FC2ブログ

「秋の一族」

「秋の一族」(山田太一/「月刊ドラマ」2003年6月号/映人社)

→テレビドラマシナリオ。平成6年放送作品。全3回。
いま40代のシナリオ作家はみな少なからず山田太一の影響を受けているという。
けれども、残念ながらテレビドラマの質がむかしより向上したとはいえないだろう。
本来なら電化製品のように、どんどん進化していってもおかしくないのである。
どうしてドラマはテレビ(大型プラズマ! 液晶薄型!)のように進化しないのだろう。
シナリオに関していえば、おそらくそれがたったひとりで書かれるものだからではないか。
大勢の人間が開発にたずさわる電化製品とは制作過程が異なるのである。
シナリオは、人間が孤独と向き合い、自分の世界観を掘り下げ掘り下げして作るものだ。

むろん、現代ではシナリオ制作に複数の人間が関わることも少なくない。
プロデゥーサーがマーケティングリサーチをして、人気俳優の意見(わがまま)も聞き入れ、
ドラマの筋があらかじめ決められ、そのうえでようやく下請けのライターにおろされる。
ライターもひとりではなく複数いる。いちばん上出来なものが放送用として選ばれる。
こういう過程を経て作られたドラマもあるという。
山田太一とは百八十度異なるドラマ作法である。

もしシナリオ作家志望者が山田太一から学ぶことがあるとすれば、
それは物語設定でも会話の呼吸でもない。
自分にこだわるということである。
孤独になり、世界でたったひとりしかいない自分と向き合う。
おそらくほとんどのドラマはシナリオを見てもだれの作品かわからないのではないか。
だが、山田太一ドラマならシナリオを少し読めば作者の顔が浮かぶ。
これが山田太一作品の魅力である。
したがって、ライター志望者が山田太一の模倣をするのは根本に誤解がある。
あれは山田太一の世界なのである。余人の追随を決して許さぬ閉じた世界である。
もし山田太一を見習うならば、手本とするならば、
あなたやわたしは自分だけの世界を掘り当てることに努力しなければならない。
孤独な作業である。ひとり嘘を作るのだ。それも真っ赤な嘘ではいけない。
本当のような嘘を作らなければならない。
本当のことをよく知り、本当から嘘を作るのだ。

孤独が事件を生む。

○電車の中
江崎哲也と美保が、ドアの脇に立っている。若い夫婦。美保は臨月が近い。
二人でデパートへ行って出産のための品物を買った帰りである。
大きなデパートの袋は、網棚にのせてある。二人は仲が良い。
少しもこれみよがしではないが、孤独な人間は不快かもしれない。
車内は、他にも数人、立っている。その中に老人もいる。
あいている席はない」(P101)


ふたりが隣の車両に行こうとしたとき、美保に足をかけて転ばせたものがいる。
30過ぎの会社員、川田である。足はすぐにひっこめられた。
哲也は川田の足を見た。まずは転倒した美保の心配をする哲也である。
それから川田に食ってかかる。川田は白を切る。自分はなにも知らないという。
哲也は川田を殴りつける。倒れこんだら蹴りを入れてゆく。
乗客のなかにだれか川田の足を見たものはいないか哲也は問う。
みなかかわりになりたくないのか、去ってゆく。こうして哲也は逮捕された。

哲也の味方をするものがふたりいる。
ひとりは哲也の父、史郎(緒形拳)である。
むかしは大会社の商社マンだったが、いまはリストラされパートで掃除夫をしている。
もうひとりは哲也の母、中里奈津(岸恵子)。
たまたまシンガポールから日本へ帰ってきているところで息子の事件を知った。
奈津はシンガポールを拠点に世界をまたにかけて手広く商売をしている。
奈津が史郎と離婚したのは13年前である。
13年間かけて女の身ひとつで奈津は事業を拡大させた。
このたび日本へ帰ってきたのはビジネスが傾いてきたからである。

問題が生じる。哲也が川田との示談に応じないのである。
そのためいまでも哲也は警察署に勾留されている。
自分の非を認め示談金の百万円を払えば自由の身になるのである。
妊娠まぢかの妻もいる。けれども、哲也はそれをよしとしない。
自分は悪くない。足を出して妊婦の妻を転ばせたのは川田である。
といっても、証人はいない。このままいったら裁判になるだろう。
あげく十中八九有罪になる。
史郎は警察署に勾留されている息子と面会する。
むろん、示談をすすめるためである。史郎は冷静に考えろという。
冷静に、赤の他人がどう受取るかを考えるんだ、

史郎「関係のないあの男がだ。食品会社の研究員の所員がだ。
哲也「なに?」
史郎「関係ない妊婦が通るのを、足をつきだしてころばせるか?」
哲也「ころばせたんだよ」
史郎「どうして、そんなことをする? 
本人もそんなことをする理由がないといっている」
哲也「嘘をついてるんだ。俺は見たんだ」
史郎「証明できるか? 他に見た人間がいないんだ」
哲也「見た奴は、きっといるさ。でも、逃げたんだ」
史郎「捜せるか? 証人を出せるか?」
哲也「――」
史郎「裁判に持ち込んだって、証拠がなければ、
お前がいいはっているだけのことになる」
哲也「――」
史郎「本当はどうだったかなんて関係ないんだ。証明できるかどうかだ。
裁判というのは、そういうものだろう」
哲也「――」
史郎「証明出来なきゃ、誰もお前が正義だなんて思わない」
哲也「お父さんもね」
史郎「俺は別だ」
哲也「どうして別?」
史郎「お前の親だ」
哲也「だからなにさ?」
史郎「お前のいう通りを信じている」
哲也「無理しなくていいよ」
史郎「無理じゃない」
哲也「理由がないっていったじゃないか」
史郎「理由がないのは事実だろう」
哲也「ほらみろ、信じてない」
史郎「子供っぽいことをいうなよ」
哲也「本当なんだよ」
史郎「そう思ってるのさ」
哲也「そうかな?」
史郎「しかし裁判しても勝目はないんだ。だったら罪を認めて、
こんなところから早く出ることだ。子供がうまれるんだぞ」
哲也「お父さんは、いつもそうさ」
史郎「いつもなんだ?」
哲也「本当のことなんて、どうだっていいんだ。早く片付けばいいんだ。(と立つ)」
史郎「意地をはって、なんになる」
哲也「なんにもならないことも、人間てするんだよ。知らなかった?(と行く)」
史郎「――」(P111)


謝るくらいなら実刑のほうがいいと強がっていた哲也だが結局示談に応じる。
英雄の登場するハリウッド映画ではないのである。
山田太一の描くのはどこにでもいる庶民のドラマだ。
出産間際の妻のそばにいたいという哲也の転向は少しもおかしくない。
哲也の出所祝いで鍋をかこんでいる。
参席しているのは哲也、美保の若夫婦。それから史郎と、かつての妻の奈津。
あんな事件がなかったらこの4人が一堂に会することなどなかったかもしれない。
前言をひるがえしたのが恥ずかしい哲也である。
そんな息子に史郎は語りかける。
それでいいんだ。人生、正しいことがいつも通るわけじゃない。
正しいことは頑張れば通るっていうほど世の中、簡単じゃあない。

「まあ聞いてくれ。俺は、会社づとめで、正しくないことを、いろいろ見て来た。
子会社に全部責任をおっつけて倒産させて、ま、いいかなんてこともあった。
功績の横取りもあった。力のある人間が、周りの嫉妬で、
どんどん主流からはずされて行くのを見たこともあった。
そういうのを見て、正しくないと、俺はいったか? 
いわなかった。いえなかった。そんなことをいい出せば、会社で先はない。
そんなことをいえた俺か、というところもある。
俺は汚いことはしなかったつもりだが、全然しなかったわけじゃない。
組織にいれば限度がある。正しいことをガンガンいい立てる人間の前に立ったら、
俺もやられるだろう」(P133)


だから留置所で頑張る哲也を史郎はほめなかった。励まさなかった。
頑張っても、なんにもならない、といった。
「しかし、それで終わりじゃ情けない」と史郎はいう。
本当にあいつが足をつき出したのなら、示談金くらい取り返そうじゃないか。
このようなかたちでドラマのゴールがなかば示されるわけである。
史郎、哲也の父子がそれぞれ川田(被害者)を見張るが成果は上がらない。
ここで唯一、顔がばれていない奈津の出番である。
13年前家族を捨てたという負い目もある。
奈津はほとんど無謀なやりくちで川田の部屋に潜入することに成功する。
川田は奇妙な縁で知り合った奈津に述懐する。

「孤独な若い男はなにをするか分りませんよ」(P170)

川田は21のときレイプで警察に逮捕されたことがあるという。
つきあっていた女性だった。結婚してもいいと思っていた。
向こうはそうは思っていなかったみたいで、暴れて逆らわれた。
失望で息が詰まりそうだった。カッとなった。許せなかった。殴ってしまった。
「それから乱暴をしたんです」
もう10年以上も前のことだけれども、それ以降、川田は女性を怖がるようになる。
女性を信用出来ない。いつ豹変するかわからないからである。怖い。
ひと晩を川田の部屋で過ごしたふたりである。
川田はこうまで自分を信じてくれる奈津をなにものかと疑う。
そもそもどうしてこの部屋に飛び込んで来たのか。
もしや哲也の関係者ではないだろうか。
勘付かれたと思った奈津は部屋から逃亡する。
川田は哲也のアパートへ足を運ぶ。本当のことをいうためである。
アパートには妻の美保しかいなかった。川田が謝ろうとしたそのときである。
美保の陣痛が始まる。川田が美保を病院へ連れて行くことになる。
病院の待合室で川田は本当のことを哲也一家の前で白状する。
示談金はすべて返すと。悪かったと。川田が病院を去ると子供がうまれる――。
史郎と奈津はふたりでシンガポールへ向かう。
かつては有能な商社マンだった史郎が、傾きかけた奈津のビジネスを手伝うのである。
こうしてハッピーエンドでドラマは終わる。ただひとりを除いて――。

川田「私は、電車の中で、足をつき出して、あの人を、ころばせました。
(……) はじめ否定したんで、ひっこみがつかなくなって。
(……) 金に、手はつけていません。返します。申訳ありません。
(……) 幸せそうで、羨ましかったんだ。
見せびらかすんじゃねえよって、腹が立って――(ちょっと声大きくなる)」(P174)

COMMENT









 

TRACKBACK http://yondance.blog25.fc2.com/tb.php/1756-69d36b07