーになる前の5人のショットをひとつずつ見せて――。
道を走って来るものがいる。プロレスラーになった5人が並んで走って来る。
いっせいに飛び上がったところでストップモーション。「輝きたいの」終了である。

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