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「時にはいっしょに」

「時にはいっしょに」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和61年放送作品。全11回の連続ドラマ。

テレビは幸せを売る器械である。
NHKをのぞく民放各社はボランティアでテレビ番組を放送しているわけではない。
企業から広告収入を得て番組を製作している。
実のところテレビの主張はひとつしかないのだ。カネを使えである。
なんのために? 
幸せになるためである。多くの人間はどうすれば幸福になれるかわからない。
テレビコマーシャルは視聴者にささやく。これにおカネを使えば幸せになれますよ。
詐欺といったら口が悪すぎるが、ひとつのフィクションであることは否定できないだろう。
山田太一ドラマはテレビのこういった機能に決して目をそむけない。
むしろ、(映画ではなく)テレビであることにこだわる。
これは多くの山田太一ドラマのテーマが
「幸せとはなにか」「フィクション」のふたつであることからわかるだろう。
コマーシャルは、こうしたら幸せになりますよとささやきかける。
山田太一ドラマは、人間そんなかんたんに幸せになれはしないよと訴える。
ほとんど営業妨害である。
よくもまあ、山田太一ドラマがつぶされなかったものだと感嘆する。
ひとえに視聴者から支持されたがためである。
広告は多数の人間の目にとまらなければならない。
結果として、矛盾に満ちた画面が展開されることになる。
ドラマとCMの内容が互いに矛盾するのである。
だが、この矛盾に満ちた混沌が、
ある時期におけるテレビメディアのエネルギーだったのだろう。
いや、矛盾と書いたが、本質的な人間観は矛盾していない。
人間とはなにか? 人間は、幸せになろうとなろうする。幸福を欲する。
幸福とはなにか? 山田太一ドラマとコマーシャルはおのおの回答をだす。
この脚本家のドラマでは回答は提出されず問題提起に終わることも少なくない。
ともあれ、山田太一ドラマにおいて、人間は幸せになろうと行動し、結果に喜怒哀楽する。

どこにでもある郊外の一軒家でドラマは始まる。
駅からだいぶ離れているため自転車がないと生活できない。
このため車庫には家族の人数分の自転車が並んでいる。
夫は大学の助教授。妻は専業主婦である。
一度、夫の浮気があったが、これが離婚の原因ではない。
相手に関心を持てない。このままいっしょに暮らしていれば、それでいいのだろうか。
妻は離婚理由をこう説明する。

「子供だって、うんと小さければともかく、あのくらいになれば、
両親揃ってなくたって大丈夫だと思うの。
勝手ないい草だし、別れていまより幸せになるとは限らないけど、
つめたいまんま、静かに年をとるなんてまだ嫌なの」(P40)


夫婦は父と母でもあった。
子どもは高校三年生の季代(としよ)と高校1年生の茂の姉弟。
(季代を演じるのは当時ブレイク直前のアイドル南野陽子
この姉弟が切り離される。というのも、父がこう言うからである。

「二人の判断にまかせたいが、出来れば、一人はお母さんと、
一人は私と、暮してくれれば、と願っている」(P30)


ふたりでどこかへ行ってこいと茂は父から2万円を渡される。
姉弟は東京サマーランドへ行く(アイドルの水着姿!)。遊ぶふたり――。
夕飯はハンバーガーショップで食べたが茂は不満である。
もっと一流のレストランへ行きたかったというのである。
季代は姉らしく弟をいさめる。
いくらかかるか知れたものではない。無駄遣いはやめましょう。
自分は全然あんなところへ入りたくない。すると茂は自分も入りたくないという。
弟はわけがわからないと季代は思う。
帰りの電車である。もう日が暮れている。ふたりは現実に直面する。
どちらが父についていき家を出るか。1日で答えの出る問題ではない。
最寄り駅に到着する。その自転車置場――。

季代「ほんとだね」
茂「なにが?」
季代「時間かけたって同じだね?」
茂「いいよ、別に」
季代「二つに一つよ」
茂「いいってば」
季代「二人ともお母さんと一緒に、いままで通り暮すか、
私がお父さんと一緒に出て行くか。二つに一つよ」
茂「なんで姉さんが出て行くんだよ?」
季代「じゃあんた出て行く? お父さんと行ける?」
茂「いいよ」
季代「男ふたりじゃ、どうしようもないじゃない」
茂「――」
季代「お母さんも茂といたいのよ」
茂「関係ねえよ」
季代「下の子が、お母さんと一緒の方がいいもの」
茂「そんな子供じゃねえよ」
季代「じゃあ、どういうのがいいの? 茂はどうしたいの?」
茂「――」
季代「お父さんひとり、追い出すみたいの可哀そうじゃない」
茂「浮気したんだろ」
季代「終ってるわ」
茂「どうして分る?」
季代「気にしてれば分るわ」
茂「じゃあ行けよ。お父さんと行けよ。
姉さんいなけりゃ喧嘩しなくて、静かでいいや(と自転車を走らせてしまう)」

●並木のある坂道

茂、来て上りかけて止る。
季代、少しおくれて来て、並んで止る。
茂「(おりて、自転車押す)」
季代「茂」
茂「(止る)」
季代「(おりて、自転車を押して茂に並び)レストランで食べたいっていったの、
思い出のつもりだった?」
茂「(なんだかツーンと来て、返事が出来ず口をとがらせて、うつむく)」
季代「気がつかなかった」
茂「(急にこみ上げてべそをかく)」
季代「鈍感でごめんね。そうだよね、別れちゃうかもしれないんだもの、
レストランぐらい、行きたかったよね」(P41)


このとき3人の青年が坂を下りてくる。姉弟をカップルだと思い冷やかす。
茂は姉さんだと言い、青年たちに殴りかかろうとする。
青年たちは気のよい若者で喧嘩をするつもりはない。悪かったとあやまる。
なおも茂は殴りかかろうとするものの、季代につかまれてとめられる。
茂、泣いている――。
とてもいいシーンだと思う。ツーンと来る、というところがいい。ほんとうに、いい。
引越の前日、大学受験をひかえている季代は決意する。

季代「ためすの、私」
茂「なにを?」
季代「今までわりと幸せだったじゃない。自分がどのくらい強いのか、
それとも弱いのか、分らなかったから、どんな風かためしたいの」
茂「受験じゃねえか。そんな時――」
季代「緊張していいわよ。ちょっといいじゃない。親が別れて、
急にバラバラになるなんて、そんなこと、自分に起ると思ってなかった。
格好よく生きよう」
茂「――」
季代「面白がっちゃおう」
茂「明日だけで引越しなんか出来んのかよ(と泣きたい気がして、廊下へ。
バタンとドアを閉める)」(P64)


少年少女は恋をする。姉弟はそれぞれ胸に思う異性がいる。
弟の茂が好きなのは、3歳年上のレンタルビデオ店員の比呂子。
高校を卒業して上京。いまひとり暮らしをしている。
一風変わった女性で、茂と彼女はひょんなことから知り合った。
彼女の部屋でふたりは握手している。比呂子が手を握ってくれと頼んだのである。
もっと強くという。痛いくらいでいいという。

比呂子「痛くていいんだもの。痛いと消えるの」
茂「なにが?」
比呂子「フフ(と苦笑)」
茂「なにが消えるの?」
比呂子「不安(いってちょっと照れる)」
茂「フアン?」
比呂子「聞き返さないで」
茂「フアンて、心配とか、そういう不安?」
比呂子「――(うなずく)」
茂「なんか心配なわけ?」
比呂子「(真面目な顔で)全部」
茂「全部って?」
比呂子「そういうこと、家族と一緒だとないのかな?」
茂「どういうこと?」
比呂子「栃木から出て来て、こうやって一人で暮してると、時々来るのよ」
茂「なにが?」
比呂子「不安が――」
茂「へえ」
比呂子「私なんか、いいお嫁さんとかになりそうもないし、
なにか才能があるわけじゃないし、すごくいい女ってわけじゃないし、
なんにもないんだよね」
茂「(うなずく)」
比呂子「お金もないし、これ以上いいアパートで暮せそうもないし、
いい仕事につけそうもないし、恋人出来そうもないし臆病だし(一気にいう)」
茂「――」
比呂子「臆病なの」
茂「ほんとに?」
比呂子「男って、大抵私より大きいし、勝手、みたいだし、
うっかり気を許すと、ヅカヅカ踏みこんで来る気がするし、
もうちょっとのところで、つきはなしたりしちゃうんだよね」
茂「へえ(と小さく)」
比呂子「時々、自分て、誰とも関係がないって気がして、ひとりだなあって気がして、
未来も、なんにもいいことがないって気がして、
この辺(ミゾオチ)がへっこんじゃうように不安になるんだよね」
茂「(うなずく)」
比呂子「そういう時、誰かにギューッて抱きしめてもらえば、
きっと、少し安心なんだろうけど、そういう人いないから」
茂「(うなずく)」
比呂子「手、握って貰ったの」(P94)


茂は比呂子に振り回される。あるときには身を売るという。
体でも売らなきゃこの境遇から脱け出せないと思ったというのである。
どうせ結婚したところで、いまよりちょっと広いだけの汚いアパート生活。
ドーンと生活を変えるにはこうするほかない。茂は必死でとめる。
理由を問う比呂子に茂は答えることができない。嫌だとしかいえない。

比呂子「だったら、どうなるのよ? どうぬけ出せるのよ?
(自分の腕をこするようにして)こんな若くて、
裸になればよだれ流す男いっぱいいるのに、それ使わないで、
この部屋にジーッとしてて、あの店で一時間七百円稼いで、
年とるの、ほっとけっていうの」
茂「――」
比呂子「ビール、のんでく?」
茂「――」
比呂子「未成年だから駄目だなんていわないでよね、子供」
茂「いわねえよ(はじめてスニーカーを脱ぎ、大人ぶって、冷蔵庫をあけ、
ビールを出して、ドンと畳に置く)」(P108)


また別の日――。山田太一はなんでもないシーンを描くのがことさらうまい。
ありきたりな風景のすばらしさを我われに再認識させてくれる。
脚本家はともすればなにか「ある」ことを書きがちである。
だが、山田太一は意識してなにも「ない」風景を描写せんと努める。

●ビデオショップ・店内

茂「(ドアから入って来る)」
比呂子「いらっしゃいませ(と頭を上げる)」
茂「(ニコッとうなずく)」
誰も客はいない。
比呂子「今日は十時までだもの(とどこか心細げな声)」
茂「知ってるさ(とテープの棚を見て歩く)」
比呂子「テープ?」
茂「そうじゃねえよ(と棚を見て歩く)」
比呂子「じゃ、なに?」
茂「いいだろ」
比呂子「用?」
茂「ただ来たっていいだろ」
比呂子「そりゃいいけど、今日は駄目だから」
茂「分ってるよ」
比呂子「――」
茂「(テープをしまい、他のをとる)」
比呂子「フフ、ほんと。ただ、来たわけよね」
茂「(テープをしまう)」
比呂子「フフ、私、いま、瞬間、ひっどく落ち込んでたの。
だから、どうして来たんだろって思っちゃって」
茂「まいったな(とテープ見て行く)」
比呂子「私の顔見に来たんだ?」
茂「顔ってわけじゃないけど」
比呂子「私に逢いに来たんだ」
茂「いうかな、そういうこと」
比呂子「フフ、でもこういうのいいね。すっごく救いになる」
茂「(苦笑)」
比呂子「こっち見て」
茂「――」
比呂子「見て」
茂「なによ?(と見る。すぐ目を伏せる)」
比呂子「いいね。用じゃなくて、ただ逢いに来る人がいるって、
こんなにいいと思わなかった(と嬉しい)」
茂「大きいよ、声が(と照れて、テープをしまう)」
比呂子「今度さ(とひとりで盛り上って)キスとか、
いろんなこと、いっぱいさせてあげるね(大学生らしい四人入って来る)
いらっしゃいませ、いらっしゃいませ」(P152)


姉の季代も片思いをしている。相手はひとつ年上の大学生、高杉。
季代の高校の先輩だった。去年、高校を卒業した。
ちょっと不良がかっている。
顔がいいのだが、本人も自覚していて少し嫌味だと季代は思う。
けれども、高杉の魅力にはあらがうことができない。
高杉は後輩から好かれているのを知っているが、いまのところ手を出していない。
後輩の男子が季代に熱をあげているのを知っているからである。
根っからの悪人ではないのだ。
ふたりは偶然出逢って話をしている――。

季代「時々、勉強、ほったらかして、読んでます」
高杉「なにを?」
季代「なにをって下さった本――」
高杉「ロシュフコオ?」
季代「はい」
高杉「返して貰おうかな」
季代「どうして?」
高杉「勉強の邪魔になっちゃ悪いだろ」
季代「いいんです。そんなに夢中ってわけじゃないですから」
高杉「ならいいけど」
季代「今、ひっかかってる言葉が二つくらいあります」
高杉「そう」
季代「人間は――」
高杉「うん」
季代「独りでいても淋しくないという自慢をする。なぜだろう?」
高杉「そんなの、あったかな」
季代「時々、このごろ、その言葉、浮ぶんです。
なぜ独りでいても淋しくないなんてことが自慢になるんだろうって」
高杉「お父さんと二人だっけ?」
季代「そういうことは関係ないけど――」
高杉「もう一つは?」
季代「え?」
高杉「ひっかかってる言葉が、二つあるっていった」
季代「そうですね。ほんとは、もっともっとあるんだけど、
時々、自分にいいきかしてる言葉があるんです」
高杉「なに?」
季代「自惚(うぬぼ)れがなかったら、人生はつらいばかりだ」
高杉「――」
季代「ほんとにそうだなあ、と思って。
かまわないから、自惚れようって、よく思うんです。
自惚れなくなっちゃったら、ほんとにつらいな、と思って」
高杉「――」
季代「フフ、愚痴こぼしてるんじゃないんです。ただの話です。すいません」
高杉「ううん」
季代「のみにくい(と小さくいって缶コーヒーをちょっとのむ)」
高杉「フフ(とのむ)」(P205)


岩波文庫「箴言と考察」(ラ・ロシュフコオ)である。まったく山田太一さんは(笑)!
南野陽子に岩波文庫を読ませてしまうのである。
美少女が岩波文庫。くうう、ぞくぞくしますな。
離婚により崩壊した家族4人はそれぞれ恋をする。
父は研究室の助手と。母はバイト先のオーナーの弟が相手である。
その日は父も母もデートでそれぞれ家をあけている。
さて、姉弟の片思いはどうなったか。なんと比呂子と高杉がむすばれてしまったのである。
アイドルの南野陽子に失恋する役をふるのは、いかにも山田太一らしい。
姉は弟を問いつめる。あなたがなんかしたんじゃない?
高杉さんをあの子とくっつけたのは茂でしょう。
弟は否定する。「だって、あいつ好きだもの。好きな子、人におっつけるわけないだろう」
姉は弟もまた失恋したことを知る。
かつて家族4人が暮した家の居間に姉弟はへばったように座りこんでいる。

季代「(ぽつりと)茂」
茂「うん?」
季代「結局――」
茂「うん?」
季代「二人して、失恋したわけね」
茂「――うん」
季代「なんなんだ?」
茂「うん?」
季代「そんなに程度悪いかな?」
茂「そんなことないよ」
季代「だって、比呂子って子、選んだのよ。あの子の方がいい?」
茂「姉さんの方がいいさ」
季代「茂だって好きになったくせに」
茂「そっちは姉さんだろ。姉弟じゃよくたって仕様がねえもん」
季代「そうだけど」
茂「姉さんの方がいいさ」
季代「――」
茂「あんな奴、どうってことねえよ」
季代「そうよね。高杉さんだって、どうってことないわ」
茂「見る目がねえんだよ」
季代「そうなのよ。趣味悪いのよ」
茂「悪い同士はくっつきゃいいんだよ」
季代「茂の方が余程魅力あるわよ」
茂「姉さんの方が、どれだけいいか分んねえよ」
はずみで盛り上って、黙ってしまう。
季代「なにいってるんだ? 二人で(と淋しくいう)」
茂「ほんとだもん(とぼそりという)」
季代「お母さん、何処いっちゃったのよ?」
茂「うん」
季代「うんと、我儘(わがまま)いいたくなって来たのに(と泣きたくなる)」
茂「俺にいえよ。なんでもしてやるよ」
季代「(泣くまいとして、笑顔をつくろうとしてつくれず、冗談のつもりで)
豚にでもなれ。ヘヘ、フフ(と泣き笑い)」
茂「(豚の顔をつくり)ブーブー、ガーガー、ブーブー(と騒ぐ)」
季代「(泣きたいけど笑っている)」
茂「ブーブーブーブー」
二人して泣いてしまう(P244)


人間は幸せを夢見る。けれども、そううまくはいきやしない。
泣くしかない。泣くしかないのだが、いっしょに泣いてくれるものがいたら少しはましだ。
少しはというが、人間にはこの程度のことしかできない。
いっしょに泣くくらいが人間が他者になしうる限界だ。
とはいえ、これはやはり偉大なことではないだろうか。いっしょに泣く。
相手のことを心底から思う。自分のことを思ってくれる他者がこの世に存在する。
それはちょっとしたことだけれども、人間にとってほんとうに大きな救いではないだろうか。
時には、そう、「時にはいっしょに」――。
最終回で家族4人が顔をつき合わせる。ランチを食べようというのである。
むろん、両親のよりが戻ったというわけではない。
結局、父の恋愛も、母のほうの関係も、ままならず終わってしまったのである。
いうなれば、家族4人全員が失恋したのかもしれない。
人間は孤独である。だれかといっしょにいたいのは自然なことである。
だったら、たまになら、こうしてかつて家族だったものが集うのもいいのではないか。
そういう家族関係があってもいいのではないか。
これからどんどん人間は孤独になってゆく。離婚は増えるだろう。
親子の関係も疎遠になってゆくと思われる。時代の流れだから仕方がない。
けれども、「時にはいっしょに」――。

私事になるが、山田太一ドラマの1クールものはこれで終わりである。
(「ふぞろいの林檎たち」が残っているが、一部再読になるため除外)
「時にはいっしょに」はとくに代表作というわけでもなく、ほとんど期待していなかった。
ところが、嬉しい誤算で山田太一ドラマのなかでもベスト5に入る傑作であった。
「岸辺のアルバム」や「男たちの旅路」のようなものはむろん名作だが、
「想い出づくり」や「時にはいっしょに」のような(テーマが)軽めの作品もすばらしい。
かえって、軽めのドラマのほうが山田太一の味がよく出ているようにも思う。
「時にはいっしょに」はすっかりまいってしまった。
感想の書きようがないのである。おもしろいから読んでくださいとしか。
だが、絶版のものだしシナリオはあまり好まれない。
ならと思い、引用を多くした。
書き写しながらぞくぞく身震いしたものである。
涙ぐみながら、いいな、いいだろ、となにものかに語りかけたくて仕方がなかった。
このよさが読み手に伝わればいいと期待しているが、
一部抜粋のため書き手のねらったほどの効果はないかもしれない。
もし退屈でしたら、それは山田太一が悪いというのではない。
すべてわたしの紹介のまずさが原因です。作者と読者にお詫びします。

COMMENT

Tami URL @
07/10 00:37
Yonda?さん効果. 
>このよさが読み手に伝わればいいと期待しているが

充分に伝わりました。充分過ぎるほど。
もう「矢も盾もたまらず」スーパー源氏で速攻購入申し込みしてしまいました。500円でした。

横浜放送ライブラリーで検索しましたら第1回しかないのです。ケチ。
と愚痴っても仕方ないですし、やはりシナリオで読みたい!と切に思ったのでした。
これはもう「Yonda?さん効果」です。
ご紹介ありがとうございます。

山田ドラマの1クールものはこれで終りですか。
とても残念。
いえ、これまで楽しませていただいたお礼をするべきでした。有り難うございます。
Yonda? URL @
07/10 05:09
Tamiさんへ. 

500円とは安いですね!
わたしはリアル古書店で900円だった記憶があります。
山田太一さんのシナリオの価格、ネットで常に監視しています。
「時にはいっしょに」も、価格の幅は大きかったです。
高いときは高い。
とてもいいお買い物をなされたと思います。

二律背反だったのです。
だれかにこのすばらしいシナリオを読んでほしい。
けれども、紹介するとなったらネタバレせざるをえない。
山田太一ドラマの魅力はあらすじではなく細部にあるので、
どうかネタバレをお許しください。

放送ライブラリーに第1回目があるのですか。
なんだか見たくなりました。
というのも、南野陽子。
まさにわたしの少年時代のアイドルなんですよね。
玄倉川 URL @
07/10 18:48
南野陽子. 「時にはいっしょに」とても懐かしいです。Yonda? さんありがとうございます。

私は南野陽子のファンなので毎週熱心に見てました。熱心に見るに値するいいドラマでした。
「南野陽子のドラマの代表作」というと、スケバン刑事を除けば「時にはいっしょに」になります(私にとっては)。彼女の真面目さと不器用さをそのまま生かせる季代のキャラクターはまさに適役でした。

細かいことを言うと、Yonda? さんは「当時のトップアイドル」と書いてくださってますが、86年秋は映画版「スケバン刑事」公開前なのでまだナンノ人気は爆発してません。オリコンもザ・ベストテンも最高5位どまりで、ファンとしては「このまま伸び悩むんじゃないか」と心配していた時期です。
スケバン刑事のイメージが強すぎて他の役が難しくなるおそれもありました。それだけに、「時にはいっしょに」というすばらしいドラマに出させてもらったことは幸運でした。山田先生に感謝します。

ちなみに、ドラマのタイトルロゴは南野陽子の手書きです。丸文字が懐かしい。
Yonda? URL @
07/10 22:16
玄倉川さんへ. 

南野陽子、よかったですよね~。
わたしもむかしファンでした。
当時10歳だったので「時にはいっしょに」は見ていませんが。
「スケバン刑事」は見た記憶があるのですけれども。

ご指摘の件、ありがとうございます。
記事を訂正しました。

> 季代を演じるのは当時ブレイク直前のアイドル南野陽子
> アイドルの南野陽子に失恋する役をふるのは、いかにも山田太一らしい

季代が南野陽子だと思うと、シナリオの魅力が数倍上がりました。
まさにぴったりな役ですよね。
思えば、ナンノはどこか真剣味のあるアイドルでした。
浮ついていない一途なものを感じさせるアイドル――。
souya106 URL @
07/13 20:17
1年も前の日記に失礼します. 

初めまして。
自分も最近このシナリオ本を読みまして、
とても大好きな作品になりました。
地味で、あまり話題にもならない作品なので、
ネット上にも情報がありません。
なので、ここまで突っ込んだ感想を
書かれている方を見つけて、
たまらず、書き込みをさせて頂きました。
突然の事で申し訳ありません。

離婚という後ろ向きのテーマにも関わらず、
家族4人全員が前向きに生きようと
している姿に感銘を受けました。
また、後書きで山田太一も書いておりましたが、
反発する姉と弟が、別居を機に、
それぞれがかけがえのない存在である事に
気付いていくという、
隠れた(?)テーマも好きです。

2回、最初から最後まで読みました。
2回目は、自分の気に入ったシーンに
付箋を貼ったりなどしました。
自分は第9話で、季代と茂が
福祉会館で待ち合わせをするシーンが、
大好きです。

(P225)
季代「(略~ただ逢いたくて呼んだのか、と気づきかけ)
   そりゃ、ここで(勉強を)やったっていいけど」
茂「――」
季代「(茂を見る)」
茂「――(天井を見ている)」
季代「(微笑して)元気出しなさいよ(と本を見る)」

このシーン、ほとんど茂は言葉を発しないんですよ。
でもそれだけで、彼の気持ちが伝わってくるというか。
また、こんな姉さんが居て欲しいとも思いました。
(自分は一人っ子なので)

惜しむらくは、このシーンを含めて、
この作品を映像で見られない事でしょうか。
(横浜の放送ライブラリーに所蔵されている
 第1話は、2回見に行きました。)
この作品は一部(前述の第1話と、
第10話と最終話の一部分)を除いて、
映像を見た事がないのです。
映像化を切に望む作品です。

長文失礼しました。
Yonda? URL @
07/14 04:23
souya106さんへ. 

こんばんは、南野陽子ファンのsouya106さん。
おそらく同世代でしょう。
わたしもファンでしたが、浮気性なもので。
瀬戸朝香や、その他もろもろに浮気をしてしまいました。
一途なsouya106さんに敬礼ッ! であります♪

引用箇所を再び読みました。
脚本家の手腕が冴え渡っているところですね。
ここに気づくとはお目が高い。
弟は「フー」だの「フフ」だのしか言っていないのですよね。
しかし、きちんと人の心を動かすドラマになっている。
「ただ逢いたいから」人に逢うすばらしさ。
背景には人間の孤独がある。
山田太一氏ならではの素敵なワンシーンだと思います。

あらためてテレビドラマはすごいと胸打たれました。
20年以上もまえのドラマが、ここまで人を揺り動かすことがある。
脚本だけでも――。

いいですよね。両親の離婚で離れ離れになった姉弟が再会。
ふたりとも失恋している。
弟が姉を励ますように(そのうえ、いたたまれなくて)「ブーブー」。
わたしが深く感動したところです。
souya106 URL @
07/16 02:21
お返事ありがとうございます. 
過去の日記を読ませて頂くに、
Yonda?さんより私は3~4歳上だと思います。
この作品が放送されていた時は、
自分は中学1年生でした。

また、敬礼されるほど一途でもありません。
私が彼女のファンだったのは、
アイドル全盛時の2~3年ほどです。
「いい時だけ」のファンだった私など、
本当に一途な、20年来のファンの方から見れば、
認める事のできない存在だと思います。

今年の春ぐらいに、ひょんな事から
動画投稿サイトなどで当時の彼女の姿を見て、
この作品を思い出しました。
Yonda?さんも引用されていた
「豚にでもなれ」のシーンです。
この回のみ、リアルタイムで見ていて、
このシーンのみ、鮮明に覚えていたのです。

すると、どうしても再びこのシーンを見たくなり、
検索して、シナリオ本にたどり着きました。
そして読めば、
この作品自体が素晴らしい物だとわかったのです。

自分は、この作品の主人公は、
家族4人というよりも姉弟2人だと思っているのですが、
そう思うせいか、付箋を付けたシーンを見直すと、
ほとんどが季代と茂の言動でした。
もっともこれは、単に自分が子どもじみていて、
両親の行動には共感が
持てないだけだからかもしれませんが。

茂は、始めの方こそ単にわがままで
反抗心の強い高校生に描かれていますが、
後半になるつれ姉を心配するようになり、
それが彼を変えていっているような気がします。
ある意味、この離婚で一番成長したのは、
茂かもしれません。

(P212)
茂「大丈夫かよ」
季代「なにが?」
茂「(照れくさく、目を合せず)姉さん、大丈夫かよ?」
季代「私は大丈夫よ」

(P221)
茂「姉さん、ほっといて、なにしてるのさ?
(はじめて、はっきりした怒りの声で、低くいう)」
伸浩「なにをしてる?」
茂「姉さんは勉強してるんだよ。
  早く帰ってやりゃあいいじゃない」
伸浩「狭いアパートだ。
   いない方がいいっていったんだ」
茂「お父さんを縛りたくなくて、
  そういってるんでしょう」
伸浩「そうかな?」
茂「決ってるじゃない。毎晩、
  ひとりで夕飯つくって、ひとりで食べて、
  その方がいいわけないじゃない」

他にも姉を心配する言動はいくつもあるのですが、
その気持ちが最終的に、
福祉会館に彼女を呼び出す行動に至らせたのかも。
あのシーンではほとんど言葉を交わさない茂ですが、
本当は、何か励ましの言葉をかけたかったのでしょう。


長文失礼致しました。
Yonda? URL @
07/17 23:24
souya106さんへ. 

コメントのお返しが遅れて申し訳ありません。
あまりにもsouya106さんのコメントが的を射ていたので、
ただもう、その通りとしか反応のしようがございませんでした。
連続ドラマのシナリオを2回もお読みになったのちのご感想だからでしょう。

引用箇所は、ウヘエと思いました。
こんないいセリフがあったのかと。
テレビドラマはみんなと語り合えるから楽しい。
コメントをいただいて改めて気がつきました。
テレビの魅力は、みんなが視聴でき気楽に語り合えること。

映像ではなく、たかだか台本で、
これだけ我われを饒舌にさせる山田太一さんの才能には敬服するしかありません。
山田太一さんは「あて書き」(=役者からドラマを作る)をする作家なので、
南野陽子がこのドラマを創造した、とも言えるのかも知れません。
脚本家がどれだけ鋭く当時のアイドルの魅力をとらえていたことか。
ものを見る目が、作家の才能のすべてなのでしょう。
souya106 URL @
07/20 13:36
かえって恐縮でした. 

Yonda?様

スイマセン、
お返事を強要するつもりはなかったのですが…。
かえってご迷惑をおかけしたようです。

「あて書き」とはそういう事をいうのですね。
という事は、そもそもこのシナリオ本自体、
南野陽子のキャスティングありき
(もちろん他の役者さんに関してもですが)で、
書かれたものなんですね。
結構、場面も細かく設定されている所があって、
(例:先の福祉会館とか、布田駅で降りて、
 アパートまで歩いていく描写とか)
その辺も、事前でロケハンされた後に
描かれたような印象を受けました。

そもそもこの本って“どの段階”の脚本を、
書籍化したものなのでしょう。
シナリオ本というもの自体、
初めて読んだのですが、
そもそも脚本(台本)って、
シナリオライターが書いた直後の段階と、
役者に手渡された段階と、
そして実際に撮影して映像となった段階とでは、
少しずつ(撮影の制約などから)
軌道修正が加えられていくイメージがあるのですが、
この本の発行年月日や
山田太一氏のあとがきに書かれた年月日は、
ドラマがまさに放映されているタイミング。

という事はつまり、最終回に近い方の話は、、
シナリオからある程度手が加えられたものが、
映像化されている事が想像できます。
それを確認できないのは、とても残念な事ですが。



シナリオライターの勉強されているとのこと。
Yonda?さんにも、
「時にはいっしょに」のようなドラマを、
是非とも書いて頂ければ、なんて思います。
Yonda? URL @
07/21 01:38
souya106さんへ. 

わかる範囲でお答えしますと――。

山田太一さんはキャスティングが決まらないとシナリオが書けない模様。
先に配役ありきで物語が動いていくそうです。
三谷幸喜さんも「あて書き」する作家として知られています。
両者の相違は台本への態度です。
この表現が正しいのかわかりませんが、
山田太一さんはシナリオに自信がある。
読者が好きなキャスティングをしてシナリオを読んでも構わないという姿勢。
いっぽう三谷幸喜さんは、ぜったい映像作品を見てほしいというスタンス。
もちろん、どちらがいい悪いの問題ではありません。

たいがいはアホな演出家や役者が現場でシナリオを無断で改変します。
しかし、山田太一さんは数少ない大御所脚本家。
いっさいシナリオを変えてほしくないと現場に通達をしています。
ですから、基本としてはシナリオ通りの撮影をしているはずです。
しかし、それでもたまにシナリオの会話をカットしていることがあります。
おそらく、時間枠に入りきらなかったのでしょう。
この点に関して(倉本聰さんと異なり)山田太一は大人とのこと。
黙認するみたいです。
倉本聰さんは激怒して現場に怒鳴り込むと聞きます。
この場合も、どちらがいいのかはわかりません。

結論として、基本的には「時にはいっしょ」――。
シナリオ通りの撮影がなされていたと思います。
souya106 URL @
07/22 07:01
なかなか興味深い話ですね. 

という事は、このシナリオ本は、
山田太一氏が書いたものが
そのまま本になってると思って間違いなのでしょう。

この作品に関しては前述の通り、
映像ではほぼ第1話しか見ていないのですが、
よく思い出すと、この第1話でも
一番最初の吉祥寺駅前のシーンや
大学の構内での伸浩のシーンなどに、
一部シナリオと違う部分がありました。
些細な点ですけどね。

「分業」って、
ホントに難しいと思うんですけど、
自分の頭の中でイメージするものを
100%再現するには、
全部自分でやるしかないんですよね。
つまり脚本家が、
どうしても自分のイメージ通りの物を
作りたいのであれば、演出や役者さえも
自分でやらなければならないというジレンマに…。

でも、そういった部分を他の専門家に任せる事で、
自分の思ったものより劣ってしまうリスクもあるけど、
想像以上のものができる事もあるわけで…。
その辺の線引きはすごく難しいし、
仕事内容や人、取り仕切る会社によって
やり方は異なると思うし…。
すごく難しい。



しかし、
「読者が好きなキャスティングを
 してシナリオを読んでも構わない」
とは言え、わずかでも
季代=南野陽子
茂=角田英介
の映像を見てしまうと、
見た事のない回(第2話以降とか)を読んでも、
彼らが自転車こいだり姉弟ゲンカしてる姿が、
目の前に浮かんでくるんですよ。
自分でも驚きました。

これは山田太一の筆力が成す技でもあり、
一方では文章では補い切れない、
映像が持つ絶大な力だと思います。
Yonda? URL @
07/22 22:29
souya106さんへ. 

souya106さんの熱い思いがコメントから伝わってきました。
わたしなどより、よほど真剣です。
どうでしょうか? ここはまとめてしまっていいのでは?
バンザイでまとめましょうよ♪

バンザイ、山田太一♪
バンザイ、「時にはいっしょに」♪
バンザイ、南野陽子♪
souya106 URL @
07/22 23:36
スイマセン、だらだらと. 

ご迷惑を顧みず、
長々と雑文にお付き合い下さいまして
申し訳ありませんでした。

お恥ずかしい限りです。
Yonda? URL @
07/22 23:39
souya106さんへ. 

バンザイ、バンザイ、バンザイ♪

いただいたコメントはどれもたいへん勉強になりました♪








 

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