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「あなたが大好き」

「あなたが大好き」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和63年放送作品。単発ドラマ。
あとがきに書かれたテレビドラマの製作秘話がおもしろかった。
赤坂の天ぷら屋でこの下町ドラマは生まれたという。
TBSディレクターの高橋一郎と山田太一が会食した。
脚本家は、演出家が10本近いビールをあけるので驚いたらしい。
つくりりたいドラマがつくりにくくなっている演出家の無念を山田太一は感じる。
TBS社員の高橋一郎は、気負わずに気持のいい話をつくりたいという。
自由業の山田太一は何度もこんな言葉が口から出そうになった。

「気負わず気持のいい話を、なんてよしましょう。
気負った気持の悪い話を異物のように今のテレビの中に投げ込みましょう」


山田太一は思いとどまる。

「しかし、そんなことをして、
有能で得難い演出家の可能性をつぶすようなことは出来なかった。
連続ドラマならともかく、短編一本では、そういうものをつくっても
おびただしい番組の中に埋れてほとんど力になり得ない。
その代り内部では、そういうものをつくった人間は警戒されてしまう。
それではなにもならない」(P271)


いろいろなことに気づかされた。当たり前のことだが見逃していたように思う。
いくら庶民のドラマとはいえ、製作するのは大会社の高給取りである。
赤坂の料亭にて会社の経費でのみくいしながら下町ドラマをつくるのだ。
言いかたはよくないが、まるで高級料亭で密談する政治家である。
いかに庶民をだますか策略を練っているところは両者相通じるのではあるまいか。
さらにテレビドラマはほとんど芸術ではない。
ディレクターとはいえ出世をめざす宮仕えの身なのだ。
表現する気概と出世する願望が衝突したら、
ためらわず後者を選択する男たちがテレビドラマをつくっている。
へんなドラマをつくってしまえば、社内で目をつけられ出世に響く。
テレビドラマシナリオほど自由の利かない表現形式はめったにないのであろう。
にもかかわらず、独自の世界を描きつづける山田太一の交渉能力には恐れ入る。
脚本家は小説家よりもはるかに難しい仕事と思われる。

「気持のいい話をつくりましょう」を合言葉に完成したのが「あなたが大好き」である。
好き合っている若いふたり(美男美女)が、困難にもめげず結ばれる話だ。
果たして江戸指物の職人の家に、石油会社重役のお嬢さんは入りこめるのか。

「うまく行くわけないからいってるの。世田谷のね、重役のお嬢さんがね、
こんな家へ来ようっていうのは、なんかあるわよ。自然じゃないわよ。
ただ誠一が好きになったっていうんじゃないのよ。
そのくらいのこと分らなくて、どうするの、誠一」(P184)


「なんかあるわよ」が浮気性の視聴者を逃さない、いわば伏線である。
結局、「なんかあるわよ」の答えは「あなたが大好き」となる。
「あなたが大好き」とべっぴんでハイカラな娘さんが、
下町の人情味あふれる家庭に入ってゆく。
たしかに「気持のいい話」である。評判や視聴率はいかほどであったのだろう。
思わず、ビールの好きなTBS社員、高橋一郎の心配をしてしまった。

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