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「夏の一族」

「夏の一族」(山田太一/「月刊ドラマ」1995年11月号/映人社)品切れ

→テレビドラマシナリオ。平成7年放送作品。75分の全3回。
渡哲也は自動車メーカーの設計部から営業所へ出向を命じられる。
まるで嫌がらせのような人事である。渡哲也はいちから営業を学ばなければならない。
もちろん車は売れない。エリート嫌いの所長からはねちねち嫌味を言われる毎日である。
職場のみならず家庭もおだやかではない。
妻の竹下景子は高校の同窓だった男に浮気をそそのかされている。
一人娘の宮沢りえは妻子ある男性と不倫の関係にある。
渡哲也が唯一こころ落ち着ける場所がなぞの年配女性・加藤治子のアパートである。
渡哲也は加藤治子を「姉さん」と呼んでいるが、関係は定かではない。
妻の竹下景子もこのアパートを訪問していることから見ると家族ぐるみの関係のようだ。
渡哲也は川辺で知り合った不登校の少年が縁となり、
その父親に3台の車を買ってもらうことになる(第一回「川を見に行く」)。

一人娘の宮沢りえが、好きな人に会ってくれと両親に頼む。
娘の相手と会った渡哲也は激怒する。男が離婚届を手にしていたからである。
前妻と離婚したから娘をくれというのはあんまりではないだろうか。
人間は、そんな簡単なもんだろうか。別の女を好きになったから前の女と別れる。
たしかに道理としては間違っていないのだろうが、
だからといってそう簡単に認めてしまっていいのだろうか。
どこか人間を舐めた行動のように渡哲也は感じたのである。
父は娘の結婚に反対する。宮沢りえはその晩、家出をして男との同棲を開始する。
平成の現代である。いくら親が反対しようが娘の結婚をとめることはできない。
渡哲也はひとつだけ条件を出す。娘の相手の男と一度ふたりだけで会いたい。
いったいなにを話すつもりなのだろうか。
宮沢りえ、竹下景子の母子は不安になる(第2回「娘の縁談」)。

渡哲也が「姉さん」と慕う加藤治子の異常行動が明らかになる。
ひとりで取り壊し寸前のアパートの一室に行くのである。
そこで加藤治子は菓子や茶を並べひとりで話している。
みな加藤治子がボケたのではないかと心配する。
渡哲也と娘の結婚相手がふたりだけで会うのはとりやめになった。
竹下景子、宮沢りえ母子の「みんなで会えばいいじゃない」という提案を呑んだのだ。
父、母、娘、その婚約者――。
渡哲也はふたりだけで話そうと思っていたことをここで話すという。
自分と加藤治子の関係である。あれは戦時中、空襲下の東京のことである。
加藤治子は20歳だった。空襲に遭った。家族とはなればなれになった。
家族を探しているとき、ひとりぽつんとただずむ少年を発見する。
4歳の渡哲也であった。加藤治子の家族はみな焼死していた。
渡哲也の親族も見つからない。
加藤治子は渡哲也の姉代わりとして育てることを決意する。
戸籍は入れなかったが、女手ひとつで加藤治子は渡哲也を成人させた。
人生にはこういうことがある。人間を舐めてはいけない。
堅実に幸福を築きあげていってほしい。父親からのメッセージである。

加藤治子の異常行動はより顕著に見られるようになる。
無人のアパートで桃の缶詰をあける加藤治子。
「あのころは甘いものなんてなにもなかったね」
空襲で死んだ家族に話しかけているのである。
加藤治子を窓の外からうかがうものがいる。
尾行してきた渡哲也、竹下景子、宮沢りえである。
3人は、いまは亡き家族に話しかける加藤治子のすがたに打たれる。
渡哲也は思わず加藤治子を抱きしめてしまう。
すると「嫌、嫌、嫌」と竹下景子が取り乱し、ふたりを引き離す。
場は騒然とする。竹下景子はなにかを勘づいているのである。
ほんとうのことを話そうと渡哲也は決意する。
みんなをひとつの部屋に集める。娘の結婚相手も居合わせる。
渡哲也の話を加藤治子が引き継ぐ。戦後50年の物語である。
加藤治子は家庭科の代用教員をしながら渡哲也を育てた。

「この人(渡哲也)ね、小学校の頃――ううん、その前から、
とっても綺麗な男の子だった。(中略) 私は、嬉しくて仕様がなかった。
この人のお母さんのふりが出来るのが、とっても幸せだった。
結婚したいって、この人がいった時、びっくりしちゃった」(P112)


仕方ないと加藤治子は思う。22年間も一緒に暮らしてきたのである。
喜んでお嫁さんにまかせようと決意する。
ところが、結婚が迫ってくると、気持が沈んでしょうがない。
あとひと月という時になってようやく自分の気持に気がついた。
自分は渡哲也に恋をしていたんだ。
だから、自分の結婚なんて、見向きもしないでいられた。
いったん気持に気づくと別れがつらい。竹下景子が憎い。仲を引き裂きたい。
26歳の渡哲也は、それは綺麗だった。いい男だった。

「なんとか誰にも気づかれないで、――とうとう結婚式の前の日が来て、
朝が終り、昼が終り、夜になって、ああ、もう、ほんとにいくらも、
二人でいる時間はないんだなあ、と思った時、
ふらふらっと明さん(渡哲也)の前に、座っていたの。
そんな事、寸前まで、考えてもいなかったのに、明さんて、
私、命令するようにいったの。私を一度だけ抱きなさいって――。
明さんは、なんのことって、笑いかけて、私を見て、
それからだんだん青い顔になった。
あとくされなんかない、今夜だけのこと――そのくらいしか私もいわなかった。
この人、驚いてた。でも、なにもいわなかった。
恩に着るタイプだから、どうしていいか分らなかったんでしょうね。
――私が、押し倒すみたいに抱きついて行ったの。
翌日からは、一切忘れました。水くさいくらいの、義理の姉さんになりました」(P113)


原因をたどれば戦争に行き着くのかもしれない。あの日の空襲がよくなかった。
よくなかったのだろうか。空襲でふたりは知り合った。のちに別れが訪れた。
戦後50年を生き抜いたふたりの日本人である。
竹下景子は夫と「姉さん」のふたりを許す。
どうして部外者(娘の婚約者)のまえで話そうと思ったのか夫に問いただす。

「こんな人間もいるんだ、といいたかった。(……)
気持が離れたから、別れた。好きだから一緒になる。
あいつはバカに簡単じゃないか。(……)
人間はもっと細かなもんだ。してしまったことは、ずっとあとをひく。
人を苦しめる。簡単には、わり切れない。(……)
そんな筈はない。人間は、細かな事にこだわるし、いろいろに悩むもんだ。
あの男は、たかをくくっている。簡単に妻子と別れ、
簡単に奈美(宮沢りえ)とその気になっている。それですむはずがない」(P114)


渡哲也はようやく営業の仕事にもなれ、車も順調に売れるようになる。
ひとつ、心残りは加藤治子のボケである。
夜半、渡哲也、竹下景子、加藤治子の3人は例の老朽アパートのまえに来ている。
ここで声がしたのだと加藤治子はいう。
自分を呼ぶ、死んだ家族の声がしたのだという。
加藤治子はアパートの一室で、両親、祖母、妹と再会した。
死んだものはいう。みんないるよ。みんな戦争のあとの日本、見てるよって。
年の離れた妹がいう。
チョコレートもあるし、バナナもあるし、お砂糖もお汁粉もあっていいねえって。
加藤治子は無人の部屋に、缶詰や果物を持って行った。
おかしいわよね。実際にそんあことあるわけないもの。
加藤治子がみずからのボケを認めようとしたそのときである。
取り壊し寸前のアパート、例の部屋の窓に灯(あか)りがつく。
別の窓にも灯り。別の窓にも。別の窓にも。3人、呆然と見ている。すべての窓に灯り。
「ありがとう」と加藤治子が手を合せる。渡哲也も竹下景子も手を合せる。
とてもいいシーンだと思う。あるわけがないことが生じる。それが人間を生かす。
現実だけでは人間はたまらない。だから、灯りがつく。山田太一は灯りをともす。
この灯りをフィクションという――(第3回「まだある昔」)。

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