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「なつかしい春が来た」

「なつかしい春が来た」(山田太一/大和書房)絶版

→テレビドラマシナリオ。昭和63年放送作品。正月ドラマ。豪華キャスト。4時間。
テレビドラマを製作するのは、ほんとうに空しい、ほとんど自虐的な行為なのかもしれない。
テレビというのはたしかにタダだから多くの人間に見てもらうことができる。
だが、映画のように残らない。いまは少し事情が変わったようだが、
ほんの20年前のテレビドラマでさえもうどこにも残っていない。忘れ去られている。
あのころはインターネットもなかったから、だれも記録を残していないのだ。
「なつかしい春が来た」で検索しても、まったくヒットしないのには唖然とした。
これほど笑えて泣ける良質なドラマが、である。
山田太一はあふれる才能の大半を消えてゆくものへつぎこんだ。

いや、前言をひるがえすようだが、山田ドラマは消えていないはずである。
形のうえでは作品は残っていない。しかし、多くの人びとの記憶に焼きついているはずだ。
あのときあのドラマを見た。なにかしらを、もらった。
おかげでどれだけ生きるのが楽になったか。生きかたが変わったか。
ネットで検索していると、一見すると
どこにでもある取るに足らない日記ブログで山田ドラマの記憶が熱く語られている。
たとえタイトルは忘れてしまっても、人間は感動を忘れない。
たかがテレビ、されどテレビなのである。

おばあちゃんがぼけてしまった。
死んだおじいちゃんの声が聞こえるという。すがたが見えるという。
おとなはみんなまともに取り合わない。
ただひとり中学生の孫娘だけが祖母の声に耳を傾ける。

孫娘「いい? おじいちゃんは3年前に死んだのよ。逢いたい気持は分るけど、
出て来るはずがないの。分るでしょう?」
祖母「一度――」
孫娘「一度?」
祖母「ああ」
孫娘「一度なに?」
祖母「一度でいいからね」
孫娘「うん?」
祖母「だまされたと思って、心の底から、おじいちゃんに逢いたいって、
思ってくれないかな」
孫娘「思ってるわ。そりゃ、おじいちゃんには逢いたいわ。
でも、出来るわけないでしょう」(P57)


この孫娘は国民的美少女の後藤久美子なので顔のかわいらしいのはもちろんだが、
さらにキュートなのはその晩にひとり自室で試してみるところである。

孫娘「(窓をあけ、空を見る)」
月。
孫娘「(小さく)おばあちゃん、やってみるわ。怖いけど、やってみる。
(部屋の方へ振り向き、深呼吸をし)おじいちゃん(目を閉じ)逢いたいわ。
おじいちゃんに、心から逢いたいわ。お洒落で(微笑が浮び)やさしくて、
可笑(おか)しいおじいちゃんに、ほんとに逢いたいわ。
(と目を閉じたまま間があって、目をあける。ポカンとする)」
祖父「(ドアの前に立っている。微笑している)」
孫娘「(驚きの余り口をあけ、それから悲鳴をあげそうになる)」
祖父「いかん。シーッ。消える。今日は消えるから。シーッ(と消えてしまう)」
孫娘「――(口をあけて、震えている)」(P59)


なみだがこみあげるのね。いいじゃないと思う。こういうのいいじゃない。
言うまでもなく、現実にこんなことがあるわけがない。
だけど、あったっていいじゃない。せめてテレビくらい、そういうの見たいじゃない。
現実はなにもないんだから。

幽霊のおじいちゃんには3人の子どもがいる。
長女、長男、次女。うえのふたりは子供ももうけている(ひとりが後藤久美子)。
最初はみんなおじいちゃんの現われることを信じない。
おとなのうち初めておじいちゃんと逢うのは血縁関係のない長男の嫁である。
若いほうが処世の垢がたまっていないのだろう。長女の娘も祖父と逢う。
さらに次女のまえにもこの幽霊は現われる。
長男は嫉妬する。どうして自分のまえには出ないのか。嫌われていたのか。
ついに長男のところにも現われ感激する。
長女のまえにだけは現われないが、これは薬剤師をしているためであろう。
理系であった。非科学的なことは信じられない。
ひとりこの長女をのぞき、みんながみんな幽霊との対話に没頭する。

なにを話すのか。生きている人には話せないことである。相談だ。
人間には死んでしまったものにしか打ち明けられない秘密がある。
めいめい相手がなにをおじいちゃんと話しているのか気になる。
葛藤が生まれる。いろいろな秘密が露見する。
長女の娘の悩みが明らかになる。ハイミスである。婚期を逃した。
とはいえ一流会社の課長である。部下だっている。
悩みは、好きな人ができた。結婚しようか迷っている。
というのも、相手は自分の勤務する会社の下請けの下請けの営業マン。
月給だって自分よりも安い。

「いったでしょ。私ってお体裁屋なの。
誰が見てもいい男で、一流会社か、青年実業家か、お医者さんか、
そういう人と結婚したいって見栄を捨てきれないの」(P102)


母は逢ってみる。とてもいい人である。結婚すればいいじゃないかと思う。
してみると、おじいちゃんの幽霊が現われたおかげで、むしろいろいろ好転したのである。
最後まで幽霊の存在を信じなかった長女のまえにもおじいちゃんは現われる。
批判的なことをさんざん言っていたのに、いざすがたを見ると泣きだす長女である。
このシーンはとてもいい。しかし、これは別れの布石であった。
幽霊はエンマ様かお釈迦様かにある約束をしていたのである。
家族のみんなと逢ったら帰らなければならない。
別れの場面では、消えかかっているおじいちゃんを囲み、
家族みんなで童謡を歌う。「春が来た」である。
センチメンタルなんだろうけれど、こういうのとってもいいと思う。好きだな。いいよな。

本作品のテーマとなるせりふをひとつ引用する。
長女の娘、桜田淳子のせりふである。

「みんな新しいものに倦(あ)きちゃったのよ。たいしたもの出て来ないじゃない。
大体、新しいつもりでなにかを愛そうとすると、
すぐそれは古くなって次の新しいものが出て来るじゃない。
新しいものが、あんまりはかないんだもの。つき合ってると、やりきれなくなるの。
だったら振りかえって、昔の中から自分に合ったものを愛そうっていうわけ。
プレスリーは、もう死んでるから変わらない。
とっくに古くなってるから、今更古くならないわ。
そういうものなら、落ち着いて愛せるわ」(P100)


(追記)あとがきで山本周五郎賞受賞作「異人たちとの夏」は、
「なつかしい春が来た」の副産物であると作者が述べている。
「異人たちとの夏」は小説も映画も残ったが、
テレビドラマ「なつかしい春が来た」は消えてしまった。まるで幽霊のように。

COMMENT

Tami URL @
07/06 23:59
横浜放送ライブラリー. ご存知かも知れませんが関内にある横浜放送ライブラリーには山田ドラマがいくつか保存されています。
「なつかしい春が来た」もあります。
ですから幸いなことに完璧には消えていないということです。Yonda?さんの締めくくりの部分を覆すようで申し訳ないですが。
ただ「限定されている」という点では確かに消えたとも言えますけれど。おそらくここにしか(あとは個人のライブラリー以外には)ないでしょうし。

このドラマを再見出来た時感激しました。観た記憶はあるのですが、そして良かったと思ったのですが、悲しいかな細部など殆ど覚えていなかったのでした。
しかし確かにYonda?さんが言われるようにおそらく「なにかしら」をもらっていて、「感動を忘れない」ではいたわけですよね。

死んだおじいちゃんと逢う。逢いたいと強く願えば逢えてしまう。あり得ない話と単純に片付けたらつまらない。
不思議に満ちたところにこそ真実は潜んでいるのかも知れない。おかしくてせつなくてしみじみといろいろに感じさせてくれて。こういうドラマに出会える幸せは実に貴重です。

私は休日ここに来て一日中山田太一ドラマにじっくりと浸ることがあります。無料ですしね。
Yonda? URL @
07/07 04:00
Tamiさんへ. 

見知らぬわたしのために、わざわざありがとうございます。
ほんとうに感謝しております。
芸能人でしたら「知らなかった!」と大げさにのけぞる場面でしょうが、
ブックマークに入っていました。
ですから、忘れていたというのが実際です。
川口にあるNHKアーカイブスとともに訪れてみたい施設であります。

ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。
検索についてです。

http://www.bpcj.or.jp/search/

「なつかしい春が来た」で検索したらたしかにヒットします。
けれども「タイトル検索 山田太一」や「キーワード検索 山田太一」では、
「なつかしい春が来た」はヒットしません。
これではタイトルのあやふやな山田太一ドラマを見ることはできません。

Tamiさんはいったいどのようにして「なつかしい春が来た」の存在を知ったのですか?
施設を訪問して受付で問い合わせたら万事うまくいくのでしょうか?
お手数でしょうが、詳細を教えていただけたら幸いです。
Yonda? URL @
07/07 04:09
追記です. 

ええとその、山田太一ドラマのタイトルはほとんどあたまに入っていますから、
すべての作品名を見たらわかると思います。
いまぱっと見てみたら「真夜中のあいさつ」がありますね。
「大丈夫です、友よ」も。
関内はいまの住居からは非常に遠いのですが、近々行きたいと思います。

はい、もうすぐ所有する山田太一シナリオをすべて読んでしまうのです。
Tami URL @
07/07 23:28
検索. テレビドラマデータベースというHPがありまして

http://www.tvdrama-db.com/

こちらで山田ドラマを検索すると見事に全作品が出現します。
それを元に観たいな~と思った作品を放送ライブラリーHPで検索します。作品名で検索するとヒットするのだということは最近知りました。
ここのライブラリーでは各自孤独にシステムで視聴を申し込むので、事前に観たい作品があるかどうか確認してから行かれたほうがよろしいのではと思います。
受付にはお姉さん(Yonda?さんのご年齢から見れば)がいて、とても親切ですが、申し込みはあくまで孤独な作業です。

川口にもありましたね。でもNHKだけですよね多分。違うのでしょうか。私、川口は遠いので視野に入っていませんでした。

ああ、でも山田ドラマをシナリオで読む楽しさはまた格別のものですね。
少ししか持っていませんが宝物です。
Yonda? URL @
07/08 06:07
Tamiさんへ. 

なるほど、なるほど、です。
ずいぶん原始的なやりかたですね(失礼)。
たしかにいちばん確実な方法だと感心しました。
感心なんてえらそうでごめんなさい。
貴重な情報、ありがとうございます。

孤独、孤独、孤独。
山田太一ドラマのテーマのひとつですね。
受付のお姉さん(わたしの年齢から見れば)に逢うのも楽しみです。
かの脚本家のドラマを真似て話しかけたりしちゃおうかしらん。

川口のアーカイブスはNHK番組だけだと思います。
シナリオはとてもおもしろいです。
過剰なト書きこそ山田太一ドラマの特徴ですもの。
とはいえ、すべての役者がト書きを演じきれるかといったら、そうではなく――。
むしろシナリオを(映像よりも)好むのもありだと思うゆえんです。
ヴェルディの星 URL @
07/02 03:37
. こんにちは。よく覚えています。
でもまた見たいのは、実はこの時間NHKで新田恵利のドラマもやっておりザッピングしていたため。早くわかっていれば録画しましたが。コント赤信号の渡辺のコーラ芸(いいともでやっていた)よく覚えています。桜田淳子の彼氏役で。
ぜひCS等で公開を。
Yonda? URL @
07/03 06:32
ヴェルディの星さんへ. 

お調べしましたら、とてもご高名なお方からのコメントに感謝です。
ありがとうございます。
まったくヴェルディの星さんのお望みになるようになるといいと思いました。
なにかご援助できたらと思いますが、できることはいまのところないようです。
コメントありがとうございました。








 

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